ヨシャファト一元化
紀元前872年、アサは息子に政務を委ねた──
第4代ユダ王国国王ヨシャファトの二十四年を一元化。
JPY 200(税込)
購入する →
お支払いはカード情報の入力だけで完了します
購入後、そのままPDFダウンロードページへ移動します
お支払いは決済サービス「Square」を通じて安全に処理されます。カード情報が当サイトに保存されることはありません。
本書について
紀元前872年、第3代ユダ王国国王アサが痛風を患い、両足が不自由となった。アサはヤハウェの代わりに医者を求め、自身の息子ヨシャファトに政務を任せて第一線から退く。二年後の紀元前870年、アサは病没し、自身が掘った墓に先祖と共に葬られた。後任として即位したのが、第4代ユダ王国国王ヨシャファトである。ヨシャファトは直ちに軍備の増強を図り、砦の在る町の全てに軍隊を配置し、エフライム族の領地の町々にも守備隊を置いた。本書は、此の父の引退を起点として、紀元前848年の崩御に至るまでの二十四年間を、年単位で一元化した記録である。
ヨシャファトの治世を特徴づけるのは、国土に律法を行き渡らせようとする内政の手腕であった。紀元前867年、ヨシャファトはユダ王国全土に公的な宗教教育プログラムを実行する為、高官5名・レビ族8名・祭司2名から成る委員会を結成させ、町々へ遣わせる。ベン・ハイル、オバドヤ、ゼカルヤ、ネタンエル、ミカヤの高官達、シェマヤ以下8名のレビ族、そして祭司エリシャマとヨラム——構成員達はヤハウェの律法の書の写しを持参し、人々に聖書を教えた。統治者が自ら国民に法を読ませるという、此の時代としては異例の施策である。
一方、外交は波乱に満ちていた。紀元前859年、ヨシャファトは平和維持を意図し、自身の息子ヨラムとアハブの娘アタルヤを結婚させる。そして紀元前853年、挨拶の為に訪れたヨシャファトを、アハブはラモト・ギルアデ(現在のシリアのクネイトラ県付近)の奪還戦へと誘った。ヨシャファトは共に戦う事を約束しつつ「先ずヤハウェの言葉を求めて下さい」と条件を付ける。アハブが集めた400名の預言者は、揃って勝利を預言した。其れが都合の良い事しか言わぬ偽預言者である事を見抜いたヨシャファトは、真の預言者を尋ねる。呼び出されたイムラの息子ミカヤは、羊飼いの居ない羊が山々に散る幻を語り、アハブの死を暗示した。アハブはミカヤを獄に繋ぎ、出撃を決意する。
戦場でアハブは変装し、代わりにヨシャファトをイスラエル王国国王の姿にした。対する第4代アラム王ベネハダデ2世は、配下の戦車隊長32名に「唯イスラエル王国国王を狙って戦え」と指示していた為、変装したヨシャファトが真っ先に狙われる。ヨシャファトは大声を上げて助けを求め、偽者と気付かれて一命を取り留めた。しかしアハブは、甲冑で身を固めていたにも拘らず、敵兵の放った矢が草摺の隙間を射抜き、夕方に死亡する。事態はミカヤの預言通りとなった。エルサレムに帰還したヨシャファトを、預言者イエフは「悪人を助け、ヤハウェの憎むアハブと友になるとは何事ですか」と諫めた。其の後、ヨシャファトは二度とイスラエル王国へ出向く事は無かった。
同じ紀元前853年、ヨシャファトはユダ王国内の司法制度改革に乗り出す。各地域でばらばらであった裁判の在り方をエルサレムを中心とする中央集権的なものに組織化し、地方とエルサレムの二審制を採用した。国内の砦の町全てに裁判官を配置し、彼らには「人の為で無く、ヤハウェの為に裁くのだから、自分が何をすべきかよく考えなさい」と心得を説いている。更にエルサレムには上級裁判所を設け、不敬罪の最高責任者に祭司長アマルヤを、民事訴訟の最高責任者にイシュマエルの子ゼバドヤを任じ、書記はレビ族が担った。翌紀元前852年、ヨシャファトはタルシシュ(現在のスペインのアンダルシア州カディス県)行きの船団を結成する為アハズヤと協定を結ぶが、預言者エリエゼルは「アハズヤと協定を結んだ為、ヤハウェは貴方の事業を打ち壊される」と預言する。船は難破し、預言通り計画は失敗した。
