紀元前208年は、秦の中枢を担った人物が自らの築いた法の下で命を落とした年である。李斯が咸陽にて腰斬の刑で死去する。李斯は始皇帝に仕えて郡県制を敷き、文字と度量衡を統一し、厳格な法で広大な領域を一つの統治体系に収めた。紀元前210年には趙高と共に遺書を書き換え胡亥を擁立したが、やがて趙高に追い落とされ、自らが整えた刑罰の最も重い一つを受けた。翌紀元前207年には趙高も胡亥を自害へ追い込む。

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年月日 出来事
208 李斯が咸陽にて腰斬の刑で死去。