紀元前210年は、中国を統一した秦王朝が内側から崩れ始めた年である。宦官の趙高と宰相の李斯が始皇帝の遺書を書き換え、長子の扶蘇を抑えて末子の胡亥を第2代皇帝に据える謀略を実行した。扶蘇は自害し、胡亥が即位する。そして9月10日、始皇帝が巡幸の道中で崩御した。創始者を失うと同時に帝位の継承が二人の側近に操作された王朝は急速に統制を失い、翌紀元前209年の陳勝・呉広の挙兵へと続いていく。

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年月日 出来事
210 秦の宦官の趙高と、宰相の李斯が始皇帝の遺書を書き換え、長子の扶蘇を抑え、末子の胡亥を第2代皇帝にする謀略を実行した。
210 扶蘇が自害する。
210 胡亥が第2代秦皇帝に即位。
210 9 10 始皇帝が巡幸の道中で崩御。