イザヤ一元化
召命から60年、王に容れられず、王に恨まれ──
預言者イザヤの生涯の全過程を一元化。
JPY 200(税込)
購入する →
お支払いはカード情報の入力だけで完了します
購入後、そのままPDFダウンロードページへ移動します
お支払いは決済サービス「Square」を通じて安全に処理されます。カード情報が当サイトに保存されることはありません。
本書について
紀元前740年頃、アモツの子イザヤが召命を授かり、預言者としての活動を開始する。以後60年近くに亘り、イザヤはユダ王国の王達の傍らに立ち続けた。本書は、此の召命を起点として、紀元前681年頃にマナセの従者の手で殺害される迄のイザヤの生涯を、年月日単位で一元化した記録である。
紀元前734年頃、レツィンとペカが率いるアラム・イスラエル王国連合軍が、ユダ王国を力尽くで反新アッシリア同盟へ引き入れる為にエルサレムへ上り、アハズを包囲した。レツィン率いるアラム軍は多くのユダ王国民を捕虜としてダマスカスへ連れ去り、エラテを奪還してユダ王国民を追い出す。しかし其処に入って住み着いたのはエドム人であった。ペカ率いるイスラエル王国軍では、大勇士ジクリがアハズの子マアセヤ・宮内大臣アズリカム・国王補佐官エルカナを討ち、1日で120,000名を殺害し、婦人と子供を合わせて200,000名を捕虜としてサマリアへ帰還した。エルサレムは包囲されたものの陥落しない。帰還した軍を出迎えた預言者オデデは、天も驚く程の残忍さで同胞を手に掛けた事を糾弾し、エフライム族の長であるヨハナンの子アザルヤ・メシレモテの子ベレクヤ・シャルムの子ヒゼキヤ・ハデライの子アマサが、捕虜に衣服・靴・パン・葡萄酒を与え、病人や老人を棗椰子の町エリコへ送り届けた。
其の頃、エドム人もユダ王国に侵攻して大勢の民を奴隷として連れ去っていた。イザヤは息子シェアル・ヤシュブを連れ、アハズの前に進み出る。ヤハウェを信頼し、ヤハウェに委ねなさい、アハズに代えてタベアルの子をユダ王国国王に据えようとするレツィンとペカの計画は人間の計画であってヤハウェの計画では無い、故に傀儡政権の樹立は実現しない——だがアハズは此の言葉を退けた。エドム人と戦う為、ヤハウェに背いて異教徒である第10代新アッシリア帝国国王ティグラト・ピレセル3世に、神殿と王宮の宝物倉の金銀を送り、援軍を請うたのである。要請は聞き入れられ、アラム・イスラエル王国連合軍は攻撃を仕掛けられなくなった。イザヤの最初の諫言は、斯うして容れられぬまま終わった。
同じ頃、ペリシテ人がネゲヴ・ベト・シェメシュ・アヤロン・ゲデロテ・ソコ・ティムナ・ギムゾといったユダ王国の町を占領し、定住を始めていた。新アッシリア帝国軍はアラム人の首都ダマスカスへ侵攻し、アラム人をキル(現在のヨルダンのカラク県)へ配流してレツィンを殺害する。其の後ダマスカスへ出向いてティグラト・ピレセル3世に謁見したアハズは、目にしたアラムの祭壇に惹かれ、見取り図や作り方を記録して祭司ウリヤへ送り、同じ物を築かせた。ヤハウェの宮殿の用具は取り外されて戸が閉じられ、青銅の祭壇は新しい祭壇の北側へ追い遣られて、王が個人的に占いへ使う物となる。安息日用の通路も国王の出入口も取り外され、神殿の金の鉢は切り刻まれ、扉には誰も礼拝出来ない様に釘が打たれた。ユダ王国中の町角には、異教の神々の為の祭壇が築かれていった。
紀元前713年、ヤマニの主導で、アシュドッドの領地内で指揮を執るペリシテ人・エドム人・モアブ人・ユダ王国が同盟を結び、新アッシリア帝国に対して反乱を起こす。シャバカが支援を約束していた。しかしイザヤは、エジプト第25王朝を当てにしてはならないと警告した。
