紀元前352年は、後に中国統一を果たす国の中枢が定まった年である。第31代秦君主孝公が咸陽城を造り、咸陽に遷都する。咸陽は渭水の北岸、関中平野の要に当たる地であった。西方の一国に過ぎなかった秦が国力を高める時期に新たな城郭都市へ本拠を移した此の決断は、国の仕組みを作り直す意志の表れでもある。此の都は以後秦の政治と軍事の中心であり続け、紀元前221年の中国統一の後は帝国の首都となった。

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年月日 出来事
352 第31代秦君主孝公が咸陽城を造り、咸陽に遷都する。