ヒゼキヤ一元化
閉ざされた神殿の扉を、再び開いた王が居た──
第13代ユダ王国国王ヒゼキヤの治世を一元化。
252円(税込)
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本書について
紀元前728年、アハズの息子ヒゼキヤが政務に参加し始め、ユダ王国はアハズとの共同統治体制となった。紀元前722年、第12代新アッシリア帝国国王サルゴン2世と其の息子センナケリブは、イスラエル王国の10部族とユダ王国の46の町の人間を捕虜とする。丸太を敷いた斜面を踏み固めて攻城兵器で突撃し、城壁の陥没箇所や割れ目からも攻め入る戦法であった。捕虜はサマリアから連行され、テル・ハラフ(現在のシリアのハサカ県)・ハブール川(現在のシリアのデリゾール県)の畔・メディア王国の町々へ定住させられる。此の戦闘で、ヒゼキヤはエルサレムに封じられた。紀元前716年にアハズが崩御すると、ヒゼキヤは第13代ユダ王国国王に即位し、直様ヤハウェ崇拝への熱意を示す。本書は、其の治世を紀元前687年の崩御迄一元化した記録である。
ヒゼキヤは、アハズによって閉じられた神殿の扉を再び開き、修理に取り掛かった。東の広場に祭司とレビ族を招集し、父祖達が神に背を向けて扉を閉じ、ランプを消し、香を焚く事も全焼の犠牲を捧げる事も止めた結果、ユダ王国とエルサレムに災難が齎されたと説く。今は務めを怠る時ではない——其の訴えを受け、コハト氏族・メラリ氏族・ゲルション氏族・エリザパンの子孫・アサフの子孫・ヘマンの子孫・エドトンの子孫から2名ずつが兄弟達を集め、ヤハウェの家を清める活動を始めた。祭司達も神殿に入って汚れたものを庭へ運び出す。聖なる高台は撤去され、石柱は打ち壊され、アシェラ像は切り倒され、ユダ王国民が生贄を捧げ香を焚いていた、モーセの造ったネフシュタン(青銅の蛇)も破壊された。作業を終えたレビ族は、ヤハウェの家全体と祭壇・器具、重ねのパンの食卓、アハズが投げ捨てた器具まで全て清めて祭壇の前に整えた事をヒゼキヤへ報告する。
或る朝、ヒゼキヤは都市の高官を招集してヤハウェの家へ登り、雄牛7頭・雄羊7匹・雄の子羊7匹・雄山羊7匹を、ユダ王国と至聖所の為に捧げる様アロンの子孫へ命じた。雄山羊はヒゼキヤと民衆の前で手を置かれ、其の血が祭壇に振り掛けられて贖罪が行われる。ヒゼキヤは、ダビデ・預言者ガド・ナタンの命令に従ってレビ族にシンバル・弦楽器・竪琴を持たせ、祭司にはラッパを持たせて立たせた。全焼の捧げ物が始まると歌とラッパが鳴り響き、民衆は捧げ終わる迄平伏し続ける。ダビデの詩とアサフの詩による賛美の後、ヒゼキヤの呼び掛けに応じた民衆は、牛70頭・雄羊100匹・雄の子羊200匹の全焼の捧げ物と、牛600頭・羊3,000匹の聖なる捧げ物を持参した。皮を剝ぐ祭司が足りず、自分を神聖なものとする意識の高かったレビ族が手伝って凌ぐ。斯うしてヤハウェの家での奉仕は再確立された。
同じ頃、ヒゼキヤ率いるユダ王国軍はガザ(現在のパレスチナ国)に侵攻し、ペリシテ人を見張りの塔から砦の町まで攻撃した。新アッシリア帝国への反乱を望まない従属国の王を全て殺害しようとしたのである。紀元前705年には毎年の貢納を打ち切り、対抗する姿勢を明確にした。紀元前702年頃、ヒゼキヤは病に罹って生死を彷徨う。家を整理せよ、貴方は死ぬというイザヤの言葉に大声で泣いたヒゼキヤは、干し無花果を茹でた軟膏を患部に塗って体調を取り戻した。回復を聞いたバビロン第10王朝王メロダク・バルアダン2世が手紙と贈り物を届けると、ヒゼキヤは同盟を結び、宝庫・銀・金・香料・高価な油・武器庫・香水の宝物倉まで使者に見せる。イザヤは、家中の物が全てバビロンへ運び去られ、自身の息子達の中から宦官となる者が出ると預言した。