紀元前702年頃、ヒゼキヤが病に罹り生死を彷徨う。イザヤは「貴方の家を整理せよ。貴方は死ぬ。治らない」と告げ、王は、あんなに真実を尽くし言いつけに従おうと努力してきたのに、と肩を震わせて大声で泣いた。イザヤが干し無花果を取り寄せさせ、茹でて作った軟膏を患部に塗ると、ヒゼキヤは体調を取り戻す。回復を聞いたバビロン第10王朝王メロダク・バルアダン2世が使者に手紙と贈り物を託すと、ヒゼキヤは歓迎して同盟を結び、宮殿を案内して、全ての宝庫・銀・金・香料・高価な油・全ての武器庫・香水で満ちた宝物倉を残らず見せた。後にイザヤが問い質し、見せなかった物は1つも無いという答えを得ると、家に在る物も先祖達が今日迄蓄えてきた物も全てバビロンへ運び去られ、王自身の息子達の中にはバビロンの王の宮殿で宦官となる者が出ると預言する。ヒゼキヤは其の言葉を有難いと受けたが、同時に、自分が生きている間は平和と安全が保証されると考えていた。
紀元前701年、ラキシュの包囲を続けていたセンナケリブが、タルタン・ラブ・サリス・ラブ・シャケに大軍を率いさせ、エルサレムへ降伏要求の部隊を送った。応対に出たのは、ヒルキヤの子で宮廷長官のエルヤキム、書記シェブナ、史官でアサフの子ヨアフである。ラブ・シャケは、傷んだ葦であるエジプト第25王朝を拠り所にするなと嘲り、乗り手を揃えられるなら2,000頭の馬を与えようと賭けを持ち掛け、自分がエルサレムを滅ぼしに来たのはヤハウェが命じたからだとまで言い放った。城壁の上のユダ王国民に聞かれぬ様アラム語で話してほしいという願いは拒まれ、ラブ・シャケはギホンの泉の側に立ち、ユダの言葉で降伏を呼び掛ける。ハマー・アルパド・セファルワイム・ヘナ・イワの神々を列挙し、我々の手から救い出した神が居ただろうかと訴えた。だが民はヒゼキヤの命により一切応じなかった。衣服を引き裂いて報告を受けたヒゼキヤは、自らも衣を裂いて悲しみの象徴である麻の粗布を着け、神殿でヤハウェに懇願し、エルヤキム・シェブナ・年長の祭司達に粗布を着用させてイザヤの下へ遣わした。
イザヤは、ラブ・シャケの言葉を恐れるな、今センナケリブの家に霊を置く、彼は或る噂を聞いて自分の土地へ帰り殺される、と預言する。エルサレム包囲の後、センナケリブはエクロン・ガザ・アシュドッドを部下に支配させ、軍をラキシュからリブナへ撤退させた。ラブ・シャケも情報を聞いてリブナへ移動し落ち合う。センナケリブは其処でタハルカが征伐の為に出陣したとの情報を得ながらも、ゴザン・ハラン・レツェフ・テラサルに居たエデンの人々を先祖が滅ぼした事、ハマーやアルパドやセファルワイムやヘナやイワの王が今何処に居るのかを挙げ、ヤハウェを嘲弄する書簡をヒゼキヤへ送った。ヒゼキヤが其れをヤハウェの前でのみ広げて祈ると、イザヤはヤハウェの声を代弁し、新アッシリア帝国軍がエルサレムに入る事は無い、私は自分の為、又私の僕ダビデの為に必ず此の都市を防御して救う、と伝える。其の夜、ヤハウェは御使いを遣わし、センナケリブ率いる新アッシリア帝国軍の185,000名を殺害した。
紀元前687年頃、ヒゼキヤが崩御し、マナセが第14代ユダ王国国王に即位する。マナセは偶像崇拝の祭壇を築き直し、アハブに倣ってバアルの為に幾つもの祭壇を築き、アシェラ像を造って森羅万象を拝んだ。ヤハウェの神殿にも祭壇が築かれ、祭司の庭と民の庭の2つの庭にも森羅万象の為の祭壇が置かれる。ヒンノムの谷(現在のイスラエルのエルサレム地区)では自分の子供に火の中を通らせ、卜占・呪い・霊媒・口寄せを行い、自ら造らせたアシュラの彫像を宮殿に安置して、罪の無い人々を多数殺害しエルサレムを死体で埋め尽くした。イザヤはホセア・ヨエル・ナフム・ハバククと共に、其の非道ぶりが以前此の地に居たエモリ人以上であるとし、サマリアに使った測り縄とアハブの家に使った錘をエルサレムの上に伸ばし、人が皿を拭って伏せる様にエルサレムを引っくり返すとの警告を発する。
