電子書籍「アマツヤ一元化」の表紙

アマツヤ一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
紀元前800年頃〜771年頃
※ユダヤ暦は全て西暦に変換しています
最新更新日
西暦2,025年11月21日

復讐・征伐・大敗・反乱──
29年に亘るアマツヤの治世の全記録を一本の時系列に貫く。

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本書について

紀元前800年、父ヨアシュの暗殺を受けて即位した時から、紀元前771年のラキシュでの殺害まで。本書は、第9代ユダ王国国王アマツヤの治世を一本の時系列に貫き、一元化した一冊である。

紀元前800年、ハザエル率いるアラム人のエルサレム進軍により、ヨアシュを除くユダ王国国王の指導者全員が殺害された。ヨアシュは歴代の捧げ物と金をハザエルに送り襲撃を中止させたが、深傷を負った。其の後、アモン人女性シムアテの子ヨザバデとモアブ人女性シムリテの子エホザバデが謀反を起こし、ゼカリヤ殺害の責任を問う為にヨアシュをミロの家の寝台で打ち殺した。ヨアシュの息子アマツヤが第9代ユダ王国国王に即位した。

アマツヤはヨザバデとエホザバデを含む暗殺に関わった人間を殺害したが、モーセの律法に従い其の子供達までは殺害しなかった。アマツヤは王の政務に関して全てヨアシュを踏襲し、偶像崇拝の祭壇を取り壊さなかった。エドム人征伐の為に軍の再編成を行い、ユダ族・ベニヤミン族に指導者を立てて人口調査を実施した結果、槍と剣の使い手として訓練された20歳以上の兵が300,000名存在する事が判明した。

更にアマツヤは銀3,400kgを支払いイスラエル王国から100,000名の訓練された兵を雇った。しかし、預言者がイスラエル王国の兵と共に戦えば敗れると預言した為、アマツヤは雇い入れた兵をエフライム族の領地へ強制送還した。イスラエル王国兵達は侮辱されたものと捉え憤慨した。

アマツヤ率いるユダ王国軍はエドム人の領地に攻め入り、塩の谷で10,000名のエドム人を殺害した。更に10,000名を捕縛して崖から突き落とし、セラを征圧して地名を「ヨクテエル」と改名した。しかし、エフライム族の領地へ強制送還されたイスラエル王国兵が上ベト・ホロンから下ベト・ホロン、サマリアへ侵攻し、3,000名を殺害して多くの戦利品を奪い取った。アマツヤはエドム人の偶像を持参して帰還し、神々として祀った。預言者は偶像崇拝を問い質したが、アマツヤは聞き入れなかった。

紀元前791年、アマツヤは相談役の意見を取り入れ、イスラエル王国国王ヨアシュに戦いを仕掛けた。ヨアシュはレバノン山の薊と杉の寓話を以て忠告したが、アマツヤは聞き入れなかった。両軍はベト・シェメシュで激突したが、ユダ王国は総崩れとなり退却し、アマツヤは捕虜となりエルサレムに連行された。エルサレムの城壁はエフライムの門から隅の門まで200mに渡って取り壊され、イスラエル王国は神殿と王宮の財宝を運び出し、オベデ・エドムを含む人質を連れてサマリアに帰還した。同年、ユダ王国の指導者達がアマツヤの息子ウジヤを為政者として推し、共同統治体制となった。

紀元前781年、共同統治体制が廃止されアマツヤが政務を担う事となった。紀元前771年、ユダ王国国民がエルサレムで反乱を起こした。アマツヤはラキシュに逃亡したが、反乱を起こした国民がラキシュまで追撃し、アマツヤは殺害された。アマツヤはエルサレムに運ばれ、先祖達と共にダビデの町に葬られた。ユダ王国国民はウジヤを第10代ユダ王国国王に即位させた。


