紀元前800年は、ユダ王国で王が背き、預言者が討たれ、王自身も討たれた年である。エホヤダが死去し、誉れある葬儀が営まれて歴代の王と共に葬られる。其の後、ユダ王国内の首長達が来て王を伏し拝み、ヨアシュ(ユダ王国国王)は其の言う事を聞き入れて、ヤハウェの宮殿を捨ててアシュラと偶像に仕えた。預言者達は背教した者達を戒めたが聞き入れられず、エホヤダの息子ゼカリヤは、ヤハウェを捨てたので今度はヤハウェが見捨てると主張する。此れを受けて首長達はゼカリヤの殺害を謀り、ヨアシュ(ユダ王国国王)の命によりゼカリヤは神殿の庭にて石で打ち殺された。ゼカリヤは死に際に、彼等の悪に報いて欲しいと言い残している。其の2ヶ月後、ハザエル率いるアラム人がイスラエル王国のヨルダン川東側の領土とガトの占領を試みるが失敗し、今度はエルサレムに矛先を向けた。アラム人は少数であったが、ヨアシュ(ユダ王国国王)を除く指導者全員を殺害する。しかしヨアシュ(ユダ王国国王)が、ヨシャファト・ヨラム・アハズヤ等の歴代の王がヤハウェの為に捧げた物や自身の捧げ物を、神殿と宮殿の宝物倉の金と共にハザエルへ送った為、襲撃は中止された。アラム人はダマスカスへ大量の戦利品を持ち帰り、ヨアシュ(ユダ王国国王)は深傷を負う。しかしアモン人女性シムアテの子ヨザバデとモアブ人女性シムリテの子エホザバデが謀反を起こし、ゼカリヤを殺害した責任を問う為、シラに下って行くヨアシュ(ユダ王国国王)をミロの家の寝台で打ち殺した。ヨアシュ(ユダ王国国王)はダビデの町に葬られたが、王室墓地では無かった。後任としてアマツヤが第9代ユダ王国国王に即位する。イスラエル王国はアラムによって武装解除され、騎兵50騎・戦車10台・歩兵10,000名だけが残された。アマツヤはヨザバデとエホザバデを含む暗殺の関係者を殺害して敵を打ったが、モーセの律法に従い其の子供達までは殺害しなかった。政務は全てヨアシュ(ユダ王国国王)を踏襲し、偶像崇拝の祭壇も取り壊さなかった。又アマツヤは、エドム人征伐の為に軍を再編成し、ユダ族・ベニヤミン族に其々指導者を立てて人口調査を行い、槍と剣の使い手として訓練された20歳以上の兵が300,000名居る事を確かめ、更に銀3,400kgを支払ってイスラエル王国から100,000名の訓練された兵を雇った。しかし預言者が、ヤハウェは其の者達とは共に居られないので共に戦えば敗れると預言し、支払った銀を惜しむアマツヤに対しヤハウェは其れ以上のものを与えられると答える。アマツヤは雇い入れたイスラエル王国兵をエフライム族の領地へ強制送還し、兵達は侮辱されたものと捉えて憤慨した。其の後アマツヤ率いるユダ王国軍はエドム人の領地に攻め入り、塩の谷で10,000名のエドム人を殺害し、更に10,000名を捕縛して崖から突き落とした。そしてセラを征圧し、地名を「ヨクテエル」と改名する。其の頃、強制送還されたイスラエル王国兵は上ベト・ホロン・下ベト・ホロンからサマリアへ侵攻し、3,000名を殺害して多くの戦利品を奪い取った。アマツヤはエドム人の偶像を持参して帰還し、神々として祀って香を焚く。預言者が、自分の民を救い出せなかった様な神々を何故拝むのかと問い質すと、アマツヤは助言を求めた覚えは無い、殺されたくなければ黙っていろと返した。預言者は、偶像を拝み勧めを聞かないのでヤハウェは貴方を滅ぼす積もりだと言い残して去った。更に、強制送還されたイスラエル王国兵はユダ王国の町々を襲い、3,000名を殺害して略奪を行った。

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年月日 出来事
800 エホヤダが死去する。誉れある葬儀が営まれ、歴代の王と共に葬られた。其の後、ユダ王国内の首長達が来て、王を伏し拝んだ。其れで、ヨアシュ(ユダ王国国王)は首長達の言う事を聞き入れ、ヤハウェの宮殿を捨ててアシュラと偶像に仕えた。預言者達は、ヨアシュ(ユダ王国国王)を始めとする背教した人間を戒めたが、聞き入れられなかった。エホヤダの息子ゼカリヤが、ユダ王国国民の前に立ち「貴方方は何故ヤハウェの戒めに背いているのか、ヤハウェは其の訳を知りたいと言っておられる。こんな事では何をしても失敗に終わるだけだ。貴方方がヤハウェを捨てたので、今度はヤハウェが貴方方をお見捨てになる」と主張した。此れを受け、ユダ王国内の首長達はゼカリヤの殺害を謀り、ヨアシュ(ユダ王国国王)の命により、ゼカリヤは神殿の庭にて石で打ち殺された。ゼカリヤは死に際に「ヤハウェよ、彼等がしている事をご覧になり、彼等の悪に報いて下さい」と言い残した。