そして紀元前681年頃、自身を批判するイザヤを恨んだマナセが、従者に殺害を命じた。イザヤは杉の木に逆さに吊るされ、鋸によって2つに切り裂かれて絶命する。遺体は、水路の側に在る樫の木の下に葬られた。召命から60年近く、王が耳を貸そうと貸すまいと語り続けた預言者が、最後に何を受け取ったのか——本書は其の全過程を一冊に束ねている。
登場人物
- イザヤ 本書の中心人物。アモツの子である預言者。紀元前740年頃に召命を授かり活動を開始した。アハズにはヤハウェへ委ねる様諫言し、ヤマニの反乱ではエジプト第25王朝を当てにするなと警告。ヒゼキヤには死を告げた後に干し無花果の軟膏で回復させ、バビロン第10王朝への宝物公開を咎めた。センナケリブの侵攻では帝国軍がエルサレムに入る事は無いと伝えている。紀元前681年頃、自身を批判された事を恨んだマナセの従者によって殺害された。
- アモツ イザヤの父。
- シェアル・ヤシュブ イザヤの息子。アハズの前に進み出る父に伴われた。
- アハズ 第12代ユダ王国国王。アラム・イスラエル王国連合軍に包囲された際、イザヤの諫言を退けてティグラト・ピレセル3世に金銀を送り援軍を請うた。ダマスカスで見たアラムの祭壇を祭司ウリヤに模倣させ、ヤハウェの神殿を悉く穢した。
- ヒゼキヤ(アハズの息子) 第13代ユダ王国国王。病で生死を彷徨ったがイザヤの干し無花果の軟膏で回復した。バビロン第10王朝の使者に宝物を全て見せた事を咎められ、全てがバビロンへ運び去られると預言される。センナケリブの脅しの書簡をヤハウェの前でのみ広げて祈り、イザヤを通じて救いの言葉を受けた。
- マナセ 第14代ユダ王国国王。ヒゼキヤの跡を継ぎ、偶像崇拝の祭壇を築き直してアハブに倣った。罪の無い人々を多数殺害してエルサレムを死体で埋め尽くし、紀元前681年頃、自身を批判するイザヤを恨んで従者に殺害を命じた。
- レツィン アラム王。ペカと共にアラム・イスラエル王国連合軍を率いてエルサレムを包囲し、ユダ王国民をダマスカスへ連れ去り、エラテを奪還した。後に新アッシリア帝国軍のダマスカス侵攻によって殺害された。
- ペカ 第18代イスラエル王国国王。レツィンと共にユダ王国へ侵攻し、1日で120,000名を殺害して200,000名を捕虜とした。アハズに代えてタベアルの子を据えようとしたが、イザヤに実現しないと預言された。
- ティグラト・ピレセル3世 第10代新アッシリア帝国国王。アハズの援軍要請を聞き入れ、アラム・イスラエル王国連合軍の攻撃を封じた。ダマスカスでアハズの謁見を受けている。
- センナケリブ 新アッシリア帝国国王。ラキシュを包囲しつつエルサレムへ降伏要求の部隊を派遣し、書簡でヤハウェを嘲弄した。イザヤは、或る噂を聞いて自分の土地へ帰り殺されると預言。其の軍の185,000名は一夜にして殺害された。
- タルタン センナケリブがエルサレムへ派遣した降伏要求の部隊を率いた3名の1人。
- ラブ・サリス センナケリブがエルサレムへ派遣した降伏要求の部隊を率いた3名の1人。
- ラブ・シャケ 降伏要求の部隊を率いた3名の1人であり、交渉の矢面に立った人物。エジプト第25王朝を傷んだ葦と嘲り、2,000頭の馬を賭けに持ち出し、ヤハウェの名を利用して挑発した。アラム語で話す様求められると拒み、ギホンの泉の側からユダの言葉で城壁の上の民に直接降伏を呼び掛けた。
- メロダク・バルアダン2世 バビロン第10王朝王。ヒゼキヤの回復を聞いて使者を遣わし、手紙と贈り物を届けた。ヒゼキヤは同盟を結び、宝庫・銀・金・香料・高価な油・武器庫・香水で満ちた宝物倉を全て使者に見せている。
