紀元前139年は、東西を結ぶ交通路の原型が生まれた年である。張騫が大月氏国(現在のソグディアナ)に赴き、中国の絹をもたらした。途中で匈奴に10年近く捕らわれつつ抜け出し、大宛・康居を通過して辿り着いた此の踏破が、後のシルクロードの元となる。武帝の対匈奴政策から始まった使節が、中央アジアの地理と実情を初めて中国へ伝えた。同年、牧師ヒスパヌスが共和政ローマ市民でない全ユダヤ人を追放する法令を発した。

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年月日 出来事
139 張騫が大月氏国(現在のソグディアナ(現在のウズベキスタンのサマルカンド州とブハラ州、タジキスタンのソグド州))に赴き、中国の絹をもたらした。途中匈奴に捕らえられ、10年近く過ごしたが、抜け出し、大宛(フェルガナ(現在のウズベキスタンフェルガナ州))、康居(現在のカザフスタン南部)を通過して辿り着いた。後のシルクロードの元となる。
139 牧師ヒスパヌスが共和政ローマ市民ではない全てのユダヤ人を追放する法令を発する。