紀元前851年、モアブの王メシャがイスラエル王国から離反する。鎮圧を図る第9代イスラエル王国国王ヨラムに誘われ、ヨシャファトはエドムの王と合流して南方から出陣した。しかし迂回に7日を費やし、部隊と家畜の水が底を突く。ヨシャファトの勧めで訪ねた預言者エリシャは「私はヨシャファトに敬意を抱いていなければ、貴方には目もくれなかった」とヨラムに告げた上で、涸れた谷が水で満たされる事とモアブへの勝利を預言した。翌朝、水はエドムの方から流れて来る。太陽に照らされた水面を血と見誤ったモアブ軍は攻め込んで返り討ちに遭い、首都キル・ハレセテまで攻め落とされた。追い詰められたメシャが跡取りである長男を城壁の上で偶像神ケモシュに献上すると、連合軍は狼狽し、自国へ引き上げた。
紀元前850年、モアブ人とアモン人がセイル山(現在のヨルダンのアカバ県)のメウニム人を引き連れ、エドムの方からユダ王国へ攻め入った。ヨシャファトは恐れ、国民に断食を呼びかけ、ヤハウェの神殿の新しい庭の前で「私達には此の大軍を迎え撃つ力は無く、唯貴方を仰ぐ事しか出来ません」と祈る。するとヤハウェの霊がレビ族のヤハジエルに臨み「此れは貴方達の戦いでは無く、神の戦いである」との言葉が下った。翌朝テコア(現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区ベツレヘム県)の荒れ野へ出陣したヨシャファトは、礼服を着せた賛美の者達を軍の先頭に立たせ、歌を歌わせた。歌が始まると敵軍には伏兵が差し向けられ、モアブ人とアモン人はメウニム人を全滅させ、更に互いに戦って自滅する。生き残った者は1人も居なかった。ヨシャファト率いる軍は3日間を掛け、運び切れなくなるまで戦利品を奪い取った。そして紀元前848年、ヨシャファトは崩御し、息子のヨラムが第5代ユダ王国国王に即位する。ヨシャファトは生前、子供達にユダの町・砦や財産を豊富に分配し、自らは先祖と共にダビデの町に葬られた。
登場人物
- ヨシャファト 本書の中心人物。第4代ユダ王国国王。アサの息子。紀元前870年に即位し、砦の在る町の全てに軍隊を配置した。ユダ王国全土に公的な宗教教育プログラムを実行し、二審制による司法制度改革を断行。アハブと共にラモト・ギルアデの戦闘に臨み、モアブ征伐にも加わった。モアブ人・アモン人の侵攻に際しては、賛美の歌により戦わずして勝利を収めた。
- アサ 第3代ユダ王国国王。ヨシャファトの父。紀元前872年に痛風を患って両足が不自由となり、ヤハウェの代わりに医者を求めた。息子ヨシャファトに政務を任せて第一線から退き、紀元前870年に病没して、自身が掘った墓に先祖と共に葬られた。
- アハブ イスラエル王国国王。ラモト・ギルアデ奪還の為にヨシャファトを説得し、共に出陣した。ミカヤの預言を退けて変装のうえ戦闘に臨んだが、敵兵の放った矢が草摺の隙間を射抜き、深手を負って夕方に死亡した。
- ミカヤ 預言者。預言者イムラの息子。アハブの前で、イスラエル王国民が羊飼いの居ない羊の様に山々に散る幻を語り、アハブの死を暗示した。捕縛され獄に繋がれる際「もし貴方が無事に帰って来る事が出来るなら、ヤハウェは私を通して語られなかった筈です」と言い残した。
- ツィドキヤ アハブが集めた400名の預言者の1人。ミカヤの頬を殴り「ヤハウェの霊はどの様に私を離れ去って、お前に語ったというのか」と迫った。
- イエフ 預言者。ラモト・ギルアデの戦いの後、エルサレムに帰還したヨシャファトに「悪人を助け、ヤハウェの憎むアハブと友になるとは何事ですか」と諫めつつ、エルサレムから偶像を取り除いた善行もヤハウェはご存じであると告げた。
- アマルヤ 祭司長。紀元前853年の司法制度改革でエルサレムに設置された上級裁判所の裁判長に任命され、不敬罪の最高責任者兼ヤハウェに関する事柄の責任者を務めた。
- ゼバドヤ イシュマエルの子。上級裁判所のもう1人の裁判長として、民事訴訟の最高責任者兼ヨシャファトに関する事柄の責任者を務めた。
- エリエゼル 預言者。マレシャ出身のドダバの息子。タルシシュ行きの船団を結成する為アハズヤと協定を結んだヨシャファトに「ヤハウェは貴方の事業を打ち壊される」と預言し、其の通りに船は難破した。
- アハズヤ 紀元前852年、タルシシュ行きの船団を結成する為にヨシャファトと協定を結んだ相手。此の協定こそが、エリエゼルの預言した破綻の原因とされた。
