ウジヤ一元化
香炉を手にした王の額に、ツァーラアトが現れた──
共同統治から崩御まで、ウジヤの41年を一元化。
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本書について
紀元前791年、ユダ王国の指導者達がアマツヤの息子ウジヤを為政者として推し、ユダ王国はアマツヤとウジヤの共同統治体制となった。此処から、紀元前750年頃にウジヤが崩御し、ダビデの町の歴代の国王が所有していた野の墓地に葬られる迄——本書は、第10代ユダ王国国王ウジヤの41年を一本の時系列に貫き、一元化した記録である。国土を最大に広げ、軍を最強に鍛え上げた王が、最後に一線を越えて額に病を負う。其の全過程が此処に収まっている。
紀元前771年頃、ユダ王国国民がエルサレムで反乱を起こす。アマツヤはラキシュ(現在のイスラエル南部地区)に逃亡したが、反乱を起こした国民はラキシュ迄追撃し、アマツヤは殺害された。国民はアマツヤの亡骸をラキシュからエルサレムへ運び、先祖達と共にダビデの町に葬る。そして彼らはウジヤを第10代ユダ王国国王に即位させ、エラテ(現在のイスラエル南部地区エイラート市)を再建してユダ王国に復帰させた。もっともウジヤは、先代と同じく偶像崇拝の祭壇を取り壊さなかった。従ってユダ王国国民は引き続き、其の祭壇で生贄を捧げたり、香を焚いたりしていた。
即位したウジヤは、直ちに外へ向かう。ウジヤ率いるユダ王国軍はペリシテ人の領地に攻め入り、ガト・ヤブネ(現在のイスラエル中央地区)・アシュドッド(現在のイスラエル南部地区アシュケロン郡)の城壁を破壊し、其の後アシュドッドとペリシテ人の領地に町を築いた。更に軍はグルバアル(現在のヨルダンのタフィラ県ブセイラ郡)・メウニム(現在のヨルダンのマアーン県)のアラビア人を襲撃して勝利する。ウジヤの名声はエジプト迄広がり、アモン人は貢物を納める様になった。
外征と並行して、国内の造営も進む。エルサレムでは隅の門・谷の門・控え壁の側に塔が建てられて防備が強化された。所有していた家畜の為には、シェフェラ(現在のイスラエルのエルサレム地区・中央地区・南部地区)・平原・荒野に塔が建てられ、沢山の水溜めが掘られ、ネゲヴにも要塞が築かれた。ウジヤは牧畜や農耕を奨励し、カルメル山等の山々に、農業に従事する人間や葡萄の栽培人を抱えていた。
軍制も整えられた。軍隊は分隊に組織され、秘書官エイエルと役人マアセヤの2名によって集計・登録され、高官の1人であるハナニヤの指揮下に置かれた。兵士を束ねる氏族長は2,600名、其の指揮下には307,500名の兵士が居た。ウジヤは全軍に盾・小槍・兜・鎧・弓・投石器の石の6種を持たせ、更にエルサレムで製造したバリスタを塔の上や城壁の隅の上に設置して軍備を増強する。斯くしてウジヤは、ダビデ・ソロモン時代の領地を略取り返した。
そして紀元前760年頃、ウジヤはヤハウェの神殿に入り、香の祭壇で香を焚こうとする。絶対王政を敷く為に宗教的にも最高権力者になる事を意図し、モーセの律法を破ろうとしたのである。大祭司アザリヤが80名の従属の祭司を従えて後を追い、ウジヤの前に立ちはだかった。香を焚いて良いのはモーセの兄アロンの子孫である祭司だけであり、此の聖なる場所から出て行く様に——其の主張に対し、ウジヤは香炉を手にした儘激怒した。すると、ウジヤの額に皮膚病であるツァーラアトが現れる。アザリヤ達は急いでウジヤを神殿から出そうとし、ウジヤ自身も慌てて出て行った。以後ウジヤは隔離された家に移り住んでモーセの律法に従い生活し、息子ヨタムが摂政として宮殿を管理し政務を担った。紀元前750年頃にウジヤが崩御すると、ヨタムが第11代ユダ王国国王に即位する。ヨタムはウジヤの信仰を踏襲したが、ヤハウェの神殿に入る事は無かった——本書は、其の一線までを一冊に束ねている。
登場人物