登場人物

  • アマツヤ 第9代ユダ王国国王。ヨアシュの息子。父の暗殺者を処刑し、エドム人を征伐したが、エドム人の偶像を持ち帰り崇拝した。イスラエル王国国王ヨアシュに戦いを仕掛けて大敗し、捕虜となった。最期はラキシュで反乱を起こした国民に殺害された。
  • ヨアシュ(ユダ王国国王) 第8代ユダ王国国王。アマツヤの父。アラム人の侵攻後、ヨザバデとエホザバデの謀反によりミロの家の寝台で打ち殺された。
  • ヨアシュ(イスラエル王国国王) イスラエル王国国王。レバノン山の薊と杉の寓話を以てアマツヤに忠告したが聞き入れられなかった。ベト・シェメシュでユダ王国軍を撃破し、アマツヤを捕虜にした。エルサレムの城壁を取り壊し、神殿と王宮の財宝を奪った。
  • ヨザバデ アモン人女性シムアテの子。エホザバデと共にヨアシュ(ユダ王国国王)をミロの家の寝台で打ち殺した。アマツヤにより殺害された。
  • エホザバデ モアブ人女性シムリテの子。ヨザバデと共にヨアシュ(ユダ王国国王)を暗殺した。アマツヤにより殺害された。
  • ハザエル アラム人の指導者。エルサレムに進軍し、ヨアシュ(ユダ王国国王)を除くユダ王国の指導者全員を殺害した。歴代の捧げ物と金を受け取り襲撃を中止した。
  • ウジヤ 第10代ユダ王国国王。アマツヤの息子。紀元前791年にユダ王国の指導者達により為政者として推され、共同統治体制に入った。アマツヤ殺害後に即位した。偶像崇拝の祭壇を取り壊さなかった。
  • オベデ・エドム ベト・シェメシュの戦い後、イスラエル王国がサマリアに連れ帰った人質の一人。

主要な地名・拠点

  • エルサレム ユダ王国の首都。ハザエルのアラム人が進軍した地。ベト・シェメシュの戦い後、城壁がエフライムの門から隅の門まで200mに渡って取り壊された。アマツヤに対する反乱が起きた地。
  • 塩の谷 現在のイスラエル南部地区ベエルシェバ付近。アマツヤ率いるユダ王国軍が10,000名のエドム人を殺害した地。
  • セラ(ヨクテエル) 現在のヨルダンのタフィラ県。ユダ王国軍が征圧し、地名を「ヨクテエル」と改名した。
  • ベト・シェメシュ 現在のイスラエルのエルサレム地区。アマツヤとイスラエル王国国王ヨアシュの両軍が激突した地。ユダ王国は総崩れとなり退却した。
  • 上ベト・ホロン・下ベト・ホロン 現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区ラマッラー・アル・ビーレ県。強制送還されたイスラエル王国兵がサマリアへの侵攻途中で通過した地域。
  • サマリア 現在のイスラエル中央地区・テルアビブ地区及びパレスチナ国ヨルダン川西岸地区の複数県に跨る地域。強制送還されたイスラエル王国兵が侵攻し、3,000名を殺害した。ベト・シェメシュの戦い後、イスラエル王国が財宝と人質を持ち帰った地。
  • ラキシュ 現在のイスラエル南部地区。エルサレムの反乱から逃亡したアマツヤが殺害された地。
  • ミロの家 ヨアシュ(ユダ王国国王)がヨザバデとエホザバデによって寝台で打ち殺された場所。
  • ダマスカス 現在のシリア。アラム人が大量の戦利品を持ち帰った地。
  • ダビデの町 アマツヤが先祖達と共に葬られた地。
  • エラテ 現在のイスラエル南部地区エイラート市。ウジヤの即位後に再建され、ユダ王国に復帰した。

復讐・征伐・大敗・共同統治・反乱──
29年に亘るアマツヤの治世の全記録を一冊に。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「一元化」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
YouTubeとニコニコでも情報を発信中。