ユダ王国一元化
北の10部族が去り、南に残った王国が在った──
20代の王が治めたユダ王国を一元化。
1,085円(税込)
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本書について
紀元前928年頃、ソロモンが崩御し、ソロモンとアモン人ナアマの息子レハブアムがシェケムで第5代ヘブライ王国国王に即位した。神殿と王宮の建設に駆り出され重税を課されてきた北部の人々は、重い軛を軽くして欲しいと訴えたが、レハブアムは長老達の助言を退け、私の小指はソロモンの腰より太い、ソロモンが鞭で懲らしめたのなら私は蠍で懲らしめるという若者達の言葉で応じる。遣わされた役務長官アドニラムは石撃ちで殺され、北部の人々はイスラエル王国を建国してヤロブアム1世を王に擁立した。ヘブライ王国は分裂し、南部はエルサレムを都とする「ユダ王国」となって、レハブアムが初代ユダ王国国王に即位する。180,000名での征伐は、兄弟に戦いを挑むなという預言者シェマヤの言葉で中止された。本書は、此の分裂から紀元前560年のエホヤキン釈放に至る迄を、20代の王と共に一元化した記録である。
紀元前923年頃にはシェションク1世が騎兵60,000名と戦車1,200台でベニヤミン族の領地に侵攻し、翌年にかけてパレスチナを荒らし回った。レハブアムの跡を継いだアビヤムは、800,000名のイスラエル王国軍に挟み撃ちにされながら、ヤハウェに助けを求めて祭司達がラッパを吹き鳴らすと、混乱した敵を500,000名討ってベテル・エシャナ・オフラを得る。第3代国王アサは伝統的なヤハウェ崇拝を守って偶像崇拝の根絶に努め、紀元前901年には1,000,000名を率いるエチオピアの族長ゼラを退けた。イスラエル王国からの亡命者が相次ぐ中、バシャが国境のラマに城塞を築き始めると、アサは神殿と王宮の金銀を第3代アラム王ベネハダデ1世へ贈って同盟を破棄させ、工事を中止に追い込む。晩年、痛風で両足が不自由となったアサは、息子ヨシャファトに政務を任せた。
紀元前870年に即位したヨシャファトは、砦の町に軍を配置して軍備を増強し、高官・レビ族・祭司から成る委員会に律法の書の写しを持たせて町々へ遣わせ、聖書を教えさせた。息子ヨラムとアハブの娘アタルヤを結婚させ、アハブと共に臨んだラモト・ギルアデ(現在のシリアのクネイトラ県付近)の戦いでは、イスラエル王国国王に見せ掛けられて真っ先に狙われながら一命を取り留める。帰還後は司法制度を改めてエルサレムを中心とする二審制を敷き、タルシシュ行きの船団の難破、モアブ征伐を経て、紀元前850年頃にはモアブ人・アモン人・メウニム人の侵攻に対し、賛美の歌い手を軍の先頭に立ててテコア(現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区ベツレヘム県)の荒れ野へ出陣した。敵は互いに戦って全滅し、ヨシャファトはベラカ(現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区ヘブロン県ワディ・エル・アッルブ)の谷でヤハウェを讃えてから、琴と竪琴とラッパの音と共にエルサレムの神殿へ凱旋した。
紀元前848年頃に即位したヨラムは、アタルヤに唆されて6名の兄弟を殺害し、アハブとイゼベルに倣ってバアル礼拝を持ち込んだ。エドム人とリブナ(現在のイスラエル南部地区テル・エス・サーフィー)の人々が相次いで独立し、エリヤの書簡が告げた通り、ペリシテ人とアラビア人の侵攻で家族の大半を失い、内臓が外へはみ出る最期を迎える。跡を継いだアハズヤはイズレエルでイエフの反乱に巻き込まれて命を落とし、其の知らせを聞いたアタルヤは王位継承者を皆殺しにして第7代国王の座に就いた。唯1人匿われたアハズヤの息子ヨアシュは、紀元前835年頃、大祭司エホヤダの手で王冠を被せられ、アタルヤは宮殿の馬屋で刺殺された。
