紀元前209年は、秦の統治に対する反乱が各地で火を噴いた年である。貧農出身の陳勝と呉広が大沢郷(現安徽省宿州市)で900名の徴用農民を率いて蜂起し、陳県を占領して張楚国を建て陳勝が王となるが、6ヶ月後に鎮圧された。徴用農民の蜂起は秦の統治が限界に達していた事を示す。同じ年、項羽が項梁に従い会稽郡守の殷通を斬って挙兵し、反秦勢力の一角を占めた。此の乱が後の劉邦との覇権争いへ繋がっていく。

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年月日 出来事
209 河南省の南陽市方城県の貧農出身であった陳勝と周口市太康県出身の呉広が大沢郷(現在の安徽省宿州市)で900名の徴用農民を率いて反乱を起こす。そして、陳県(現在の河南省准陽区)を占領し、張楚国を建国して陳勝が王となるが、6ヶ月後鎮圧される。
209 秦の武将項羽が、同じく武将の項梁に従い、会稽郡役所に赴いて、項梁に命じられて会稽郡守の殷通の頭を斬り落とした。さらに、襲いかかってきた殷通の部下百人近くを一人で殺した。