紀元前1000〜1年は、ダビデがエルサレムを攻略しヘブライ王国を遷都、ソロモン王が知恵と莫大な富で治世を敷いた時代である。シバの女王マケダがソロモンの宮殿を訪れ、ヘブライ王国はソロモンの死後に南北に分裂した。ローマ共和政が台頭し地中海世界を支配、紀元前4年頃にイエス・キリストが生誕した。

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ヘブライ王国に関する電子書籍 ユダヤ国家の原点。
年月日 出来事
976 アブサロムが、ダビデに対し、ヘブロンに礼拝に行くと称してエルサレムを離れる許可を求める。ダビデは此れを認め、アブサロムは200名の護衛と共にエルサレムを去った。アブサロムは、ヘブロンに到着するなり、ヘブライ王国中の指導者や、部族の君主の下に使者を送り、支持者を集めた。そして、王室評議員の1人でギロ(現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区ヘブロン県)に居たバト・シェバの祖父アヒトフェルの支援を受ける等、勢力を拡大していった。
976 アブサロムがヘブロンで挙兵し、王を宣言する。ダビデは逃げるのが得策であると考え、以下を率いエルサレムを出発した。
①クレタ人・ペレテ人から成る王室警備隊
②ガト人イッタイ率いる600名の傭兵部隊
ダビデは、イッタイにエルサレムに残る様説得したが「ヤハウェは生きて居られ、王なる我がヤハウェも生きて居られます。王なる我がヤハウェの居られる所に,生死何れの為でも、此の私も必ず其処に居ります」という主旨の発言をし、ダビデはイッタイが同行するのを認めた。以下2名はエルサレムに残った。
①祭司ザドク
②アビアタル
以下2名はダビデの為に諜報活動に従事した。
①アビアタルの息子ヨナタン
②アヒマアツ
ダビデは、オリーブ山(現在のイスラエルのエルサレム地区)を登っている最中、衣服が破れ、頭に埃を被っているフシャイと出会った。ダビデはフシャイをスパイとしてエルサレムに派遣した。其の後ダビデは、ヨルダン川を越えて避難した。そんな中、アブサロムはダビデと入れ替わりでエルサレムに入り、アヒトフェルに助言を求めた。アヒトフェルは以下2点の助言を行った。
①王位の奪取を誇示する為にダビデの側室と寝る
②今夜12,000名の兵でダビデの軍を急襲し、ダビデだけを狙い、他の全ての民を連れ戻す
フシャイは「王様万歳、王様万歳」と言い、アブサロムに接近した。そして12,000名の兵を使った急襲作戦に対し、ダビデ達の戦闘準備の時間を取る為の時間稼ぎを意図し、ダビデ軍の勇猛さを誇張し、決して急ぐ事無く全国から兵を招集すべきと説いた。アブサロムの高官達が此れに賛同し、フシャイの目論見は成功した。アヒトフェルは、自身の助言が採用されなかった為、驢馬に鞍を置き、故郷に帰って自宅を整理して首を吊って自害し、父祖達と共に葬られた。アブサロムは助言通りに、新しい王である事を明確に示す為に人前でダビデの側室の内10名と性交をした。
976 エフライムの森(現在のヨルダンのイルビド県・バルカ県付近)にて、アブサロムの軍とダビデの軍が交戦する。
ダビデは軍を3手に分け、以下3名を司令官に命じ、各人に1/3を指揮させた。
①ヨアブ
②ダビデの妹ゼルヤの長男アビシャイ
③イッタイ
アブサロムの軍は、生い茂る樹木に足を取られ大敗し、1日で20,000名の兵を失った。アブサロムの軍は、農作業に従事している者や小家畜を飼育している若者達の寄せ集めであり、兵士の集団であったダビデの軍に戦力で劣っていた。アブサロムは騾馬に跨り敗走するが、樫の木を通過する際、髪が枝に引っ掛かり宙吊りになった。其れをダビデの部下が目撃し、ダビデがアブサロムに手を出さない様厳命していた為、ヨアブに報告した。ヨアブは、司令官にアマサを任命し、アブサロムの心臓を3本の矢で刺し負傷させた。其の後ヨアブの鎧持ち10名によって殺害された。ダビデは、アブサロムが殺害された事を聞き大変悲しみ、マハナイムに籠り喪に服した。しかし、アムノン殺害の件でダビデに同情したヨアブは、今回は「王国よりもアブサロムが大事なのですか」と苦言を呈し、民に対する義務を果たす様ダビデに求め、奮い立たせた。其の後ダビデは、ヨアブに代えて甥のアマサを軍司令官に据えた。しかし、ヨアブはアマサを殺害した。
ユダ王国に関する電子書籍 ヤハウェの道を往く者、背く者。