アハズ一元化
偶像崇拝・包囲・臣従・神殿冒涜──
第12代ユダ王国国王アハズの治世の全過程を一元化。
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本書について
紀元前734年頃、ヨタムが崩御してダビデの町に先祖と共に葬られ、其の息子アハズが第12代ユダ王国国王に即位した。父とは対照的に、アハズは偶像崇拝を容認し、自らもバアル・モレク・アシェラを礼拝して、丘の上や木陰の祭壇で生贄を捧げ、カナン人が偶像崇拝の祭壇で行う性の乱行の儀式までも取り入れた。更にヒンノムの谷(現在のイスラエルのエルサレム地区、パレスチナ国ヨルダン川西岸地区エルサレム県)のトフェトに祭壇を築き、乳幼児をモレクに捧げている。其の際には踊ってタンバリンを打ち鳴らし、子供の悲鳴が父親に届かない様にして、父親が我が子を取り返す事の無い様にしたという。本書は、此の即位を起点として、18年に及ぶアハズの治世を年月日単位で一元化した記録である。
同じ年、新アッシリア帝国の侵略に対抗する為、イスラエル王国のペカとアラムのレツィンがアハズに反新アッシリア同盟へ加わる様呼び掛けた。だがアハズは親新アッシリア帝国路線を堅持し、此れを拒む。説得が退けられると、両者はユダ王国を力尽くで同盟へ引き入れる為、アラム・イスラエル王国連合軍を率いてエルサレムへ上り、アハズを包囲した。アラムとイスラエル王国が結んだという報せは初めダビデの家にのみ伝えられたが、軈て国中に広まり、国王も国民も動揺する。レツィン率いるアラム軍は多くのユダ王国民を捕虜としてダマスカスへ連れ去り、更にエラテを奪還してユダ王国民を追い出した。しかし其処に入って住み着いたのは、アラム人ではなくエドム人であった。
ペカ率いるイスラエル王国軍が与えた損害は、更に苛烈であった。大勇士ジクリはアハズの子マアセヤ・宮内大臣アズリカム・国王補佐官エルカナを討ち、軍は僅か1日で120,000名を殺害する。婦人と子供を合わせて200,000名が捕虜とされ、大量の戦利品と共にサマリアへ運ばれた。エルサレムは包囲されたものの、遂に陥落しなかった。帰還した軍を迎えた預言者オデデは、天も驚く程の残忍さで同胞を手に掛けた事を糾弾し、捕虜を家へ帰さなければヤハウェの燃える様な怒りが下ると警告する。エフライム族の長である、ヨハナンの子アザルヤ・メシレモテの子ベレクヤ・シャルムの子ヒゼキヤ・ハデライの子アマサも同意見であり、戦利品の衣服を裸であった婦人と子供に配り、負傷者には油を塗って手当てをし、靴・パン・葡萄酒を与え、病人や老人は驢馬に乗せて棗椰子の町エリコの家族の下へ送り届けた。
其の頃、エドム人もユダ王国に侵攻して大勢の民を奴隷として連れ去っていた。アモツの子である預言者イザヤは、息子シェアル・ヤシュブを連れてアハズの前に進み出る。ヤハウェを信頼し、ヤハウェに委ねなさい、アハズに代えてタベアルの子を王に据えようとするレツィンとペカの計画は人間の計画であってヤハウェの計画では無い、故に傀儡政権の樹立は実現しない——イザヤは斯う説いた。しかしアハズはエドム人と戦う為、ヤハウェに背いて異教徒である第10代新アッシリア帝国国王ティグラト・ピレセル3世に、ヤハウェの神殿と王宮の宝物倉の金銀を送り、「私は貴方の僕、貴方の子です」と援軍を請う。要請は聞き入れられ、アラム・イスラエル王国連合軍は攻撃を仕掛けられなくなった。だが其の間にペリシテ人が、ネゲヴ・ベト・シェメシュ・アヤロン・ゲデロテ・ソコ・ティムナ・ギムゾといったユダ王国の町を占領し、定住を始めている。
紀元前733年、ティグラト・ピレセル3世はダマスカス遠征を行い、アハズは更にダマスカス攻撃を新アッシリア帝国に要請した。新アッシリア帝国軍はイスラエル王国を攻撃し、ヨルダン川東岸地方・ガラリヤ・海岸平野を併合する。イスラエル王国は此れによって領土の3分の2を失った。翌紀元前732年、新アッシリア帝国軍はアラム人の首都ダマスカスに侵攻し、現地のアラム人をキル(現在のヨルダンのカラク県)へ配流してレツィンを殺害、ダマスカスを征服して属州とした。アハズが呼び込んだ帝国は、敵を排除すると同時に、隣国そのものを地図から削り取っていったのである。
