紀元前207年は、秦王朝の頂点が自らの側近によって消された年である。丞相の趙高と其の娘婿の閻楽らが共謀し、第2代秦皇帝胡亥を自害に追い込んだ。趙高は紀元前210年に李斯と始皇帝の遺書を書き換えて胡亥を即位させ、紀元前208年には李斯を腰斬に処して権力を独占した。擁立した皇帝を三年で排除した事で秦の中枢は統治を担えなくなり、各地の反乱の中で王朝は事実上終焉し、劉邦と項羽の争いの時代へ移る。

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年月日 出来事
207 丞相であった趙高と、その娘婿であった閻楽等が共謀して第2代秦皇帝胡亥を自害に追い込んだ。