ヨアシュは献金箱を設けて神殿を修繕したが、エホヤダの死後は首長達に従って偶像に仕え、エホヤダの息子ゼカリヤを石で打たせた末、家臣に討たれる。アマツヤは塩の谷でエドム人を破る一方、ベト・シェメシュでイスラエル王国に敗れてエルサレムの城壁を崩された。ウジヤはペリシテ人の町々の城壁を破壊してアラビア人を討ち、307,500名の軍を整え、塔と水溜めを築いて牧畜と農耕を奨励し、名声はエジプトにまで届く。然し紀元前760年頃、祭司にしか許されない香を神殿で焚こうとして大祭司アザリヤに阻まれ、激怒した額にツァーラアトが現れて隔離の身となった。摂政を経て即位したヨタムは神殿の北側に門を建てて城壁を拡張し、アモン人の反乱を鎮めて3年間の貢物を得る。紀元前740年頃には、イザヤが預言者としての召命を授かった。
紀元前734年頃に即位したアハズは偶像崇拝を容認し、反新アッシリア同盟を拒んでアラム・イスラエル王国連合軍に包囲されると、ティグラト・ピレセル3世へ金銀を送って援軍を請い、ダマスカスで見た祭壇を写させてヤハウェの神殿の扉に釘を打った。其の息子ヒゼキヤは紀元前716年頃の即位と共に神殿の扉を開き、レビ族に清めさせ、ネフシュタン(青銅の蛇)を砕いてヤハウェ崇拝を再確立する。紀元前705年に新アッシリア帝国への貢納を打ち切り、ギホンの泉から約533mの水路「シロアハ」を掘らせて備えたが、紀元前701年、センナケリブは砦の町を全て占領してラキシュを包囲し、ラブ・シャケを遣わせてエルサレムに降伏を迫る。イザヤは都が守られると預言し、其の夜、新アッシリア帝国軍185,000名が倒れた。
紀元前687年頃に即位したマナセは偶像崇拝の祭壇を築き直し、ヒンノムの谷で自分の子供を異教の祭壇に献げ、自身を批判するイザヤを殺害させた。紀元前648年頃にはアッシュルバニパルの命で鉤に掛けられてバビロンへ連行され、苦しみの中で悔い改めてエルサレムへ戻ると、異国の神々と偶像を取り除いてヤハウェの祭壇を築き直す。アモンの暗殺を経て即位したヨシヤは偶像を一掃して祭儀をエルサレム神殿に集め、紀元前622年頃、修復中の神殿で見付かった律法の書を聞いて衣を裂き、ソロモンやヒゼキヤの代を凌ぐ過越祭を行ったが、紀元前609年、ネコ2世の通過を拒んでメギド(現在のイスラエル北部地区)で矢に斃れた。エジプト第26王朝に王位へ就けられたエホヤキムは預言者ウリヤを殺し、エレミヤの巻物を暖炉で焼く。紀元前605年、カルケミシュでエジプト第26王朝軍を打ち破ったネブカドネザル2世は、預言者ダニエルを含む王族・貴族をバビロンへ連れ去った。
紀元前598年12月、即位したばかりのエホヤキンは母や家来と共に降伏し、翌年ネブカドネザル2世はエルサレムを征服して宝物を奪い、エホヤキンと預言者エゼキエルを含む10,000名をバビロンへ連行して、ゼデキヤを第20代ユダ王国国王に据えた。アプリエスの支援を当てにしたゼデキヤの反乱に対し、ネブカドネザル2世は紀元前589年12月、エルサレムの城壁より高い堡塁を築いて包囲する。飢饉が極まった紀元前587年6月、城壁は破られ、夜に逃れたゼデキヤはエリコの平原で捕らえられてリブラ(現在のシリアのホムス県)で息子達を目の前で殺され、両眼を潰されてバビロンへ送られた。紀元前586年7月、親衛隊長ネブザラダンは王宮と家屋を焼き払い、ソロモン神殿は破壊されてユダ王国は滅亡し、属州「イェハド」となる。総督ゲダルヤの暗殺、エジプトへの逃亡、紀元前582年の745名の連行を経て、紀元前560年3月21日、アメル・マルドゥクは獄中のエホヤキンを釈放し、バビロンに居た王達の中で最も高い位を与えた——其の全過程を、本書は一冊に束ねている。
登場人物
- レハブアム ソロモンとアモン人ナアマの息子で、初代ユダ王国国王。軛の軽減を求める北部の人々に若者達の言葉で応じて離反を招き、ヘブライ王国の分裂後はエルサレムを都とするユダ王国を治めた。預言者シェマヤの言葉でイスラエル王国征伐を中止し、紀元前913年に崩御した。
- アビヤム レハブアムの息子で第2代ユダ王国国王。400,000名でヤロブアム1世の800,000名に挑み、挟み撃ちにされながらもヤハウェに助けを求めて勝利し、ベテル等を得た。
- アサ アビヤムの息子で第3代ユダ王国国王。偶像崇拝の根絶に努め、エチオピアの族長ゼラの大軍を退けた。バシャのラマの城塞工事を、ベネハダデ1世への贈り物で中止に追い込み、晩年は痛風で政務をヨシャファトに任せた。
