電子書籍「ヒゼキヤ一元化」の表紙

ヒゼキヤ一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
紀元前728年頃〜687年頃
※ユダヤ暦は全て西暦に変換しています
ページ数
13ページ
最新更新日
西暦2,026年8月5日

閉ざされた神殿の扉を開き、帝国の大軍を退け──
第13代ユダ王国国王ヒゼキヤの41年を一元化。

JPY 200(税込)

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本書について

紀元前728年頃、アハズの息子ヒゼキヤが政務に参加し始め、ユダ王国はアハズとの共同統治体制に入った。紀元前722年、第12代新アッシリア帝国国王サルゴン2世と其の息子センナケリブが、イスラエル王国の10部族とユダ王国の46の町の人間を捕虜とする。丸太を敷いた斜面を踏み固めた上で攻城兵器を突撃させ、歩兵の戦闘によって生じた城壁の陥没箇所や割れ目からも攻城兵器を押し込む——其の戦法の前に、捕虜達はサマリアから連行され、テル・ハラフ(現在のシリアのハサカ県)、ハブール川(現在のシリアのデリゾール県)の畔、メディア王国の町々へと移された。此の戦闘で、ヒゼキヤはエルサレムに封じられている。本書は、此の共同統治の開始から、崩御と息子マナセの即位に至る迄を、年月日単位で一元化した記録である。

紀元前716年頃、アハズが崩御してエルサレムに葬られるが、王室墓地に入れられる事は無かった。第13代ユダ王国国王として即位したヒゼキヤは、直様ヤハウェ崇拝に対する熱意を示す。同じ頃、預言者ミカはエルサレムが廃墟となる事を預言した。3月頃、ヒゼキヤはアハズによって閉じられていた神殿の扉を再び開き、修理に着手する。祭司とレビ族を東の広場に招集した王は、父祖達が神殿の玄関の扉を閉じ、ランプを消し、香を焚くのを止め、聖なる場所で全焼の犠牲を捧げるのも止めた事を挙げ、其の結果として彼等が剣に倒れ、息子や娘や妻が捕らえられたのだと訴えた。今は務めを怠る時ではない、神に燃える怒りを静めて頂く為ヤハウェと契約を結ぶ事を心から願っている、と。此の訴えと共に、レビ族の奉仕の為の組織化と、楽器や賛美の歌の為の取り決めが再確立された。

3月11日、訴えを受けたレビ族が動き出す。コハト氏族からアマサイの子マハトとアザリヤの子ヨエル、メラリ氏族からアブディの子キシュとエハレルエルの子アザリヤ、ゲルション氏族からジマの子ヨアハとヨアハの子エデン、エリザパンの子孫からシムリとエウエル、アサフの子孫からゼカリヤとマタヌヤ、ヘマンの子孫からエヒエルとシムイ、エドトンの子孫からシェマヤとウジエル——14名が兄弟達を集め、自分達を神聖なものとして、ヤハウェの家を清める活動を開始した。祭司達も神殿内の汚れたものを全て庭へ運び出す。聖なる高台は撤去され、石柱は打ち壊され、アシェラ像は切り倒された。ユダ王国民が生贄を捧げ香を焚いていた、モーセの造ったネフシュタン(青銅の蛇)も破壊されている。作業は3月18日に玄関へ達し、3月26日に完了した。レビ族はヒゼキヤを訪ね、家全体と全焼の捧げ物の祭壇と其の器具、重ねのパンの食卓と其の器具を清め、アハズが治世中に不忠実にも投げ捨てた器具も全て整えて神聖な物とした、と報告した。

或る朝、目を覚ましたヒゼキヤは都市の高官を招集し、ヤハウェの家へと登った。雄牛7頭・雄羊7匹・雄の子羊7匹・雄山羊7匹が、ユダ王国と至聖所の為に、祭司であるアロンの子孫の手で祭壇に捧げられる。最後に残った雄山羊はヒゼキヤと民衆の前に連れて来られ、其の上に手が置かれた後、血が祭壇に振り掛けられて贖罪が行われた。其の間ヒゼキヤは、ダビデ、嘗てアドラムの洞窟に住んでいたダビデへ帰還を勧めた預言者ガド、そしてナタンの命令に従い、レビ族にシンバル・弦楽器・竪琴といったダビデの楽器を持たせて立たせ、祭司もラッパを持って立った。全焼の捧げ物が始まると歌が起こり、ラッパが鳴り響き、民衆は皆平伏する。捧げ終わると、ヒゼキヤと高官達は、ダビデの詩やヤハウェからの幻を伝えたアサフの詩で賛美する様レビ族に命じた。呼び掛けに応じて民衆が持参した全焼の捧げ物は牛70頭・雄羊100匹・雄の子羊200匹、聖なる捧げ物は牛600頭・羊3,000匹に上る。皮を剝ぐ祭司が足りず、他の祭司達が自分を神聖なものとする迄、兄弟であるレビ族が手伝って凌いだ。レビ族は其の点で、祭司よりも高い意識を持っていた。斯うして、ヤハウェの家での奉仕は再確立された。

