紀元前1000〜1年は、ダビデがエルサレムを攻略しヘブライ王国を遷都、ソロモン王が知恵と莫大な富で治世を敷いた時代である。シバの女王マケダがソロモンの宮殿を訪れ、ヘブライ王国はソロモンの死後に南北に分裂した。ローマ共和政が台頭し地中海世界を支配、紀元前4年頃にイエス・キリストが生誕した。

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ヘブライ王国に関する電子書籍 ユダヤ国家の原点。
年月日 出来事
968 シメイの家来2名が、ガトの王アキシュの下に逃亡する。其れを聞いたシメイは、家来を追ってガトへ向かった。そして家来を連れてエルサレムに帰還した。シメイがガトへ行きエルサレムに戻って来た事を聞いたソロモンはシムイに対し「前にも言った筈です。エルサレムを出ると直ちに死ぬと。何故貴方はヤハウェの前で宣誓して与えた律法を守らなかったのですか?」という趣旨の発言をした。ソロモンはベナヤに命じ、シムイを撃ち殺させた。
968 ソロモンが、第6代エジプト第21王朝ファラオのシアメンの娘を娶る。ソロモンは合計で700名の妻と300名の妾が居た。ソロモンはギブオンで盛大な捧げ物をした。其の夜、ソロモンは就寝中の夢の中にヤハウェが現れ、ソロモンに「願いを叶えよう」と申し出た。ソロモンはヤハウェに知恵を求めた。するとヤハウェは「貴方に、民を裁いて善悪を区別出来る様知恵と賢明な心を授けた。貴方の様な賢い人は、過去に居なかったし、今後も現れないでしょう」という主旨の発言をした。
968 ソロモンが、シアメンからエツヨン・ゲベル(現在のエジプト南シナイ県)で船団を編成する許可を得る。エイラート(現在のイスラエル南部地区)を支配していたソロモンは、紅海に出る機会を窺っていたヒラムに、シアメンとの交易で得た利益を共有する事を持ち掛けた。ヒラムは其の話に乗り、フェニキアから航海士を遣わせる等して、ソロモンの手助けをした。数隻の船を建造したが、一部を除いてソロモンの船隊に用いられた。ソロモン率いる船隊とヒラム率いる船隊は3年置きにオフィル(現在のソマリア)へと航海した、此の交易により莫大な利益を得たソロモンは、ヘブライ王国の苦しい国家財政を建て直し、黒字に転換させた。ソロモンは3年に一度、以下をオフィルに持ち込んだ。
①金
②銀
③象牙
④猿
⑤狒々
968 ソロモンの下に2名の売春婦がやって来る。一方の売春婦が「私達は同じ屋根の下で暮らしているのですが、私は最近出産しました。其の3日後に隣の女も出産しました。ところが此の女は就寝中に自分の子供に覆い被さってしまった為、子供は夜中に窒息死してしまいました。そして有ろう事か、私の子供と入れ替え、死んだ子供を私の腕に抱かせました。翌朝、起きて乳を飲ませようとすると、子供が死んでいる事に気付いたのです」と主張すると、もう一方の売春婦が「死んだのは貴方の子供で、生きているのが私の子供よ」と言い返した。ソロモンは「剣を持って来なさい。生きている子供を半分にし、両者に分け与えよ」と言った。すると、先程最初に発言した売春婦が「其の子を決して殺さないで下さい。隣の女に与えて下さい」と懇願すると、もう一方の売春婦が「其れは良いアイデアですね。其の子供を2つに引き裂いて下さい」と言った。其の瞬間ソロモンは「生きている子供を殺さない様願い出た女性に与えよ。其の子は決して殺してはならない。彼女こそ其の子の本当の母親なのだ」と審判を下した。其の後、見事に売春婦達の争いを裁いたソロモンの話は王国全土に伝わり、ソロモンは賞賛された。
ユダ王国に関する電子書籍 ヤハウェの道を往く者、背く者。