紀元前701年頃、ヒゼキヤはペリシテ人に占領されていたネゲヴを奪還し、自らを盟主としてバビロン第10王朝・エジプト第25王朝・アシュケロンとエクロンのペリシテ人と同盟を結ぶ。更に、ケデロンの谷(現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区エルサレム県)の洞窟に在るギホンの泉から、南東の丘の端を回ってシロアム(現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区エルサレム県)の池へ至る約533mの水路「シロアハ」を掘らせた。傾斜は5mm/m程度で、流れは穏やかであったという。既存の城壁は強化され、新たな塔と補強壁も築かれる。然しセンナケリブ率いる新アッシリア帝国軍は、城壁の在る砦の町を全て占領してラキシュを包囲した。降伏したヒゼキヤは銀10,260kgと金1,026kgを要求され、神殿と王宮の宝物庫の銀に加え、自ら補修させた神殿の扉と柱を覆う金まで剝がして応じる。更に、侵攻に備えてエルサレムの外の泉と水源を全て塞ぎ、城塞を強化し、飛び道具と盾を大量に作らせた。
センナケリブは、タルタン・ラブ・サリス・ラブ・シャケに大軍を率いさせ、エルサレムへ降伏を要求させる。応対した宮廷長官エルヤキム・書記シェブナ・史官ヨアフに対し、ラブ・シャケは、傷んだ葦の杖であるエジプト第25王朝を頼るのかと嘲り、ヤハウェの名まで利用して挑発した。アラム語で話して欲しいという求めも退け、城壁の上のユダ王国民へユダの言葉で降伏を呼び掛ける。ヒゼキヤの命により誰も応じなかった。衣服を引き裂き粗布を着てヤハウェに懇願したヒゼキヤの下へ、イザヤは、センナケリブが噂を聞いて自国へ帰り殺されるという預言を届ける。新アッシリア帝国軍はラキシュからリブナへ撤退し、タハルカ出陣の報を得たセンナケリブは、歴代の王が滅ぼした国々の神を並べ立てた書簡でヒゼキヤを脅した。ヒゼキヤが其の書簡をヤハウェの前に広げて祈ると、イザヤは、新アッシリア帝国軍がエルサレムに入る事は無いと伝える。其の夜、ヤハウェの御使いが新アッシリア帝国軍185,000名を討った。紀元前699年頃に息子マナセが生まれ、紀元前687年頃にヒゼキヤは崩御する。跡を継いだマナセは偶像崇拝の祭壇を築き直し、イザヤ・ホセア・ヨエル・ナフム・ハバククの警告を受ける事となった——其の全過程を、本書は一冊に束ねている。
登場人物
- ヒゼキヤ 本書の中心人物。アハズの息子で、紀元前728年から共同統治に加わり、紀元前716年に第13代ユダ王国国王に即位した。閉じられていた神殿の扉を開いて清めさせ、高台とネフシュタンを破壊してヤハウェ崇拝を再確立する。新アッシリア帝国への貢納を打ち切り、シロアハの水路と城壁で備えたが、センナケリブの侵攻では銀10,260kgと金1,026kgを差し出した。紀元前687年頃に崩御した。
- アハズ ヒゼキヤの父で第12代ユダ王国国王。ヤハウェの神殿の扉を閉じ、器具を投げ捨てた。紀元前716年に崩御してエルサレムに葬られたが、王室墓地には入れられなかった。
- イザヤ 預言者。病のヒゼキヤに死を告げた後、干し無花果の軟膏で回復させた。バビロンからの使者に宝物を見せたヒゼキヤには、全てがバビロンへ運び去られると預言する。センナケリブの脅しに対しては、新アッシリア帝国軍がエルサレムに入る事は無いと伝えた。
- ミカ 預言者。紀元前716年頃、エルサレムが廃墟となる事を預言した。
- サルゴン2世 第12代新アッシリア帝国国王。紀元前722年、息子センナケリブと共にイスラエル王国の10部族とユダ王国の46の町の人間を捕虜とし、テル・ハラフ・ハブール川の畔・メディア王国の町々へ定住させた。