同じ紀元前716年頃、ヒゼキヤ率いるユダ王国軍はガザ(現在のパレスチナ国)に侵攻し、ペリシテ人を見張りの塔から砦の町まで攻撃した。ヒゼキヤは、新アッシリア帝国への反乱を望まない従属国の国王を全て殺害しようとしていたのである。そして紀元前705年、毎年の貢納を打ち切り、帝国に対抗する姿勢を明確にした。

紀元前702年頃、ヒゼキヤは病に罹り生死を彷徨う。イザヤは「貴方の家を整理せよ。貴方は死ぬ。治らない」と告げ、ヒゼキヤは、あんなに真実を尽くし言いつけに従おうと努力してきたのに、と肩を震わせて大声で泣いた。イザヤが干し無花果を取り寄せさせ、茹でて作った軟膏を患部に塗ると、王は体調を取り戻す。回復を聞いたバビロン第10王朝王メロダク・バルアダン2世は使者に手紙と贈り物を託し、ヒゼキヤは歓迎して同盟を結び、宮殿を案内して、全ての宝庫・銀・金・香料・高価な油・全ての武器庫・香水で満ちた宝物倉を残らず見せた。後にイザヤが問い質すと、王は見せなかった物は1つも無いと答える。イザヤは、家に在る物も先祖達が今日迄蓄えてきた物も全てバビロンへ運び去られ、王自身の息子達の中にはバビロンの王の宮殿で宦官となる者が出ると預言した。ヒゼキヤは其の言葉を有難いと受けたが、同時に、自分が生きている間は平和と安全が保証されると考えていた。

紀元前701年頃、ヒゼキヤはペリシテ人に占領されていたネゲヴを奪還し、バビロン第10王朝・エジプト第25王朝・アシュケロンのペリシテ人・エクロンのペリシテ人と、自らを盟主とする同盟を結ぶ。同時に、ケデロンの谷(現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区エルサレム県)の洞窟の中に在るギホンの泉から町へ水を引く為、「シロアハ」と呼ばれる約533mの水路を掘った。泉の洞窟の口からケデロンの谷を経由し、南東の丘の端を回って、ヒンノムの谷とテュロペオンの谷の接点であるシロアムの池へ至る水路である。傾斜は5mm/m程度であった為、流れはゆっくりとした穏やかなものであった。防備の補強として既存の城壁が強化され、新たな塔と補強壁も築かれる。だがセンナケリブ率いる新アッシリア帝国軍は、ユダ王国の城壁の在る全ての砦の町を占領し、ラキシュを包囲した。ヒゼキヤは使者を遣わし、過ちを犯した、課せられるものは何でも負うと降伏する。要求された銀10,260kgと金1,026kgを満たす為、神殿と王宮の宝物庫の全ての銀に加え、アハズ治世下で荒れ果てた為に自ら補修させた神殿の扉と柱を覆う金までも、差し出さざるを得なかった。更に王は、帝国軍が水不足になる様エルサレムの外の泉と水源を全て塞ぎ、城塞を強化して沢山の飛び道具と盾を作った。

ラキシュの包囲を続けるセンナケリブは、タルタン・ラブ・サリス・ラブ・シャケに大軍を率いさせ、エルサレムへ降伏要求の部隊を送った。応対に出たのは、ヒルキヤの子で宮廷長官のエルヤキム、書記シェブナ、史官でアサフの子ヨアフである。ラブ・シャケは、傷んだ葦であるエジプト第25王朝を拠り所にするなと嘲り、乗り手を揃えられるなら2,000頭の馬を与えようと賭けを持ち掛け、自分がエルサレムを滅ぼしに来たのはヤハウェが命じたからだとまで言い放った。城壁の上のユダ王国民に聞かれぬ様アラム語で話してほしいという願いは拒まれ、ラブ・シャケはギホンの泉の側に立ち、ユダの言葉で降伏を呼び掛ける。ハマー・アルパド・セファルワイム・ヘナ・イワの神々を列挙し、我々の手から救い出した神が居ただろうかと訴えた。だが民は、ヒゼキヤの命により一切応じなかった。衣服を引き裂いて報告を受けたヒゼキヤは、自らも衣を裂いて悲しみの象徴である麻の粗布を着け、神殿でヤハウェに懇願し、エルヤキム・シェブナ・年長の祭司達にも粗布を着用させてイザヤの下へ遣わした。

