紀元前873年は、イスラエル王国の王位が僅か7日の間に二度替わり、国が二分された年である。此の頃、戦車隊長ジムリがエラを殺害して第5代イスラエル王国国王に即位し、バシャの家の一族を皆殺しにする。しかし軍が擁立したオムリにティルツァを攻囲され、ジムリは王宮に火を放って自害した。第6代イスラエル王国国王となったオムリにはティブニを推す派が対抗し、オムリはセメルから買った山にサマリアを築き始める。

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≈は「頃」を意味しています。

年月日 出来事
≈ 873 エラがティルツァの宮廷長アルツァの家で酒に酔っていた或る日、エラの部下で2つ在る戦車隊の内の1つの戦車隊長ジムリが、部下を連れてアルツァの家を攻囲し、侵入してエラを殺害した。此の時エラの主力部隊は、ペリシテ人の領地であったギベトンに侵攻する為出撃しており、ティルツァが手薄となっていた。ジムリは王を名乗り、第5代イスラエル王国国王に即位した。ジムリは即位後直ぐに、バシャの家の一族を捕らえて皆殺しにし、其の親族・友人も、男子は1人残らず殺害された。同日中に、ギベトンに進軍していたイスラエル王国軍が、エラが殺害された事を知った。此れを受けて司令官オムリが王として擁立された。オムリは、ギベトン侵攻を中止させ、全軍を率いてティルツァに引き返して攻囲した。イスラエル王国軍はティルツァを占領し、王宮を包囲した。勝ち目が無いと悟ったジムリは、王宮内の城郭に入り、自ら王宮に火を放って自害した。ジムリの在位期間は僅か7日間で、ヤロブアム1世と同じく偶像を崇拝した。斯うしてオムリは、第6代イスラエル王国国王に即位した。しかし、オムリの即位を認めず、ギナトの子ティブニを推す派が起こり、イスラエル王国は二分され、オムリの支配権はティルツァに限定された。オムリは、銀2タラントでセメルから山を購入して町の建設を開始した。町の名はセメルに因んで「サマリア」と名付けた。又オムリは、ヤハウェの目の前に悪を行い、先人の誰よりも勝って悪事をした。