紀元前734年は、ユダ王国が南北の隣国から攻められ、新アッシリア帝国の庇護へ身を投じた年である。ヨタムが崩御し、ダビデの町に先祖と共に葬られる。後任として、ヨタムの息子アハズが第12代ユダ王国国王に即位した。アハズはヨタムとは対照的に偶像崇拝を容認し、自身もバアル・モレク・アシェラを礼拝して丘の上や木陰の祭壇で生贄を捧げ、カナン人の儀式を取り入れた。又、ヒンノムの谷のトフェトに偶像崇拝の祭壇を築き、産まれたばかりの乳幼児をモレクに捧げた。同じ頃、新アッシリア帝国の侵略に対抗する為、ペカとレツィンがアハズに反新アッシリア同盟へ加わる様呼び掛けたが、アハズは親新アッシリア帝国路線を堅持して拒否する。此れを受け、レツィンとペカ率いるアラム・イスラエル王国連合軍が、ユダ王国を力尽くで同盟に引き入れる為にエルサレムへ上り、アハズを包囲した。レツィン率いるアラム軍はユダ王国民の多くを捕虜としてダマスカスへ連れ去り、更にエラテを奪還してユダ王国民を追い出したが、其処にはエドム人が入って住み着いた。ペカ率いるイスラエル王国軍も、大勇士ジクリがアハズの子マアセヤ・宮内大臣アズリカム・国王補佐官エルカナを討つ等、1日で120,000名を殺害し、婦人と子供を合わせて200,000名を捕虜として、大量の戦利品と共にサマリアへ帰還した。連合軍はエルサレムも包囲したものの、陥落させる事は出来なかった。預言者オデデは帰還したイスラエル王国軍を出迎え、天も驚く残忍さで同胞を手に掛けた上に奴隷にしようとしているとして、捕虜を家へ帰す様警告する。エフライム族の長であるアザルヤ・ベレクヤ・ヒゼキヤ・アマサも同意見であった為、兵は捕虜と戦利品を指導者達に委ねた。4名は戦利品の衣服を裸の婦人・子供達に配り、負傷者には油を塗って手当てをし、靴・パン・葡萄酒を与え、病人や老人を驢馬に乗せて棗椰子の町エリコの家族の下へ送り届けた。其の頃、エドム人もユダ王国に侵攻して大勢を奴隷として連れ去っている。アモツの子で預言者のイザヤは息子のシェアル・ヤシュブを連れてアハズの前に進み出て、ヤハウェを信頼し委ねる様に説き、アハズに代えてタベアルの子を据えようとするレツィンとペカの計画は人間の計画であって実現しないと告げた。しかしアハズはエドム人と戦う為、ヤハウェに背いて第10代新アッシリア帝国国王ティグラト・ピレセル3世にヤハウェの神殿と王宮の宝物倉の金銀を送り、自らを僕であり子であると称して援軍を頼む。ティグラト・ピレセル3世が此れを聞き入れた為、アラム・イスラエル王国連合軍は攻撃を仕掛ける事が出来なくなった。其の頃、ペリシテ人がユダ王国のネゲヴ・ベト・シェメシュ・アヤロン・ゲデロテ・ソコ・ティムナ・ギムゾ等の町を占領し、定住を始めた。此の援軍要請が、翌紀元前733年のダマスカス遠征とイスラエル王国への攻撃を招く事となる。

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年月日 出来事
734 ヨタムが崩御し、ダビデの町に先祖と共に葬られる。後任として、ヨタムの息子アハズが、第12代ユダ王国国王に即位した。アハズはヨタムとは対照的に偶像崇拝を容認し、自身も以下の神々を礼拝し、丘の上や木陰の祭壇で生贄を捧げたり、カナン人が偶像崇拝の祭壇で行う性の乱行の儀式を取り入れたりした。
①バアル
②モレク
③アシェラ
又、ヒンノムの谷(現在のイスラエルのエルサレム地区、パレスチナ国ヨルダン川西岸地区エルサレム県)のトフェトに偶像崇拝の祭壇を築き、産まれたばかりの乳幼児を、火の中で過熱して赤くなっている鉄の偶像の上に乗せて焼き、モレクに捧げた。其の際、踊ってタンバリンを打ち鳴らし、子供の悲鳴が其の父親に聞こえない様にし、父親が自分の子供の事で心を騒がせ、子供を取り返す事が無い様にした。