其の後アハズはダマスカスへ出向き、ティグラト・ピレセル3世に謁見する。其処で目にしたアラムの祭壇に惹かれたアハズは、見取り図や作り方を記録してエルサレムの祭司ウリヤへ送り、同じ物を築く様命じた。ウリヤは帰還までに祭壇を完成させる。アハズはヤハウェの宮殿の用具を取り外して戸を閉じ、ティグラト・ピレセル3世を助けているのはダマスカスの神だと考えて、其の新しい祭壇で全焼の生贄と穀物の貢物を焼き、注ぎの貢物を注ぎ、和解の生贄の血を振りかけ、同じ事をウリヤにも命じた。ヤハウェの御前に在った青銅の祭壇は北側へ追い遣られ、アハズ個人の占いの道具となる。車輪付きの台の鏡板は切り離され、洗盤は外され、海の装飾の洗盤は敷石の上へ降ろされた。安息日用の通路も国王の出入口も取り外して帝国の王が聖域へ入れる様にし、神殿の金の鉢は切り刻まれ、扉には誰も礼拝出来ない様に釘が打たれた。ユダ王国中の町角には、異教の神々の為の祭壇が築かれていった。
紀元前728年頃、アハズの息子ヒゼキヤが政務に参加し始め、ユダ王国は共同統治体制に入る。そして紀元前716年頃、アハズは崩御した。エルサレムには葬られたものの、王室墓地に入れられる事は無かった。跡を継いだヒゼキヤは第13代ユダ王国国王として即位し、直様ヤハウェ崇拝への熱意を示す。偶像に始まり神殿の冒涜に至った治世が、如何にして次代の反転へと引き継がれたのか——本書は其の全過程を一冊に束ねている。
登場人物
- アハズ 本書の中心人物。第12代ユダ王国国王。ヨタムの息子。偶像崇拝を容認してバアル・モレク・アシェラを礼拝し、ヒンノムの谷のトフェトで乳幼児をモレクに捧げた。反新アッシリア同盟への参加を拒んでアラム・イスラエル王国連合軍に包囲されると、イザヤの諫言を退けてティグラト・ピレセル3世に金銀を送り援軍を請うた。ダマスカスで見たアラムの祭壇を模倣させ、ヤハウェの神殿を悉く穢した。紀元前716年頃に崩御し、エルサレムに葬られたが王室墓地には入れられなかった。
- ヨタム 第11代ユダ王国国王。アハズの父。崩御してダビデの町に先祖と共に葬られた。本書の記録は此の崩御と、アハズの即位から始まる。
- ヒゼキヤ(アハズの息子) 第13代ユダ王国国王。紀元前728年頃から政務に参加してアハズとの共同統治体制に入り、紀元前716年頃のアハズ崩御を受けて即位した。直様ヤハウェ崇拝に対する熱意を示し、父の治世からの反転を印象付けた。
- ペカ 第18代イスラエル王国国王。レツィンと共に反新アッシリア同盟への参加をアハズに呼び掛け、拒まれるとアラム・イスラエル王国連合軍を率いてユダ王国へ侵攻した。1日で120,000名を殺害し、200,000名を捕虜とする大損害を与えた。
- レツィン 第7代アラム王。ペカと同盟を結んでアハズに参加を呼び掛け、拒まれるとエルサレムへ上って包囲した。多くのユダ王国民を捕虜としてダマスカスへ連れ去り、エラテを奪還した。紀元前732年、新アッシリア帝国軍のダマスカス侵攻により殺害された。
- ティグラト・ピレセル3世 第10代新アッシリア帝国国王。アハズの援軍要請を聞き入れ、イスラエル王国を攻撃してヨルダン川東岸地方・ガラリヤ・海岸平野を併合した。ダマスカスに侵攻してアラム人をキルへ配流し、レツィンを殺害して属州とした。アハズはダマスカスで此の王に謁見している。
- イザヤ アモツの子である預言者。息子シェアル・ヤシュブを連れてアハズの前に進み出て、ヤハウェに委ねる様説き、アハズに代えてタベアルの子を据えようとするレツィンとペカの計画は人間の計画であって実現しないと告げた。
- シェアル・ヤシュブ イザヤの息子。アハズの前に進み出る父に伴われた。
- オデデ 預言者。ユダ王国侵攻から帰還したイスラエル王国軍を出迎え、天も驚く程の残忍さで同胞を手に掛けた事を糾弾し、捕虜を家へ帰さなければヤハウェの燃える様な怒りが下ると警告した。
- ウリヤ エルサレムに居た祭司。ダマスカスのアハズから送られた祭壇の見取り図と作り方に従い、アハズの帰還までに同じ祭壇を完成させた。新しい祭壇での生贄と貢物も、アハズから命じられて行った。
- ジクリ イスラエル王国軍の大勇士。ユダ王国侵攻に際し、アハズの子マアセヤ・宮内大臣アズリカム・国王補佐官エルカナを討った。
