紀元前1000〜1年は、ダビデがエルサレムを攻略しヘブライ王国を遷都、ソロモン王が知恵と莫大な富で治世を敷いた時代である。シバの女王マケダがソロモンの宮殿を訪れ、ヘブライ王国はソロモンの死後に南北に分裂した。ローマ共和政が台頭し地中海世界を支配、紀元前4年頃にイエス・キリストが生誕した。

以下の暦は全て西暦に変換しています。 日本の旧暦 / 中国の旧暦 / ユダヤ暦 / ヒジュラ暦 / ソビエト連邦暦 / フランス革命暦

≈は「頃」を意味しています。

ヘブライ王国に関する電子書籍 ユダヤ国家の原点。
年月日 出来事
760 ウジヤが、ヤハウェの神殿に入り、香の祭壇で香を焚こうとする。ウジヤは、絶対王政を敷く為に、宗教的にも最高権力者になる事を意図し、モーセの律法を破ろうとした。大祭司アザリヤが、80名の従属の祭司を従えて後を追い、アザリヤ達はウジヤの前に立ちはだかり「ウジヤ、ヤハウェに香を焚くのは貴方がして良い事ではありません。香を焚いて良いのは祭司だけです。祭司達はモーセの兄アロンの子孫で、神聖なものとされているからです。此の聖なる場所から出て行って下さい。貴方は不忠実な事をしました。其の為、貴方がヤハウェから栄光を与えられる事はありません」と主張した。しかしウジヤは、香炉を手にした儘激怒した。すると、ウジヤの額に皮膚病であるツァーラアトが現れた。アザリヤ達は急いでウジヤをヤハウェの神殿から出そうとし、ウジヤ自身も慌てて出て行った。其の後ウジヤは隔離された家に移り住み、モーセの律法に従い生活した。此れに伴い、ウジヤの息子ヨタムが摂政として宮殿を管理し、政務を担った。
760 ヤロブアム2世が、ヨアシュの領土回復策を推し進め、レボ・ハマト(現在のレバノンのバールベック・ヘルメル県)から死海(現在のイスラエル南部地区、現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区ベツレヘム県・エリコ県、現在のヨルダンのマダバ県・バルカ県・カラク県)までの領域を奪回し、以下からの支配から脱却する。
①アラム人
②アモン人
③モアブ人
更にヤロブアム2世は、ダマスカスやハマーも手中に収め、ヨルダン東岸を下るルートやフェニキア諸都市から内陸に向かうルート等の主要な通商路を支配下に置き、以下等の貿易が活発化し、通行税を通じて、イスラエル王国は経済的に繁栄した。
①オリーブ油
②ワイン
③馬
ユダ王国に関する電子書籍 ヤハウェの道を往く者、背く者。