西暦661年は、イスラム世界の指導者の座と信仰の系譜が同時に大きく動いた年である。ムアーウィヤ1世はハワーリジュ派の襲撃を撃退し、本拠地シリアのダマスカスを首都に定めてウマイヤ朝を開いた。第4代正統カリフのアリー・イブン・アビー・ターリブは、1月26日にクーファの大モスクで襲われて1月28日に死去し、此れがシーア派とスンナ派の分裂の切っ掛けとなった。

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年月日 出来事
661 ムアーウィヤ1世が、ハワーリジュ派の襲撃を撃退し、本拠地シリアのダマスカスを首都に定め、ウマイヤ朝を開く。
661 1 26 第4代正統カリフのアリー・イブン・アビー・ターリブが、クーファの大モスクにて、祈祷中に、イスラム教ハワーリジュ派のアブド・アルラフマーン・イブン・ムルジャムに毒を塗った刃で襲われる。
661 1 28 アリー・イブン・アビー・ターリブが死去。これがイスラム教が、アリーとその子孫をムハンマドの正統な後継者とみなすシーア派と、歴代カリフも認めムハンマドの言行を重視したスンナ派に分裂する切っ掛けとなる。