- マアセヤ アハズの子。ユダ王国侵攻の際、大勇士ジクリに討たれた。
- アズリカム ユダ王国の宮内大臣。ユダ王国侵攻の際、大勇士ジクリに討たれた。
- エルカナ ユダ王国の国王補佐官。ユダ王国侵攻の際、大勇士ジクリに討たれた。
- タベアルの子 レツィンとペカが、アハズに代えてユダ王国国王に据えようとした人物。イザヤは、此の傀儡政権樹立の計画は人間の計画であってヤハウェの計画では無く、実現しないと預言した。
- アザルヤ ヨハナンの子。エフライム族の長。オデデと同意見であり、捕虜となったユダ王国民に衣服・靴・パン・葡萄酒を与え、負傷者に油を塗って手当てをした4名の1人。
- ベレクヤ メシレモテの子。エフライム族の長。オデデと同意見であり、捕虜の解放と人道的な扱いを実行した4名の1人。
- ヒゼキヤ(シャルムの子) エフライム族の長。オデデと同意見であり、捕虜の解放と人道的な扱いを実行した4名の1人。ユダ王国国王のヒゼキヤとは別人である。
- アマサ ハデライの子。エフライム族の長。オデデと同意見であり、捕虜の解放と人道的な扱いを実行した4名の1人。
主要な地名・拠点
- エルサレム ユダ王国の首都。アラム・イスラエル王国連合軍に包囲されたが陥落しなかった。アハズが崩御後に葬られた地でもあるが、王室墓地には入れられなかった。
- ダビデの町 アハズの父ヨタムが、崩御後に先祖と共に葬られた地。
- ヒンノムの谷 現在のイスラエルのエルサレム地区、パレスチナ国ヨルダン川西岸地区エルサレム県。此処のトフェトにアハズが偶像崇拝の祭壇を築き、乳幼児をモレクに捧げた。
- ダマスカス アラム人の首都。レツィンが捕虜としたユダ王国民を連れ去った先。新アッシリア帝国軍の侵攻でレツィンが殺害され属州となり、アハズはこの地でティグラト・ピレセル3世に謁見して、後に模倣する祭壇を目にした。
- エラテ レツィン率いるアラム軍が奪還し、ユダ王国民を追い出した地。しかし其の後に入って住み着いたのはエドム人であった。
- サマリア イスラエル王国の首都。ユダ王国侵攻を終えたペカの軍が、捕虜と大量の戦利品を携えて帰還した地。預言者オデデが其の軍を出迎えて糾弾した場所でもある。
- エリコ 棗椰子の町。エフライム族の長4名が、解放した捕虜のうち病人や老人を驢馬に乗せ、家族の下へ送り届けた先。
- キル 現在のヨルダンのカラク県。紀元前732年、新アッシリア帝国軍がダマスカスのアラム人を配流した先。
- ネゲヴ アラム・イスラエル王国連合軍の侵攻に乗じ、ペリシテ人が占領して定住を始めたユダ王国の町・地域の1つ。
- ベト・シェメシュ ペリシテ人が占領し、定住を始めたユダ王国の町の1つ。
- アヤロン 現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区ラマッラー・アル・ビーレ県。ペリシテ人が占領し、定住を始めたユダ王国の町の1つ。
- ゲデロテ 現在のイスラエルのエルサレム地区。ペリシテ人が占領し、定住を始めたユダ王国の町の1つ。
- ソコ 現在のイスラエルのエルサレム地区。ペリシテ人が占領し、定住を始めたユダ王国の町の1つ。
- ティムナ 現在のイスラエルのエルサレム地区。ペリシテ人が占領し、定住を始めたユダ王国の町の1つ。
- ギムゾ 現在のイスラエル中央地区。ペリシテ人が占領し、定住を始めたユダ王国の町の1つ。
- ヨルダン川東岸地方 現在のヨルダンのイルビド県・アジュルン県・ジャラシュ県・バルカ県・マダバ県付近。紀元前733年、新アッシリア帝国軍がイスラエル王国から併合した地域の1つ。
- ガラリヤ 現在のイスラエル北部地区。紀元前733年、新アッシリア帝国軍がイスラエル王国から併合した地域の1つ。
- 海岸平野 現在のパレスチナ国ガザ地区、現在のイスラエルのテルアビブ地区・ハイファ地区。紀元前733年、新アッシリア帝国軍がイスラエル王国から併合した地域の1つ。此の併合によりイスラエル王国は領土の3分の2を失った。
呼び込んだ帝国が隣国を削り、模倣した祭壇が神殿を穢す──
18年に亘るアハズの治世の全記録を一冊に。
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