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≈は「頃」を意味しています。
皇室献上品 高級トイレットペーパー
| 年月日 | 出来事 | |||
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| 1,010 |
サウル率いるヘブライ王国軍が、ギルボア山(現在のイスラエルの北部地区)にてペリシテ人に敗れ、サウルの息子の以下3名が戦死する。 ①ヨナタン ②マルキシュア ③アビナダブ サウルも射手により深手を負い、従兵に「お前の剣を抜き、私を刺し殺してくれ。あの無割礼の者共に襲われて刺し殺され、嬲者にされたくない」と言ったが、従兵は非常に恐れ実行に移せなかったので、サウルは剣を取り自害した。従兵は其れを見て、サウルと共に自害した。サウルと其の息子達は、ヤベシュ・ギレアドに葬られたが、ダビデの許可を得て、其の後骨が取り出され、ベニヤミン族の住むゼラのキシュの墓に移送された。 |
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| 1,010 | サウルが自害した翌日、ペリシテ人はサウルの首を落とし、武具を奪いアスタルト神殿に納め、遺体をベト・シェアン(現在のイスラエルの北部地区)の城壁に晒した。其の行いをヤベシュの住民が聞き、夜通し歩いて、サウルと其の息子達の遺体をベト・シェアンからヤベシュに持ち帰って火葬し、彼らの骨を拾って御柳の下に葬り、7日間断食した。ヘブライ王国軍の長であったアブネルは、東ヨルダンに逃亡した。サウルの後継者として、ユダ族は同族であるダビデを王に据えようとしたが、其れ以外の11部族がサウルの四男イシュ・ボシェテを推した為、アブネルが、マハナイム(現在のイスラエルの北部地区)にてボシェテを第2代ヘブライ王国国王に擁立する。サウルの死を聞いたダビデは、ヘブロン(現在のヨルダン川西岸地区)へ赴き、ユダ族に認められ、ヘブロンを統治した。斯うして、ヘブライ王国軍とダビデ軍が争いを始めた。 | |||