734 新アッシリア帝国の侵略に対抗する為、以下2名がアハズに対し反新アッシリア同盟に加わる様呼び掛ける。
①ペカ
②レツィン
しかしアハズは、親新アッシリア帝国路線を堅持し、此れを拒否した。
734 以下2名率いるアラム・イスラエル王国連合軍が、ユダ王国を力尽くで反新アッシリア同盟に引き入れる為にエルサレムへ上り、アハズを包囲する。
①レツィン
②ペカ
アラムとイスラエル王国が同盟を結んだ事はダビデの家にのみ伝えられたが、軈てユダ王国全土に伝わり、国王や国民は動揺した。レツィン率いるアラム軍は、ユダ王国民の多くを捕虜として、ダマスカスへと連れ去った。更に、アラム軍はエラテを奪還し、ユダ王国民をエラテから追い出した。しかし其処にエドム人が入り、住み着いた。一方、ペカ率いるイスラエル王国軍も、大勇士ジクリが以下の人間を討つ等、1日で120,000名を殺害し、婦人と子供を合わせて200,000名を捕虜とし、大量の戦利品を携え、ユダ王国に大損害を与えた上でサマリアに帰還した。
①アハズの子マアセヤ
②宮内大臣アズリカム
③国王補佐官エルカナ
アラム・イスラエル王国連合軍はエルサレムも包囲したものの、陥落させる事は出来なかった。預言者オデデは、帰還したイスラエル王国軍を出迎え「ヤハウェは、ユダ王国に怒り貴方方の手にお渡しになった。ところが貴方方は、天も驚く程の残忍さで彼らを手に掛けた。しかも、ユダ王国とエルサレムから連れて来た人々を奴隷にしようとしている。そうやって、貴方方自身もヤハウェに罪を犯しているのではないか。私の言う事を聞き、同胞であるユダ王国民を家へ帰してやりなさい。然もないと、ヤハウェの燃える様な怒りが貴方方にも下る事になる」と警告した。又、エフライム族の長である以下4名もオデデと同意見であった。
①ヨハナンの子アザルヤ
②メシレモテの子ベレクヤ
③シャルムの子ヒゼキヤ
④ハデライの子アマサ
此れを受けてイスラエル王国兵は、捕虜と戦利品に関し、指導者達に任せる事となった。又、アザルヤ・ベレクヤ・ヒゼキヤ・アマサは、戦利品の中に有った多くの衣服を、裸であった捕虜の婦人・子供達に配り、負傷した捕虜には油を塗って傷の手当てをし、更に以下を与えた。
①靴
②パン
③葡萄酒
又、病人や老人を驢馬に乗せ、棗椰子の町であるエリコに居る家族の下へ送り届けた。其の任務に当たった兵はサマリアに帰還した。其の頃、エドム人がユダ王国に侵攻し、大勢のユダ王国民を奴隷として連れ去った。アモツの子で預言者のイザヤは、息子のシェアル・ヤシュブを連れて、アハズの前に進み出て「ヤハウェを信頼し、ヤハウェに委ねなさい。アハズに代えてタベアルの子をユダ王国国王に据え様とするレツィンとペカの計画は人間の計画であって、ヤハウェの計画では無い。従って、此のタベアルの子を即位させて傀儡政権を樹立するという計画は実現しない」という主旨の発言をした。しかしアハズはエドム人と戦う為に、ヤハウェに背いて異教徒である第10代新アッシリア帝国国王ティグラト・ピレセル3世に対し、ヤハウェの神殿と王宮の宝物倉に有る金銀を送り「私は貴方の僕、貴方の子です。どうか上って来て、私に立ち向かうレツィンとペカの手から、私を救い出して下さい」と援軍を頼んだ。ティグラト・ピレセル3世は此れを聞き入れた為、アラム・イスラエル王国連合軍は攻撃を仕掛ける事が出来なくなった。其の頃、ペリシテ人がユダ王国の以下の町等を占領し、定住を始めた。
①ネゲヴ
②ベト・シェメシュ
③アヤロン(現在のパレスチナ国ヨルダン川西岸地区ラマッラー・アル・ビーレ県)
④ゲデロテ(現在のイスラエルのエルサレム地区)
⑤ソコ(現在のイスラエルのエルサレム地区)
⑥ティムナ(現在のイスラエルのエルサレム地区)
⑦ギムゾ(現在のイスラエル中央地区)
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