800 ゼカリヤが殺害された2ヶ月後、ハザエル率いるアラム人が、イスラエル王国のヨルダン川東側の領土と、ガトの占領を試みる。結果は失敗に終わったが、今度はエルサレムに矛先を向け進軍した。アラム人は少数であったが、ヨアシュ(ユダ王国国王)を除くユダ王国国王の指導者全員を殺害した。しかし、ヨアシュ(ユダ王国国王)は、以下の歴代のユダ王国国王等がヤハウェの為に捧げた物や自身の捧げ物を、神殿と宮殿の宝物倉に在る金と共にハザエルに送った為、アラム人は襲撃を中止した。
①ヨシャファト
②ヨラム
③アハズヤ
此の戦闘で勝利を収めたアラム人は、ダマスカス(現在のシリア)へ大量の戦利品を持ち帰った。ヨアシュ(ユダ王国国王)は此の戦闘で深傷を負った。しかし、以下2名が謀反を起こし、ゼカリヤを殺害した責任を問う為に、シラに下って行くヨアシュ(ユダ王国国王)をミロの家の寝台で打ち殺した。
①アモン人女性シムアテの子ヨザバデ
②モアブ人女性シムリテの子エホザバデ
ヨアシュ(ユダ王国国王)はダビデの町に葬られたが、王室墓地では無かった。後任として、ヨアシュ(ユダ王国国王)の息子アマツヤが第9代ユダ王国国王に即位した。イスラエル王国はアラムによって武装解除され、以下の戦力だけが残された。
①騎兵50騎
②戦車10台
③歩兵10,000名
800 アマツヤが、以下2名を含むヨアシュ(ユダ王国国王)暗殺に関わった人間を殺害し、敵を打つ。
①ヨザバデ
②エホザバデ
しかし、モーセの律法に従い、其の子供達までは殺害しなかった。アマツヤは、王の政務に関して全てヨアシュ(ユダ王国国王)を踏襲した。従って、ヨアシュ(ユダ王国国王)と同じく偶像崇拝の祭壇を取り壊さなかった。其の為、ユダ王国国民は引き続き、偶像崇拝の祭壇で生贄を捧げたり、香を焚いたりしていた。又アマツヤは、エドム人征伐の為の軍の再編成を行い、ユダ族・ベニヤミン族に其々指導者を立て、人口調査を行った。結果、槍と剣の使い手として訓練された20歳以上の兵が300,000名存在する事が判明した。更にアマツヤは、銀3,400kgを支払い、イスラエル王国から100,000名の訓練された兵を雇った。しかし、預言者がアマツヤに対し「アマツヤよ、イスラエル王国の兵を雇い入れてはなりません。ヤハウェは其の者達とは共に居られないからです。もし、彼等と共に戦いに出たら、どんなに良く戦っても敗れます。ヤハウェには助ける力も有れば、挫く力も有るのです」と預言した。アマツヤは「兵を雇うのに支払った銀が惜しい。どうしたら良いだろう」と言うと、預言者は「ヤハウェは、其れ以上のものを貴方に与える事がお出来になります」と答えた。アマツヤは、雇い入れたイスラエル王国兵をエフライム族の領地へ強制送還した。イスラエル王国兵達は、自分達が侮辱されたものと捉え、憤慨した。
800 アマツヤ率いるユダ王国軍が、エドム人の領地に攻め入り、塩の谷(現在のイスラエル南部地区ベエルシェバ付近)で10,000名のエドム人を殺害する。更にユダ王国軍は、10,000名を捕縛して崖から突き落とし、落下したエドム人達は谷底の岩に激突し死亡した。其の後、ユダ王国軍はセラ(現在のヨルダンのタフィラ県)を征圧し、地名を「ヨクテエル」と改名した。其の頃、アマツヤにエフライム族の領地へ強制送還されたイスラエル王国兵は、上ベト・ホロン(現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区ラマッラー・アル・ビーレ県)・下ベト・ホロンからサマリア(現在のイスラエル中央地区・テルアビブ地区、現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区トゥールカリム県・カルキーリーヤ県・サルフィート県及びラマッラー・アル・ビーレ県)へ侵攻し、3,000名を殺害して多くの戦利品を奪い取った。アマツヤはエドム人の偶像を持参して帰還し、神々として祀り、其の前に頭を下げて香を焚いた。此れを受けて預言者は、アマツヤに「貴方の手から自分の民を救い出せなかった様な神々を何故拝むのか」と問い質した。アマツヤは「いつ私が貴方に助言を求めたか。殺されたくなければ、黙っている事だ」と返した。預言者は「此れではっきりしました。ヤハウェは貴方を滅ぼすお積もりです。貴方が偶像を拝み、私の勧めを聞こうとされないからです」と言い残して去った。
800 アマツヤによってエフライム族の領地へ強制送還されたイスラエル王国兵が、ユダ王国の町々を襲い、3,000名を殺害し、略奪を行う。
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