西暦1,261年は、英祖が統治の整備に着手した年である。英祖が、巡行と諸法の改定を行った。巡行は王が自ら領内を回って民情を検分する行為であり、諸法の改定は其処で得た実情を統治の規則へ反映させる作業である。前年の西暦1260年に初代英祖王統王として即位し、浦添城(現在の沖縄県浦添市仲間)を築いた英祖にとって、此の年の巡行と法の手直しは、城を構えるだけでは足りぬ統治の中身を整える段階に当たる。按司が各地に割拠する琉球で、王を名乗る者が自ら島内を巡り法を改めた事は、複数の勢力を一つの規則の下へ束ねる試みであった。此の統治は西暦1264年に英祖が西北諸島から朝貢を受ける迄に及んだ。同じ頃の日本本土では、西暦1258年の大火で鎌倉の寿福寺が伽藍を失っている。

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年月日 出来事
1,261 英祖が、巡行と諸法の改定を行う。
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