- センナケリブ サルゴン2世の息子で新アッシリア帝国の王。ユダ王国の砦の町を全て占領してラキシュを包囲し、降伏したヒゼキヤから銀と金を取り立てた。エルサレムへは降伏要求の部隊を派遣し、書簡でも脅したが、一夜にして軍勢185,000名を失った。
- ラブ・シャケ センナケリブがエルサレムへ派遣した3名の1人。エジプト第25王朝を傷んだ葦の杖と嘲り、ヤハウェの名まで利用して挑発し、城壁の上のユダ王国民へユダの言葉で降伏を呼び掛けた。
- エルヤキム ヒルキヤの子で宮廷長官。シェブナ・ヨアフと共にラブ・シャケに応対し、衣服を引き裂いてヒゼキヤへ報告した。粗布を着てイザヤの下へ遣わされている。
- シェブナ 書記。エルヤキム・ヨアフと共にラブ・シャケに応対し、イザヤの下へ遣わされた。
- ヨアフ アサフの子で史官。エルヤキム・シェブナと共にラブ・シャケに応対した。
- メロダク・バルアダン2世 バビロン第10王朝の王。ヒゼキヤの回復を聞いて使者に手紙と贈り物を届けさせ、同盟が結ばれた。使者に宝物を見せた事が、バビロンへの略奪の預言を招いた。
- タハルカ センナケリブ征伐の為に出陣したとの情報がリブナへ届いた人物。其の報せが、新アッシリア帝国軍の動きに影を落とした。
- マナセ ヒゼキヤの息子。紀元前699年頃に生誕し、紀元前687年頃に第14代ユダ王国国王として即位した。偶像崇拝の祭壇を築き直してバアルとアシェラ像を据え、イザヤ・ホセア・ヨエル・ナフム・ハバククの警告を受けた。
主要な地名・拠点
- エルサレム ユダ王国の都。紀元前722年の戦闘でヒゼキヤが封じられ、紀元前701年にはラブ・シャケ率いる部隊に降伏を迫られた。外の泉と水源は全て塞がれ、城塞が強化された。
- ヤハウェの神殿 アハズに扉を閉じられた神殿。ヒゼキヤが扉を開いて修理させ、レビ族が汚れたものを運び出して清め、奉献によって奉仕が再確立された。
- テル・ハラフ 現在のシリアのハサカ県。紀元前722年、サルゴン2世がサマリアから連行した捕虜を定住させた地の1つ。
- ハブール川 現在のシリアのデリゾール県。其の畔も、サルゴン2世が捕虜を定住させた地の1つであった。
- ガザ 現在のパレスチナ国。ヒゼキヤ率いるユダ王国軍が侵攻し、ペリシテ人を見張りの塔から砦の町まで攻撃した地。
- ネゲヴ ペリシテ人に占領されていた地。紀元前701年頃、ヒゼキヤが奪還し、同盟の盟主として立つ足掛かりとした。
- ギホンの泉 ケデロンの谷の洞窟の中に在る泉。此処から町へ水を引く為に、約533mの水路「シロアハ」が掘られた。ラブ・シャケが城壁の上のユダ王国民へ叫んだのも、此の泉の側であった。
- ケデロンの谷 現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区エルサレム県。ギホンの泉の洞窟が在り、シロアハの水路が経由した谷。
- シロアム 現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区エルサレム県。ヒンノムの谷とテュロペオンの谷の接点に在り、シロアハの水路が注ぎ込んだ池の在る地。
- ラキシュ センナケリブが包囲した砦の町。ヒゼキヤは此処に居るセンナケリブへ使者を送って降伏し、銀10,260kgと金1,026kgを差し出した。
- リブナ センナケリブが新アッシリア帝国軍をラキシュから撤退させた先。タハルカ出陣の報を受けた地であり、ヒゼキヤへの脅しの書簡も此処から送られた。
- ヒンノムの谷 現在のイスラエルのエルサレム地区。ヒゼキヤの死後、マナセが自分の子供に火の中を通らせ、異教の祭壇に献げた谷。
185,000名が一夜で倒れ、エルサレムは残った──
ヒゼキヤとセンナケリブの攻防を一元化。
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