アハズ一元化
偶像に傾いた王は、谷に祭壇を築いた──
第12代ユダ王国国王アハズの治世を一元化。
162円(税込)
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本書について
紀元前734年、ヨタムが崩御してダビデの町に先祖と共に葬られると、其の息子アハズが第12代ユダ王国国王に即位した。アハズはヨタムとは対照的に偶像崇拝を容認し、自らもバアル・モレク・アシェラを礼拝して、丘の上や木陰の祭壇で生贄を捧げ、カナン人の儀式まで取り入れる。ヒンノムの谷(現在のイスラエルのエルサレム地区、パレスチナ国ヨルダン川西岸地区エルサレム県)のトフェトには偶像崇拝の祭壇が築かれ、産まれたばかりの乳幼児がモレクへの生贄とされた。踊りとタンバリンの音は、子供の悲鳴を父親の耳から遠ざける為のものであったという。本書は、此の即位から紀元前716年の崩御に至る迄を一元化した、アハズの治世の記録である。
同じ紀元前734年、新アッシリア帝国の侵略に対抗する為、イスラエル王国のペカとアラム王レツィンがアハズへ反新アッシリア同盟への参加を呼び掛けたが、親新アッシリア帝国路線を堅持するアハズは之を拒んだ。力尽くで引き入れる為、2人の率いる連合軍はエルサレムへ上ってアハズを包囲する。レツィン率いるアラム軍は多くのユダ王国民を捕虜としてダマスカスへ連れ去り、エラテを奪還してユダ王国民を追い出した。其の地には代わってエドム人が住み着く。ペカ率いるイスラエル王国軍も、大勇士ジクリがアハズの子マアセヤ・宮内大臣アズリカム・国王補佐官エルカナを討つ等、1日で120,000名を殺害し、婦人と子供を合わせて200,000名を捕虜とした。但し、エルサレムを陥落させる事は出来なかった。
帰還したイスラエル王国軍を出迎えた預言者オデデは、同胞を奴隷にしようとする残忍さを責め、捕虜を家へ帰す様警告する。エフライム族の長4名も同意見で、捕虜に衣服・靴・パン・葡萄酒を与え、負傷者には油を塗って手当てをし、病人や老人を驢馬でエリコの家族の下へ送り届けた。其の頃、エドム人もユダ王国に侵攻して大勢を奴隷として連れ去っている。アモツの子で預言者のイザヤは、息子シェアル・ヤシュブを連れてアハズの前に進み出て、ヤハウェに委ねる様説き、アハズに代えてタベアルの子を王に据えるというレツィンとペカの計画は実現しないと告げた。然しアハズは、エドム人と戦う為にヤハウェに背き、第10代新アッシリア帝国国王ティグラト・ピレセル3世へ神殿と王宮の宝物倉の金銀を送って援軍を請う。之が聞き入れられて連合軍は攻撃を封じられたが、其の頃ペリシテ人が、ネゲヴ・ベト・シェメシュ・アヤロン・ゲデロテ・ソコ・ティムナ・ギムゾを占領して定住を始めた。
紀元前733年、アハズはダマスカスへの攻撃を新アッシリア帝国に要請する。ティグラト・ピレセル3世はダマスカス遠征を行い、同じ年にイスラエル王国を攻撃してヨルダン川東岸地方・ガリラヤ・海岸平野を併合した。イスラエル王国は領土の3分の2を失う。翌紀元前732年、新アッシリア帝国軍はアラム人の首都ダマスカスに侵攻し、現地のアラム人をキル(現在のヨルダンのカラク県)へ配流してレツィンを殺害し、ダマスカスを属州とした。謁見の為ダマスカスへ出向いたアハズは、目にしたアラムの祭壇に惹かれ、見取り図と作り方を記録してエルサレムの祭司ウリヤへ送り、同じ物を築かせる。帰還した頃には祭壇は完成していた。アハズはヤハウェの宮殿の用具を取り外して戸を閉じ、ティグラト・ピレセル3世を助けているのはダマスカスの神だと考えて、其の祭壇で全焼の生贄と穀物の貢物を焼き、注ぎの貢物を注ぎ、和解の生贄の血を振りかけ、同じ事をウリヤにも命じた。青銅の祭壇は北側へ追い遣られて個人的な占いに使われ、車輪付きの台や洗盤は外され、安息日用の通路や国王の出入口まで取り払われる。神殿の金の鉢は切り刻まれ、扉には誰も礼拝出来ない様に釘が打たれた。ユダ王国中の町角には、異教の神々の為の祭壇が築かれてゆく。
紀元前728年、アハズの息子ヒゼキヤが政務に参加し始め、ユダ王国はアハズとの共同統治体制となった。そして紀元前716年、アハズは崩御してエルサレムに葬られたが、王室墓地に入れられる事は無かった。跡を継いで第13代ユダ王国国王となったヒゼキヤは、直様ヤハウェ崇拝への熱意を示す——其の全過程を、本書は一冊に束ねている。
登場人物
