紀元前589年は、エルサレムの長い籠城が始まった年である。12月17日、ゼデキヤがアプリエスの支援を頼んだ反乱を鎮める為、ネブカドネザル2世がエルサレムに到着し、堡塁を築いて包囲する。ユダ王国民はモアブ・アンモン・エドムへ避難した。更にラキシュとアゼカを攻め落として主要都市を滅ぼし、エルサレムを孤立させた。此の包囲は翌紀元前588年に一度解かれ、紀元前587年の城壁突破へ至る。

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年月日 出来事
589 12 17 ゼデキヤが第4代エジプト第26王朝ファラオのアプリエスの支援を期待して起こした反乱を鎮圧する為に、ネブカドネザル2世がエルサレムに到着する。其の後陣を敷き、周りにエルサレムの城壁よりも高い堡塁を築いてエルサレムを包囲した。多くのユダ王国民は以下の場所に避難した。
①モアブ(現在のヨルダンのカラク県)
②アンモン(現在のヨルダンのアンマン)
③エドム(現在のヨルダンのタフィラ県・マアーン県・アカバ県付近)
ネブカドネザル2世は、以下の城壁の在る町を攻め落として、エルサレム以外の主要都市を全て滅ぼしてエルサレムを孤立させた上で包囲した。
①ラキシュ
②アゼカ(現在のイスラエルのエルサレム地区)