- ヤマニ 紀元前713年、ペリシテ人・エドム人・モアブ人・ユダ王国の同盟を主導し、新アッシリア帝国に対して反乱を起こした人物。ペリシテ人はアシュドッドで指揮を執った。
- シャバカ ヤマニ主導の反乱に支援を約束した人物。しかしイザヤは、エジプト第25王朝を当てにしてはならないと警告した。
- タハルカ センナケリブ征伐の為に出陣した人物。リブナに撤退したセンナケリブは、其の情報を得た上で尚ヒゼキヤへ脅しの書簡を送った。
- エルヤキム ヒルキヤの子で宮廷長官。シェブナ・ヨアフと共に新アッシリア帝国軍の前に出て交渉し、アラム語で話す様求めた。衣服を引き裂いてラブ・シャケの言葉をヒゼキヤに伝え、粗布を着てイザヤの下へ遣わされた。
- ヒルキヤ 宮廷長官エルヤキムの父。
- シェブナ 書記。エルヤキム・ヨアフと共に新アッシリア帝国軍の前に出て交渉し、衣服を引き裂いてヒゼキヤに報告した。粗布を着てイザヤの下へ遣わされた1人。
- ヨアフ アサフの子で史官。エルヤキム・シェブナと共に新アッシリア帝国軍の前に出て交渉し、衣服を引き裂いてヒゼキヤに報告した。
- アサフ 史官ヨアフの父。
- ウリヤ エルサレムに居た祭司。ダマスカスのアハズから送られた祭壇の見取り図と作り方に従い、王の帰還までに同じ祭壇を完成させた。新しい祭壇での生贄と貢物も、アハズから命じられて行った。
- オデデ 預言者。ユダ王国侵攻から帰還したイスラエル王国軍を出迎え、天も驚く程の残忍さで同胞を手に掛けた事を糾弾し、捕虜を家へ帰さなければヤハウェの燃える様な怒りが下ると警告した。
- ジクリ イスラエル王国軍の大勇士。ユダ王国侵攻に際し、アハズの子マアセヤ・宮内大臣アズリカム・国王補佐官エルカナを討った。
- マアセヤ アハズの子。ユダ王国侵攻の際、大勇士ジクリに討たれた。
- アズリカム ユダ王国の宮内大臣。ユダ王国侵攻の際、大勇士ジクリに討たれた。
- エルカナ ユダ王国の国王補佐官。ユダ王国侵攻の際、大勇士ジクリに討たれた。
- タベアルの子 レツィンとペカが、アハズに代えてユダ王国国王に据えようとした人物。イザヤは、此の傀儡政権樹立の計画は人間の計画であってヤハウェの計画では無く、実現しないと預言した。
- アザルヤ ヨハナンの子。エフライム族の長。オデデと同意見であり、捕虜となったユダ王国民に衣服・靴・パン・葡萄酒を与え、負傷者に油を塗って手当てをした4名の1人。
- ベレクヤ メシレモテの子。エフライム族の長。オデデと同意見であり、捕虜の解放と人道的な扱いを実行した4名の1人。
- ヒゼキヤ(シャルムの子) エフライム族の長。オデデと同意見であり、捕虜の解放と人道的な扱いを実行した4名の1人。ユダ王国国王のヒゼキヤとは別人である。
- アマサ ハデライの子。エフライム族の長。オデデと同意見であり、捕虜の解放と人道的な扱いを実行した4名の1人。
- ホセア 預言者。イザヤと共に、マナセとユダ王国民へ災いの警告を発した5名の1人。
- ヨエル 預言者。イザヤと共に、マナセとユダ王国民へ災いの警告を発した5名の1人。
- ナフム 預言者。イザヤと共に、マナセとユダ王国民へ災いの警告を発した5名の1人。
- ハバクク 預言者。イザヤと共に、マナセとユダ王国民へ災いの警告を発した5名の1人。
- アハブ 嘗てのイスラエル王国国王。マナセはアハブに倣ってバアルの為の祭壇を築き、預言者達はアハブの家に使った錘をエルサレムの上に伸ばすとの警告を伝えた。
主要な地名・拠点
- エルサレム ユダ王国の首都。アラム・イスラエル王国連合軍に包囲されたが陥落せず、後にセンナケリブの降伏要求も退けた。イザヤが王達に語り続けた場所であり、マナセが死体で埋め尽くした都でもある。