- エリシャ 預言者。シャファテの子で、エリヤの手に水を注いだ者。モアブ征伐に際し、竪琴の音の中で「此の涸れた谷に水が溢れる」と語り、ヨシャファトへの敬意から水の供給とモアブへの勝利を預言した。
- ヨラム(イスラエル王国国王) 第9代イスラエル王国国王。モアブの離反を鎮圧する為、ヨシャファトをモアブ征伐の遠征に誘った。水が底を突いた際に泣き言を言い、エリシャからは「アハブやイゼベルの預言者の所に行かれたら良いでしょう」と突き放された。
- ベネハダデ2世 第4代アラム王。ラモト・ギルアデの戦いに於いて、配下の戦車隊長32名に「兵士や将軍には目もくれず、唯イスラエル王国国王を狙って戦え」と指示を出した。此の指示により、変装したヨシャファトが真っ先に狙われた。
- メシャ モアブの王。子羊100,000匹と雄羊100,000匹分の羊毛を貢物として納めていたが、イスラエル王国から離反し反旗を翻した。追い詰められた末、剣使い700名を率いてエドムの王を討とうとして果たせず、跡取りである自身の長男を城壁の上で全焼の人身御供として偶像神ケモシュに献上した。
- ヤハジエル レビ族。モアブ人・アモン人・メウニム人の侵攻に際し、民衆の中でヤハウェの霊が臨み「此の大軍を前にしても恐れるな。此れは貴方達の戦いでは無く、神の戦いである」と告げた。
- アタルヤ アハブの娘。紀元前859年、ヨシャファトが平和維持を意図し、自身の息子ヨラムとの婚姻を取り決めた。
- ヨラム(ユダ王国国王) 第5代ユダ王国国王。ヨシャファトの息子で、7人兄弟の長男。紀元前848年のヨシャファトの崩御を承けて即位した。ヨシャファトは生前、子供達にユダの町・砦や財産を豊富に分配していた。
主要な地名・拠点
- エルサレム ユダ王国の首都。司法制度改革に際して上級裁判所が設置され、二審制の頂点に置かれた。モアブ人・アモン人の侵攻の際には、ヤハウェの神殿の新しい庭の前でヨシャファトが祈りを捧げた地でもある。
- ラモト・ギルアデ 現在のシリアのクネイトラ県付近。アラム人に奪われた都市。ヨシャファトとアハブがイスラエル王国・ユダ王国連合軍で奪還を試み、アハブが敵兵の矢に倒れた地。
- サマリア 現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区ジェニーン県。城門の入口に在る麦打ち場で、アハブとヨシャファトが正装のまま王座に着き、400名の預言者達の預言を聞いた地。
- エツヨン・ゲベル 紀元前852年、ヨシャファトがタルシシュ行きの船団を編成した港。船は難破し、計画は失敗に終わった。
- タルシシュ 現在のスペインのアンダルシア州カディス県。ヨシャファトがアハズヤと協定を結んで船団を差し向けた目的地だが、到達する事は出来なかった。
- マレシャ 現在のイスラエル南部地区。船団の失敗を預言した預言者エリエゼルの出身地。
- キル・ハレセテ モアブの首都。イスラエル王国・ユダ王国・エドム連合軍に包囲され、打ち破られた。追い詰められたメシャが長男を人身御供として捧げた地。
- セイル山 現在のヨルダンのアカバ県。ユダ王国侵攻に際し、モアブ人とアモン人が引き連れたメウニム人の一部が居た地。
- エン・ゲディ モアブ人・アモン人・メウニム人がエドムの方からユダ王国へ攻め入った際、其の所在がヨシャファトへ報告された地点。
- テコア 現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区ベツレヘム県。ヤハジエルの言葉を受けてヨシャファトが出陣した荒れ野。賛美の歌と共に伏兵が差し向けられ、敵軍が同士討ちで自滅した地。
- ベエルシェバ 現在のイスラエル南部地区。ラモト・ギルアデの戦いの後、ヨシャファトが此処からエフライム族の領地の山地まで巡り、ヤハウェに立ち返る様国民に説いた起点。
宗教教育と司法改革、ラモト・ギルアデからモアブ征伐へ──
ヨシャファトの治世の全過程を一元化。
JPY 200(税込)
購入する →
お支払いはカード情報の入力だけで完了します
購入後、そのままPDFダウンロードページへ移動します
お支払いは決済サービス「Square」を通じて安全に処理されます。カード情報が当サイトに保存されることはありません。