- ウジヤ 本書の中心人物。第10代ユダ王国国王。アマツヤの息子。紀元前791年に指導者達から為政者として推され、アマツヤとの共同統治体制に入った。紀元前771年頃の反乱でアマツヤが殺害された後に即位し、エラテを再建、ペリシテ人の領地とアラビア人を破り、塔と要塞と307,500名の兵で国を固めてダビデ・ソロモン時代の領地を略取り返した。紀元前760年頃、香の祭壇で香を焚こうとして額にツァーラアトが現れ、以後は隔離された家で暮らし、紀元前750年頃に崩御した。
- アマツヤ 第9代ユダ王国国王。ウジヤの父。紀元前791年からウジヤとの共同統治体制を敷いた。紀元前771年頃、エルサレムで起きた反乱を逃れてラキシュへ逃亡したが、追撃した国民に殺害され、エルサレムへ運ばれて先祖達と共にダビデの町に葬られた。
- アザリヤ 大祭司。紀元前760年頃、香の祭壇で香を焚こうとするウジヤを、80名の従属の祭司を従えて追い、其の前に立ちはだかった。香を焚いて良いのはモーセの兄アロンの子孫である祭司だけであると主張し、聖なる場所から出る様に迫った人物。ツァーラアトの現れたウジヤを、急いで神殿から出そうとした。
- ヨタム 第11代ユダ王国国王。ウジヤの息子。父がツァーラアトにより隔離された後、摂政として宮殿を管理し政務を担った。紀元前750年頃のウジヤの崩御を承けて即位し、ウジヤの信仰を踏襲したが、ヤハウェの神殿に入る事は無かった。
- ハナニヤ ウジヤの高官の1人。分隊に組織され集計・登録されたユダ王国軍を、其の指揮下に置いた。
- エイエル 秘書官。役人マアセヤと共に、ウジヤの軍隊の集計と登録を担当した2名の1人。
- マアセヤ 役人。秘書官エイエルと共に、ウジヤの軍隊の集計と登録を担当した2名の1人。
主要な地名・拠点
- エルサレム ユダ王国の首都。紀元前771年頃、国民の反乱が起きた地。ウジヤは隅の門・谷の門・控え壁の側に塔を建てて防備を強化し、此処でバリスタを製造して塔の上や城壁の隅の上に設置した。
- ヤハウェの神殿 エルサレムに在る神殿。紀元前760年頃、ウジヤが香の祭壇で香を焚こうとして大祭司アザリヤ達に阻まれ、額にツァーラアトが現れた場所。後を継いだヨタムは、此処に入る事は無かった。
- ラキシュ 現在のイスラエル南部地区。紀元前771年頃、エルサレムの反乱を逃れたアマツヤが逃亡した先。追撃した国民により、アマツヤが殺害された地。
- ダビデの町 ラキシュから運ばれたアマツヤが、先祖達と共に葬られた地。紀元前750年頃には、崩御したウジヤも此処の歴代の国王が所有していた野の墓地に葬られた。
- エラテ 現在のイスラエル南部地区エイラート市。ウジヤの即位に際し、ユダ王国国民によって再建され、ユダ王国に復帰した町。
- ガト ペリシテ人の都市の1つ。ウジヤ率いるユダ王国軍の侵攻を受け、城壁を破壊された。
- ヤブネ 現在のイスラエル中央地区。ペリシテ人の都市の1つで、ウジヤ率いるユダ王国軍に城壁を破壊された。
- アシュドッド 現在のイスラエル南部地区アシュケロン郡。ペリシテ人の都市の1つで、城壁を破壊された後、ウジヤが町を築いた地。
- グルバアル 現在のヨルダンのタフィラ県ブセイラ郡。ユダ王国軍がアラビア人を襲撃して勝利した都市の1つ。
- メウニム 現在のヨルダンのマアーン県。ユダ王国軍がアラビア人を襲撃して勝利した都市の1つ。
- シェフェラ 現在のイスラエルのエルサレム地区・中央地区・南部地区。ウジヤが所有していた家畜の為に、平原・荒野と共に塔を建て、沢山の水溜めを掘った地域。
- ネゲヴ ウジヤが要塞を築いた地。家畜の為の塔と水溜めが設けられたシェフェラ・平原・荒野と並ぶ、国土整備の拠点。
- カルメル山 ウジヤが牧畜や農耕を奨励した山々の1つ。農業に従事する人間や葡萄の栽培人が抱えられていた。
307,500名の兵と、バリスタと、越えてはならぬ一線──
第10代ユダ王国国王ウジヤの治世の全過程を一元化。
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