- ヨシャファト アサの息子で第4代ユダ王国国王。律法を教える委員会を町々へ遣わせ、エルサレムを中心とする二審制の司法制度を整えた。アハブと共にラモト・ギルアデで戦い、テコアの荒れ野では賛美の歌い手を先頭に立てて勝利した。
- ヨラム ヨシャファトの息子で第5代ユダ王国国王。アタルヤに唆されて6名の兄弟を殺し、バアル礼拝を持ち込んだ。エドムとリブナの独立、ペリシテ人とアラビア人の侵攻を経て、エリヤの書簡の通り内臓の病で崩御した。
- アハズヤ ヨラムの末子で第6代ユダ王国国王。イスラエル王国と同盟を結び、ヨラム(イスラエル王国国王)の見舞いに訪れたイズレエルでイエフの反乱に巻き込まれ、メギドで崩御した。
- アタルヤ アハブとイゼベルの娘でヨラムの妻。アハズヤの死後、王位継承者を皆殺しにして第7代ユダ王国国王となったが、紀元前835年頃、ヨアシュの戴冠を知って絶叫し、宮殿の馬屋で刺殺された。
- ヨアシュ アハズヤの息子で第8代ユダ王国国王。アタルヤの粛清から唯1人匿われ、エホヤダの手で戴冠した。献金箱を設けて神殿を修繕したが、エホヤダの死後は偶像に仕え、其の息子ゼカリヤを石で打たせた末に家臣に討たれた。
- アマツヤ ヨアシュの息子で第9代ユダ王国国王。塩の谷でエドム人を破ったが、イスラエル王国に挑んでベト・シェメシュで敗れ、エルサレムの城壁を崩された。紀元前771年頃、反乱から逃れたラキシュで殺害された。
- ウジヤ アマツヤの息子で第10代ユダ王国国王。ペリシテ人の町々を攻め、軍備と農牧を整えて名声をエジプトまで広げた。祭司にしか許されない香を焚こうとして大祭司アザリヤに阻まれ、ツァーラアトを患って隔離された。
- ヨタム ウジヤの息子で第11代ユダ王国国王。摂政を経て即位し、神殿の北側に門を建てて城壁を拡張し、山地に町々を築いた。アモン人の反乱を鎮圧して3年間の貢物を受け取った。
- アハズ ヨタムの息子で第12代ユダ王国国王。偶像崇拝を容認し、アラム・イスラエル王国連合軍に包囲されるとティグラト・ピレセル3世に援軍を請うた。ダマスカスの祭壇を写させ、ヤハウェの神殿の扉に釘を打った。
- ヒゼキヤ アハズの息子で第13代ユダ王国国王。神殿を清めてヤハウェ崇拝を再確立し、新アッシリア帝国への貢納を打ち切った。シロアハの水路を掘って備え、センナケリブの侵攻では、イザヤの預言通り都を守り抜いた。
- マナセ ヒゼキヤの息子で第14代ユダ王国国王。偶像崇拝の祭壇を築き直し、イザヤを殺害させた。バビロンへ連行されて悔い改め、帰還後は偶像を取り除いてヤハウェの祭壇を築き直した。
- アモン マナセの息子で第15代ユダ王国国王。改心前のマナセの政治を踏襲して偶像に仕え、家臣の謀反で殺害された。
- ヨシヤ アモンの息子で第16代ユダ王国国王。偶像を一掃して祭儀をエルサレム神殿に集め、律法の書を聞いて衣を裂き、空前の規模の過越祭を行った。紀元前609年、ネコ2世の通過を拒んでメギドで矢に斃れた。
- ヨアハズ ヨシヤの参男で第17代ユダ王国国王。其の即位に反対していたネコ2世にリブラで幽閉され、エジプト第26王朝へ連行されて崩御した。
- エホヤキム ヨシヤの弐男で第18代ユダ王国国王。ネコ2世によって王位に就けられ、預言者ウリヤを殺害し、エレミヤの巻物を暖炉で焼いた。新バビロニア王国に服属した後に叛逆し、紀元前598年に崩御した。
- エホヤキン 第19代ユダ王国国王。紀元前598年12月の即位直後にネブカドネザル2世へ降伏し、バビロンへ連行された。紀元前560年、アメル・マルドゥクに釈放され、バビロンに居た王達の中で最も高い位を与えられた。
- ゼデキヤ ネブカドネザル2世に据えられた第20代ユダ王国国王。アプリエスの支援を当てにして反乱を起こし、エルサレムを包囲された。陥落後に逃れたがエリコの平原で捕らえられ、息子達を目の前で殺された上で両眼を潰され、バビロンへ連行された。
- エホヤダ 大祭司。アタルヤの粛清から匿ったヨアシュを世に出し、百人隊長とレビ人を動かして戴冠させた。神殿修繕の為の献金箱を設けた。
- イザヤ アモツの子で預言者。紀元前740年頃に召命を受け、アハズに神を信頼する様説き、ヒゼキヤにはエルサレムが守られると預言した。マナセの従者に殺害された。
