紀元前681年は、ユダ王国と新アッシリア帝国の双方で流血が起きた年である。マナセが、自身を批判するイザヤを恨んで従者に殺害させた。10月20日、アルダ・ムリッシが弟のナブー・シャル・ウツルと共にセンナケリブを暗殺し、エサルハドンは亡命する。12月1日頃、エサルハドンがニネヴェで新アッシリア帝国国王に即位し、首謀者と政敵を処刑した。アルダ・ムリッシ兄弟は粛清を逃れ、ウラルトゥ王国へ逃亡した。

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≈は「頃」を意味しています。

年月日 出来事
≈ 681 マナセが、自身を批判するイザヤを恨み、従者にイザヤの殺害を命じる。従者は、杉の木にイザヤを逆さに吊るし、股から鋸を引いた。鋸が口に到達した時、イザヤは絶命した。そして2つに切り裂かれた。イザヤは、水路の側に在る樫の木の下に葬られた。
681 10 20 アルダ・ムリッシが、弟のナブー・シャル・ウツルと共に、シン神殿にて、ニスロクの神殿で礼拝していたセンナケリブを襲撃し、暗殺する。エサルハドンは身の危険を感じ、亡命した。
≈ 681 12 1 エサルハドンが、ニネヴェ(現在のイラクのニーナワー県モースル市)にて、第14代新アッシリア帝国国王に即位する。エサルハドンは直様、兄弟達の家族を含む、自らの掌中に収めていた首謀者達と政敵を処刑した。ニネヴェの王宮の警備に関わる全ての従者達が処刑された。以下2名は、此の粛清を生き延び、北方のウラルトゥ王国へと逃亡した。
①アルダ・ムリッシ
②ナブー・シャル・ウツル