紀元前848年は、ユダ王国の王が代わり、王国が内から荒れ外から削られた年である。此の頃ヨシャファトが崩御し、息子のヨラムが第5代ユダ王国国王に即位する。ヨラムはアタルヤに唆されて6名の兄弟を殺害し、アハブとイゼベルに倣って偶像礼拝を復帰させ、バアル礼拝を持ち込んだ。更にツァイル付近での交戦の後にエドム人が独立し、リブナも独立してユダ王国は弱体化した。

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≈は「頃」を意味しています。

年月日 出来事
≈ 848 ヨシャファトが崩御し、息子のヨラムが第5代ユダ王国国王に即位する。ヨラム(ユダ王国国王)は7人兄弟の長男であった。ヨシャファトは生前子供達にユダの町・砦や財産を豊富に分配していた。ヨシャファトは先祖と共にダビデの町((現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区エルサレム県オフェルの南側)に葬られた。
≈ 848 ヨラム(ユダ王国国王)がアタルヤに唆され、以下の6名の兄弟を、ヨシャファトから相続された財産を奪う為に剣で殺害する。更に、敵対する首長数名も殺害した。
①アザルヤ
②エヒエル
③ゼカリヤ
④アザルヤ
⑤ミカエル
⑥シェファテヤ
≈ 848 ヨラム(ユダ王国国王)が、アタルヤの両親である以下2名の信仰に倣い、偶像礼拝を復帰させる。
①アハブ
②アハブの妻イゼベル
ヨラム(ユダ王国国王)自身も偶像崇拝を行い、ヨシャファトが撤去させた偶像崇拝の祭壇を復興した。此れはヤハウェに背く行為であった。又ヨラム(ユダ王国国王)は、アタルヤの影響を受け、官能主義に根ざし、神殿での儀式的な売春行為を含んでいるバアル礼拝を王国内に持ち込んだ。
≈ 848 ヨラム(ユダ王国国王)が、エドム人の領地であるツァイル(現在のイスラエル南部地区)付近でエドム人に包囲される。ヨラム(ユダ王国国王)は、高官達を引き連れ、全ての戦車を率いて、包囲していたエドム人や戦車隊長達を討った。生き残ったエドム人は天幕に逃げ帰り、自分達で王を選出して独立し、ユダ王国の支配から脱却した。此れによりユダ王国は弱体化した。
≈ 848 リブナ(現在のイスラエル南部地区テル・エス・サーフィー)の人々が、自分達で王を選出して独立し、ユダ王国の支配から脱却する。此れによりユダ王国は弱体化した。