紀元前671年は、新アッシリア帝国がエジプトへ本格的に踏み込んだ年である。タハルカがフェニキアのティルスを反新アッシリア同盟に引き入れた為、エサルハドンがエジプト第25王朝に侵攻する。大軍でティルスを封鎖して砂漠を越え、下エジプトでタハルカを破り、メンフィスは陥落した。勝因は、ヒッタイト由来の鉄製兵器と、青銅製が主体のエジプト軍との差であった。タハルカの家族は捕虜となったが、本人は逃れた。

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年月日 出来事
671 エサルハドンが、タハルカがフェニキアのティルスを反新アッシリア同盟に引き入れた為、エジプト第25王朝に侵攻する。エサルハドンは大軍を率いてティルスを封鎖し、砂漠を越えてエジプト第25王朝に入った。タハルカを下エジプトで破り、メンフィスは陥落した。新アッシリア帝国の勝因として、兵器の差が有った。新アッシリア帝国が主に鉄製の兵器を使用したのに対し、エジプト第25王朝は、青銅製の兵器を主体としていた。新アッシリア帝国は、ヒッタイトから鉄器の製造技術を学び、鉄製の戦車と騎兵隊を採用していた。新アッシリア帝国軍は、タハルカの家族を捕虜としたが、タハルカの逃亡を許した。斯うして、新アッシリア帝国は、エジプト第25王朝の一部を手に入れたが、ニネヴェから遠く、統治し続けるのが困難な状況であった。