- アハズ 本書の中心人物。ヨタムの息子で、紀元前734年に第12代ユダ王国国王に即位した。バアル・モレク・アシェラを礼拝し、ヒンノムの谷のトフェトに祭壇を築いた。反新アッシリア同盟を拒んでレツィンとペカに包囲されると、ティグラト・ピレセル3世へ神殿と王宮の金銀を送って援軍を請う。ダマスカスで見た祭壇を写させ、ヤハウェの神殿の扉に釘を打った。紀元前716年に崩御したが、王室墓地には入れられなかった。
- ヨタム アハズの父で先代のユダ王国国王。紀元前734年に崩御し、ダビデの町に先祖と共に葬られた。偶像崇拝を容認したアハズとは対照的な王であったとされる。
- ヒゼキヤ アハズの息子。紀元前728年から政務に参加して共同統治体制を敷き、紀元前716年に第13代ユダ王国国王に即位した。直様ヤハウェ崇拝への熱意を示した。
- ウリヤ エルサレムに居た祭司。ダマスカスのアハズから送られた見取り図と作り方を基に、アハズの帰還までに同じ祭壇を完成させ、其の祭壇での献げ物もアハズに命じられて行った。
- ペカ 第18代イスラエル王国国王。レツィンと同盟を結び、アハズに反新アッシリア同盟への参加を呼び掛け、拒まれると連合軍でエルサレムを包囲した。
- レツィン 第7代アラム王。ペカと共にエルサレムを包囲し、多くのユダ王国民を捕虜としてダマスカスへ連れ去り、エラテを奪還した。紀元前732年、ダマスカスに侵攻した新アッシリア帝国軍に殺害された。
- ジクリ イスラエル王国軍の大勇士。ユダ王国への侵攻で、アハズの子マアセヤ・宮内大臣アズリカム・国王補佐官エルカナを討った。
- マアセヤ アハズの子。アラム・イスラエル王国連合軍の侵攻で、大勇士ジクリに討たれた。
- オデデ 預言者。ユダ王国から捕虜と戦利品を携えて帰還したイスラエル王国軍を出迎え、同胞を奴隷にしようとする残忍さを責めて、捕虜を家へ帰す様警告した。
- エフライム族の長達 ヨハナンの子アザルヤ・メシレモテの子ベレクヤ・シャルムの子ヒゼキヤ・ハデライの子アマサの4名。オデデと同意見で、捕虜に衣服・靴・パン・葡萄酒を与え、負傷者に油を塗って手当てをし、病人や老人を驢馬でエリコへ送り届けた。
- イザヤ アモツの子で預言者。息子シェアル・ヤシュブを連れてアハズの前に進み出て、ヤハウェを信頼して委ねる様説き、タベアルの子を王に据えるレツィンとペカの計画は人間の計画であって実現しないと告げた。
- シェアル・ヤシュブ イザヤの息子。アハズの前に進み出るイザヤに連れられていた。
- ティグラト・ピレセル3世 第10代新アッシリア帝国国王。アハズの要請と献上を受け入れて連合軍の攻撃を封じ、紀元前733年にイスラエル王国のヨルダン川東岸地方・ガリラヤ・海岸平野を併合、翌年ダマスカスを属州としてレツィンを殺害した。ダマスカスでアハズの謁見を受けている。
主要な地名・拠点
- エルサレム ユダ王国の都。アラム・イスラエル王国連合軍に包囲されたが陥落しなかった。ヤハウェの神殿の戸が閉じられ、扉に釘が打たれた地でもある。
- ヒンノムの谷 現在のイスラエルのエルサレム地区、パレスチナ国ヨルダン川西岸地区エルサレム県。アハズがトフェトに偶像崇拝の祭壇を築き、乳幼児をモレクへの生贄とした谷。
- ダマスカス アラムの都。レツィンがユダ王国民を捕虜として連れ去った先であり、紀元前732年に新アッシリア帝国の属州となった。アハズは此処でティグラト・ピレセル3世に謁見し、祭壇の見取り図を記録した。
- エラテ アラム軍が奪還し、ユダ王国民を追い出した町。其の後はエドム人が入って住み着いた。
- エリコ 棗椰子の町。エフライム族の長達が、病人や老人の捕虜を驢馬に乗せて家族の下へ送り届けた地。
- キル 現在のヨルダンのカラク県。ダマスカスを征服した新アッシリア帝国が、現地のアラム人を配流した地。
- アヤロン 現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区ラマッラー・アル・ビーレ県。ネゲヴやベト・シェメシュ等と共に、ペリシテ人が占領して定住した地。
- ギムゾ 現在のイスラエル中央地区。ゲデロテ・ソコ・ティムナ等と共に、ペリシテ人が占領して定住した地。
ダマスカスの祭壇を写し、神殿の扉に釘を打った──
アハズの従属と背信を一元化。
162円(税込)
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