- エレミヤ 預言者。紀元前627年に召命を受け、ヨシヤに哀歌を捧げ、エホヤキムに巻物を焼かれ、エルサレム包囲下では投獄されながらゼデキヤに降伏を説いた。滅亡後はエジプトへ連れて行かれた。
- エゼキエル 祭司の家系に生まれた預言者。紀元前597年、エホヤキンと共にバビロンへ連行され、ケバル川の捕囚の民の間で仕えた。
- ダニエル ユダの貴族の息子として生まれ育った預言者。紀元前605年、王族・貴族と共にバビロンへ連行され、生涯を其処で過ごした。
- シェションク1世 エジプト第22王朝のファラオ。紀元前923年頃に騎兵60,000名と戦車1,200台でベニヤミン族の領地へ侵攻し、パレスチナを荒らし回った。
- センナケリブ 第13代新アッシリア帝国国王。紀元前701年、ユダ王国の砦の町を全て占領してラキシュを包囲し、エルサレムに降伏を迫ったが、一夜にして軍勢185,000名を失った。
- ネブカドネザル2世 第2代新バビロニア王国国王。カルケミシュでエジプト第26王朝軍を破り、紀元前597年にエルサレムを征服、紀元前586年にソロモン神殿を破壊してユダ王国を滅ぼした。
- ゲダルヤ シャファンの孫でアヒカムの子。ユダ王国滅亡後、ネブカドネザル2世に総督として指名され、ミツパで残された人々を治めたが、イシュマエルに暗殺された。
- アメル・マルドゥク ネブカドネザル2世の息子で第3代新バビロニア王国国王。紀元前560年、エホヤキンを釈放して手厚く持て成し、生涯の生活費を支給した。
主要な地名・拠点
- エルサレム ユダ王国の都。ヘブライ王国の都を引き継ぎ、ヤハウェの神殿を擁した。センナケリブの包囲は退けたが、紀元前587年に新バビロニア王国軍に城壁を破られ、紀元前586年に王宮と神殿が焼かれた。
- シェケム ソロモンの崩御後、レハブアムが第5代ヘブライ王国国王として即位した地。北部の人々の離反で、ヘブライ王国分裂の舞台となった。
- ラマ ユダ王国領で国境に位置していた町。バシャが亡命を防ぐ為に城塞を築き始めたが、アサの工作で工事は中止された。
- ラモト・ギルアデ 現在のシリアのクネイトラ県付近。ヨシャファトがアハブと共に奪還を目指して戦った地。後にアハズヤも、ヨラム(イスラエル王国国王)の援軍として兵を率いた。
- テコア 現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区ベツレヘム県。ヨシャファトが賛美の歌い手を先頭に出陣した荒れ野で、モアブ人・アモン人・メウニム人は互いに戦って全滅した。
- ベラカの谷 現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区ヘブロン県ワディ・エル・アッルブ。テコアの戦いの後、ヨシャファト率いる軍がヤハウェを讃えた谷。
- リブナ 現在のイスラエル南部地区テル・エス・サーフィー。ヨラムの治世に自ら王を選んで独立し、ユダ王国を弱体化させた。紀元前701年にはセンナケリブが軍を撤退させた先ともなった。
- ラキシュ 現在のイスラエル南部地区。アマツヤが追撃されて殺害された地であり、紀元前701年にはセンナケリブに包囲された。ネブカドネザル2世にも攻め落とされている。
- メギド 現在のイスラエル北部地区。アハズヤが崩御した地であり、紀元前609年には変装したヨシヤがエジプト第26王朝軍と戦い、矢に斃れた。
- カルケミシュ 現在のトルコのガズィアンテプ県カルカミス・現在のシリアのアレッポ県ジャラーブルス。紀元前605年、ネブカドネザル2世がネコ2世率いるエジプト第26王朝軍を完膚無きまでに破った地。
- リブラ 現在のシリアのホムス県。ネコ2世がヨアハズを幽閉した地であり、紀元前586年には捕らえられたゼデキヤが裁かれ、両眼を潰された。
- バビロン 新バビロニア王国の都。ダニエル、エホヤキンとエゼキエル、ゼデキヤ、そして多くのユダの人々が連行された地。紀元前560年、エホヤキンは此処で釈放された。
神殿は焼かれ、王はバビロンで釈放された──
建国から捕囚までのユダ王国を一元化。
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