イザヤは、ラブ・シャケの言葉を恐れるな、今センナケリブの家に霊を置く、彼は或る噂を聞いて自分の土地へ帰り殺される、と預言する。帝国軍はラキシュからリブナへ撤退し、センナケリブは其処でタハルカが征伐の為に出陣したとの情報を得た。それでも王はヒゼキヤへ書簡を送り、ゴザン・ハラン・レツェフ・テラサルに居たエデンの人々を先祖が滅ぼした事、ハマーやアルパドやセファルワイムやヘナやイワの王が今何処に居るのかを挙げて、ヤハウェを嘲弄する。ヒゼキヤは其の書簡をヤハウェの前でのみ広げ、唯貴方だけが地の全ての王国の神です、と祈った。イザヤはヤハウェの声を代弁し、新アッシリア帝国軍がエルサレムに入る事は無い、私は自分の為、又私の僕ダビデの為に必ず此の都市を防御して救う、と伝える。其の夜、ヤハウェは御使いを遣わし、センナケリブ率いる新アッシリア帝国軍の185,000名を殺害した。

紀元前699年頃、ヒゼキヤの息子マナセが生誕する。そして紀元前687年頃、ヒゼキヤは崩御し、マナセが第14代ユダ王国国王に即位した。マナセは偶像崇拝の祭壇を築き直し、アハブに倣ってバアルの為に幾つもの祭壇を築き、アシェラ像を造って森羅万象を拝み、之に仕えた。ヤハウェの神殿にも幾つもの祭壇が築かれ、祭司の庭と民の庭の2つの庭にも森羅万象の為の祭壇が置かれる。ヒンノムの谷(現在のイスラエルのエルサレム地区)では自分の子供を火の中に通らせ、卜占・呪い・霊媒・口寄せを行い、自ら造らせたアシュラの彫像を宮殿に安置して、罪の無い人々を多数殺害しエルサレムを死体で埋め尽くした。イザヤ・ホセア・ヨエル・ナフム・ハバククの5名の預言者は、其の非道ぶりが以前此の地に居たエモリ人以上であるとし、サマリアに使った測り縄とアハブの家に使った錘をエルサレムの上に伸ばし、人が皿を拭って伏せる様にエルサレムを引っくり返すとの警告を発した。父が開いた神殿の扉が、息子の代で如何に閉ざされていったのか——本書は其の全過程を一冊に束ねている。