- ダマスカス アラム人の首都。レツィンが捕虜としたユダ王国民を連れ去った先であり、新アッシリア帝国軍の侵攻でレツィンが殺害された地。アハズは此処でティグラト・ピレセル3世に謁見し、後に模倣させる祭壇を目にした。
- エラテ レツィン率いるアラム軍が奪還し、ユダ王国民を追い出した地。しかし其の後に入って住み着いたのはエドム人であった。
- サマリア イスラエル王国の首都。ユダ王国侵攻を終えたペカの軍が捕虜と戦利品を携えて帰還し、預言者オデデに糾弾された地。後に預言者達は、サマリアに使った測り縄をエルサレムの上に伸ばすとの警告を伝えた。
- エリコ 棗椰子の町。エフライム族の長4名が、解放した捕虜のうち病人や老人を驢馬に乗せ、家族の下へ送り届けた先。
- キル 現在のヨルダンのカラク県。新アッシリア帝国軍がダマスカスのアラム人を配流した先。
- ネゲヴ ペリシテ人が占領し、定住を始めたユダ王国の町・地域の1つ。
- ベト・シェメシュ ペリシテ人が占領し、定住を始めたユダ王国の町の1つ。
- アヤロン 現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区ラマッラー・アル・ビーレ県。ペリシテ人が占領し、定住を始めたユダ王国の町の1つ。
- ゲデロテ 現在のイスラエルのエルサレム地区。ペリシテ人が占領し、定住を始めたユダ王国の町の1つ。
- ソコ 現在のイスラエルのエルサレム地区。ペリシテ人が占領し、定住を始めたユダ王国の町の1つ。
- ティムナ 現在のイスラエルのエルサレム地区。ペリシテ人が占領し、定住を始めたユダ王国の町の1つ。
- ギムゾ 現在のイスラエル中央地区。ペリシテ人が占領し、定住を始めたユダ王国の町の1つ。
- アシュドッド 紀元前713年の反乱で、ペリシテ人が領地内で指揮を執った拠点。後にエルサレム包囲の後、センナケリブが部下に支配させた都市の1つでもある。
- エクロン エルサレム包囲の後、センナケリブが部下に支配させた都市の1つ。
- ガザ エルサレム包囲の後、センナケリブが部下に支配させた都市の1つ。
- ラキシュ センナケリブ率いる新アッシリア帝国軍が包囲を続けた町。此処からエルサレムへ降伏要求の部隊が派遣された。
- リブナ センナケリブが新アッシリア帝国軍をラキシュから撤退させた先。ラブ・シャケも情報を聞いて移動し、此処で落ち合った。タハルカ出陣の報が届いた地でもある。
- ギホンの泉 ラブ・シャケが此の泉の側に立ち、城壁の上のユダ王国民へユダの言葉で直接降伏を呼び掛けた場所。
- ハマー・アルパド・セファルワイム・ヘナ・イワ ハマーは現在のシリア、アルパドは現在のシリアのアレッポ県、ヘナとイワは現在のイラクのアンバール県。ラブ・シャケが、其の神々が新アッシリア帝国の手から救い出せなかったとして列挙した征服地。
- ゴザン・ハラン・レツェフ・テラサル ゴザンは現在のシリアのラッカ県・デリゾール県・ハサカ県付近、ハランは現在のシリアのスワイダー県、レツェフは現在のヨルダンのマアーン県。センナケリブが書簡で、先祖が此処のエデンの人々を滅ぼしたと誇った地。
- ヒンノムの谷 現在のイスラエルのエルサレム地区。マナセが自分の子供に火の中を通らせ、異教の祭壇に献げた場所。
- 水路の側の樫の木 紀元前681年頃に殺害されたイザヤが葬られた場所。
諫言・警告・救い、そして殉教──
三代の王を見届けた預言者イザヤの全記録を一冊に。
JPY 200(税込)
購入する →
お支払いはカード情報の入力だけで完了します
購入後、そのままPDFダウンロードページへ移動します
お支払いは決済サービス「Square」を通じて安全に処理されます。カード情報が当サイトに保存されることはありません。