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≈は「頃」を意味しています。
ユダヤ国家の原点。
| 年月日 | 出来事 | |||
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| ≈ | 850 | ヨシャファトが、モアブ人とアモン人が、セイル山(現在のヨルダンのアカバ県)に居たメウニム人の一部を引き連れ、エドムの方からユダ王国に攻め入り、エン・ゲディに居るとの報告を人々から受ける。ヨシャファトは恐れ、ヤハウェを求める事を決意し、国民に断食を呼びかけた。ヨシャファトは民衆を集め、ヤハウェの神殿の新しい庭の前で「私達の先祖の神、ヤハウェよ。貴方は天に居る神、異邦人の国を全て支配して居られる方ではありませんか。御手には力と勢いが有り、貴方に立ち向かう事の出来る者は居ません。私達の神よ、貴方は貴方の民イスラエルの前から此の地の先住民を追い払い、此の地を貴方の友アブラハムの子孫に常しえにお与えになったではありませんか。彼らは此処に住み、此処に貴方の御名の為に聖所を建てて言いました。もし私達が裁きとして剣・疫病・飢饉等の災いに襲われたなら、此の神殿にこそ御名が留められているのですから、此の神殿の前で御前に立ち、苦悩の中から貴方に助けを求めて叫びます。貴方は其れに耳を傾け、救って下さい。今、アモン人・モアブ人・セイル山に居たメウニム人の人々を見て下さい。嘗てイスラエル人がエジプトの地から出て来た時、貴方は彼らの土地に入って行く事をお許しになりませんでした。其の為イスラエル人は、彼らを避け、滅ぼさずにおきました。ご覧の様に、今彼らは私達に報いて、貴方が私達にお与えになった此の土地から、私達を追い出そうと攻めて来たのです。私達の神よ、彼らをお裁きにならないのですか。私達には、攻めて来る此の大軍を迎え撃つ力は無く、何を為すべきか分からず、唯貴方を仰ぐ事しか出来ません」と祈りを捧げた。するとヤハウェの霊が、民衆の中に居たレビ族のヤハジエルに臨んだ。ヤハジエルは「全てのユダよ、エルサレムの住民とヨシャファトよ、よく聞け。ヤハウェは貴方達に斯う言われる。『此の大軍を前にしても恐れるな。怖じけるな。此れは貴方達の戦いでは無く、神の戦いである。明日敵に向かって攻め下れ。見よ、彼らはツィツの坂を上って来る。貴方達はエルエルの荒れ野の前、谷の出口で彼らに会う。其の時貴方達が戦う必要は無い。堅く立って、ヤハウェが貴方達を救うのを見よ。ユダとエルサレムの人々よ、恐れるな。怖じけるな。明日敵に向かって出て行け。ヤハウェが共にいる』と」と言った。ヨシャファトは地に平伏し、全てのユダとエルサレムの住民もヤハウェの御前に伏して、ヤハウェを礼拝した。レビの子ケハトの子孫とレビの曽孫コラの子孫は立ち上がり、大声を張り上げてイスラエルの神、ヤハウェを賛美した。 | ||
| ≈ | 850 |
ヤハジエルがヤハウェの言葉を語った翌朝、ヨシャファト達はテコア(現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区ベツレヘム県)の荒れ野へ向かって出陣する。其の際ヨシャファトは「ユダとエルサレムの住民よ、聞け。貴方達の神、ヤハウェに信頼せよ。そうすれば貴方達は確かに生かされる。又其の預言者に信頼せよ。そうすれば勝利を得る事が出来る」と言った。ヨシャファトは民衆と協議し、ヤハウェに向かって歌い、ヤハウェの聖なる輝きを讃える者を選抜し、彼らに礼服を着させ、軍の先頭を行進させ「ヤハウェに感謝せよ、其の慈しみは常しえに」と言わせた。そして、喜びと賛美の歌を歌い始めると、ヤハウェがユダ王国に攻め込んで来たモアブ人・アモン人・メウニム人に対し伏兵を差し向けた為、ユダ王国は勝利した。そして、モアブ人・アモン人はメウニム人に矛先を向け、1人残らず討って全滅させた。其の後、モアブ人とアモン人は互いに戦い自滅した。ユダ王国の人々が、テコアの荒れ野を見渡せる所に来て大軍の居た方を向くと、其の地には死体が横たわり、生き残った者は1人も居なかった。ヨシャファト率いる軍は3日間掛けて、運び切れなくなるまで以下の戦利品を奪い取った。 ①家畜 ②装備 ③衣類 ④宝物 |
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| ≈ | 850 | テコアの荒れ野から戦利品を奪い去った翌日、ヨシャファト率いる軍がベラカ(現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区ヘブロン県ワディ・エル・アッルブ)の谷に到着する。其処でヤハウェを讃え、ヨシャファトを先頭に喜び祝いながらエルサレムに帰還し、琴と竪琴を奏で、ラッパを吹き鳴らしながらヤハウェの神殿に入った。 | ||