登場人物

  • ヒゼキヤ 本書の中心人物。第13代ユダ王国国王。アハズの息子。紀元前728年頃から共同統治に参加し、紀元前716年頃に即位した。アハズが閉じた神殿の扉を開いて清めを命じ、聖なる高台・石柱・アシェラ像・ネフシュタンを破壊した。ガザへ侵攻し、紀元前705年に新アッシリア帝国への貢納を打ち切る。シロアハの水路を掘り城塞を強化したが、センナケリブに降伏して銀10,260kgと金1,026kgを差し出した。紀元前687年頃に崩御した。
  • アハズ 第12代ユダ王国国王。ヒゼキヤの父。紀元前728年頃から息子と共同統治体制を敷いた。神殿の扉を閉じ、器具を投げ捨て、扉と柱を荒れ果てさせたまま紀元前716年頃に崩御。エルサレムに葬られたが、王室墓地には入れられなかった。
  • マナセ 第14代ユダ王国国王。ヒゼキヤの息子で、紀元前699年頃に生誕。父の崩御を受けて即位すると、偶像崇拝の祭壇を築き直し、アハブに倣ってバアルの祭壇とアシェラ像を造り、ヤハウェの神殿の庭にも森羅万象の為の祭壇を置いた。ヒンノムの谷で自分の子供に火の中を通らせ、卜占・呪い・霊媒・口寄せを行い、罪の無い人々を多数殺害してエルサレムを死体で埋め尽くした。
  • サルゴン2世 第12代新アッシリア帝国国王。紀元前722年、息子センナケリブと共にイスラエル王国の10部族とユダ王国の46の町の人間を捕虜とし、サマリアから連行してテル・ハラフ・ハブール川の畔・メディア王国の町々に定住させた。
  • センナケリブ サルゴン2世の息子。紀元前701年頃、ユダ王国の砦の町を全て占領してラキシュを包囲し、降伏したヒゼキヤに銀10,260kgと金1,026kgを課した。更にエルサレムへ降伏要求の部隊を派遣し、書簡でヤハウェを嘲弄したが、其の軍の185,000名は一夜にして殺害された。
  • タルタン センナケリブがエルサレムへ派遣した降伏要求の部隊を率いた3名の1人。
  • ラブ・サリス センナケリブがエルサレムへ派遣した降伏要求の部隊を率いた3名の1人。
  • ラブ・シャケ 降伏要求の部隊を率いた3名の1人であり、交渉の矢面に立った人物。エジプト第25王朝を傷んだ葦と嘲り、2,000頭の馬を賭けに持ち出し、ヤハウェの名を利用してユダ王国を挑発した。アラム語で話す様求められると拒み、ギホンの泉の側からユダの言葉で城壁の上の民に直接降伏を呼び掛けた。
  • イザヤ 預言者。病に伏したヒゼキヤに死を告げた後、干し無花果の軟膏で回復させた。バビロン第10王朝の使者に宝物を見せた王に対し、全てがバビロンへ運び去られ息子達が宦官となると預言。センナケリブの侵攻に際しては、恐れるなと告げ、帝国軍がエルサレムに入る事は無いと伝えた。マナセの治世でも警告を発した5名の預言者の1人。
  • ミカ 預言者。紀元前716年頃、エルサレムが廃墟となる事を預言した。
  • ホセア 預言者。マナセとユダ王国民に対し、エルサレムとユダに災いが齎されると警告を発した5名の1人。
  • ヨエル 預言者。マナセとユダ王国民に対し、エルサレムとユダに災いが齎されると警告を発した5名の1人。
  • ナフム 預言者。マナセとユダ王国民に対し、エルサレムとユダに災いが齎されると警告を発した5名の1人。
  • ハバクク 預言者。マナセとユダ王国民に対し、エルサレムとユダに災いが齎されると警告を発した5名の1人。
  • メロダク・バルアダン2世 バビロン第10王朝王。ヒゼキヤの病からの回復を聞いて使者を遣わし、手紙と贈り物を届けた。ヒゼキヤは同盟を結び、宝庫・銀・金・香料・高価な油・武器庫・香水で満ちた宝物倉を全て使者に見せている。
  • タハルカ センナケリブ征伐の為に出陣した人物。リブナに撤退したセンナケリブは、其の情報を得た上で尚ヒゼキヤへ脅しの書簡を送った。
  • エルヤキム ヒルキヤの子で宮廷長官。シェブナ・ヨアフと共に新アッシリア帝国軍の前に出て交渉し、アラム語で話す様求めた。衣服を引き裂いてラブ・シャケの言葉をヒゼキヤに伝え、粗布を着てイザヤの下へ遣わされた。
  • シェブナ 書記。エルヤキム・ヨアフと共に新アッシリア帝国軍の前に出て交渉し、衣服を引き裂いてヒゼキヤに報告した。粗布を着てイザヤの下へ遣わされた1人。
  • ヨアフ アサフの子で史官。エルヤキム・シェブナと共に新アッシリア帝国軍の前に出て交渉し、衣服を引き裂いてヒゼキヤに報告した。
  • ヒルキヤ 宮廷長官エルヤキムの父。
  • ダビデ 嘗ての国王。ヒゼキヤは、其の命令に従ってレビ族にダビデの楽器を持たせ、ダビデの詩で賛美させた。イザヤは、ヤハウェが自らの為と僕ダビデの為にエルサレムを守ると伝えている。
  • ガド 預言者。嘗てダビデがアドラムの洞窟の中に住んでいた際、ユダ王国へ帰還する様勧めた。ヒゼキヤが従った3名の命令の1つは、此の預言者のものである。
  • ナタン ヒゼキヤが神殿での奉仕を再確立する際、其の命令に従った3名の1人。
  • アサフ 嘗てヤハウェからの幻を伝えた人物。ヒゼキヤと高官達は、ダビデの詩と共に、此のアサフの詩でヤハウェを賛美する様レビ族に命じた。
  • モーセ ネフシュタン(青銅の蛇)を造った人物。ユダ王国民が其れに生贄を捧げ香を焚いていた為、ヒゼキヤの清めに際して破壊された。
  • アロン 祭司の祖。ヒゼキヤは、其の子孫である祭司達に、雄牛7頭・雄羊7匹・雄の子羊7匹・雄山羊7匹をヤハウェの祭壇で捧げる様命じた。
  • アハブ 嘗てのイスラエル王国国王。マナセはアハブに倣ってバアルの為の祭壇を築き、預言者達はアハブの家に使った錘をエルサレムの上に伸ばすとの警告を伝えた。

主要な地名・拠点

  • エルサレム ユダ王国の首都。紀元前722年の戦闘でヒゼキヤが封じられた地であり、預言者ミカが廃墟となると預言した都。センナケリブの部隊が降伏を要求したが、遂に帝国軍が入る事は無かった。
  • ヤハウェの神殿 アハズによって扉が閉じられていたが、ヒゼキヤが再び開いて修理させ、レビ族と祭司の手で清められた。全焼の捧げ物と賛美によって、奉仕が再確立された場所。
  • サマリア サルゴン2世が捕虜を連行した出発点。後に預言者達は、サマリアに使った測り縄をエルサレムの上に伸ばすとの警告を伝えた。
  • テル・ハラフ 現在のシリアのハサカ県。サルゴン2世が捕虜を定住させた地の1つ。
  • ハブール川の畔 現在のシリアのデリゾール県。サルゴン2世が捕虜を定住させた地の1つ。
  • メディア王国の町々 サルゴン2世が捕虜を定住させた地の1つ。
  • ガザ 現在のパレスチナ国。ヒゼキヤ率いるユダ王国軍が侵攻し、ペリシテ人を見張りの塔から砦の町まで攻撃した地。後にセンナケリブが部下に支配させた都市の1つでもある。
  • ネゲヴ ペリシテ人に占領されていたが、紀元前701年頃、ヒゼキヤが奪還した地。
  • アシュケロン ヒゼキヤが自らを盟主として同盟を結んだペリシテ人の拠点の1つ。
  • エクロン ヒゼキヤが同盟を結んだペリシテ人の拠点の1つ。エルサレム包囲の後、センナケリブが部下に支配させた都市でもある。
  • アシュドッド エルサレム包囲の後、センナケリブが部下に支配させた都市の1つ。
  • ケデロンの谷 現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区エルサレム県。ギホンの泉が在る洞窟を擁し、シロアハの水路が経由した谷。
  • ギホンの泉 ケデロンの谷の洞窟の中に在る水源。シロアハの水路の起点であり、ラブ・シャケが此の泉の側に立って城壁の上の民に降伏を呼び掛けた場所でもある。
  • シロアハ ヒゼキヤが掘らせた約533mの水路。ギホンの泉の洞窟の口からケデロンの谷を経由し、南東の丘の端を回ってシロアムの池へ至る。傾斜は5mm/m程度で、流れはゆっくりとした穏やかなものであった。
  • シロアム 現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区エルサレム県。ヒンノムの谷とテュロペオンの谷の接点にあたり、シロアハの水路が注いだ池が在った。
  • ヒンノムの谷 現在のイスラエルのエルサレム地区。シロアムの池の位置を定める谷の1つであり、後にマナセが自分の子供に火の中を通らせた場所でもある。
  • ラキシュ センナケリブ率いる新アッシリア帝国軍が包囲した町。ヒゼキヤは此処に居るセンナケリブへ使者を遣わして降伏し、銀と金を差し出した。
  • リブナ センナケリブが新アッシリア帝国軍をラキシュから撤退させた先。ラブ・シャケも情報を聞いて移動し、此処で落ち合った。タハルカ出陣の報が届いた地でもある。
  • ハマー・アルパド・セファルワイム・ヘナ・イワ ハマーは現在のシリア、アルパドは現在のシリアのアレッポ県、ヘナとイワは現在のイラクのアンバール県。ラブ・シャケが、其の神々が新アッシリア帝国の手から救い出せなかったとして列挙した征服地。
  • ゴザン・ハラン・レツェフ・テラサル ゴザンは現在のシリアのラッカ県・デリゾール県・ハサカ県付近、ハランは現在のシリアのスワイダー県、レツェフは現在のヨルダンのマアーン県。センナケリブが書簡で、先祖が此処のエデンの人々を滅ぼしたと誇った地。
  • アドラムの洞窟 嘗てダビデが住んでいた場所。預言者ガドが此処でダビデにユダ王国への帰還を勧めた。

清め・水路・降伏・そして一夜の壊滅──
ヒゼキヤの治世の全過程を一冊に。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「トキジク」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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