西暦630年は、メッカとエルサレムの二つの聖地が、それぞれの信仰の下に定まった年である。1月、ムハンマド・イブン・アブドゥッラーフがメッカを無血征服してカアバ神殿の360体の偶像を破壊し、1月31日にはフナインで勝利した。3月23日には、ヘラクレイオスが聖十字架と聖遺物をエルサレムの元の位置に戻した。

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≈は「頃」を意味しています。

年月日 出来事
630 1 ムハンマド・イブン・アブドゥッラーフが、アブー・スフヤーンと折衝しメッカを無血征服する。又、カアバ神殿にあった360体の偶像を破壊する。アブー・スフヤーンがイスラム教に改宗する。又、クライシュ族との和解に出費が必要となった為、租税制度である「ザカート」の徴収を始める。
630 1 31 メッカへ出撃したムハンマド・イブン・アブドゥッラーフ率いる10,000名の軍勢と、アブー・スフヤーン率いるクライシュ族2,000名の軍勢がフナイン(現在のサウジアラビアのマッカ州)に到着する。先行してフナインに入っていたマリク・ビン・アウフは4,000名の部下に対しハワジン族・タキフ族・ベドウィン族・サキーフ族を見つけた際は石を投げつけてから単体で攻撃する事を命じた。ムスリムが野営を始めるとハワジン族・タキフ族・ベドウィン族・サキーフ族が矢を放ち先制攻撃を行った。ムスリムは混乱し撤退したが、アリー・イブン・アビー・ターリブ、ウサマ・イブン・ザイド、ファドル・イブン・アッバス等数名が後方で戦った。又、アブドゥッラーフと共にマディーナに移住したムハージルーンである以下の者がアブドゥッラーフを擁護した。
①アブー・バクル
②ウマル・イブン・ハッターブ
③ターリブ(アブドゥッラーフの従兄弟)
④アブドゥッラー・イブン・マスード
⑤アッバース・イブン・アブドゥルムッタリブ(アブドゥッラーフの叔父)
⑥アブ・スフヤーン・イブン・アル・ハリス(アブドゥッラーフの従兄弟)
⑦アッバス(アブドゥッラーフの従兄弟)
⑧ザイド(アブドゥッラーフの養子)
⑨アイマン・イブン・ウベイド(ザイドの異母兄弟)
そしてウベイドが戦死し、アブドゥッラーフは「さあ、人々よ。私はアッラーの使徒です。私はアブドゥッラーフの子ムハンマドです」「嗚呼、アッラー、あなたの助けを送ってください」と言った。ムスリムが戦場に戻りアブドゥッラーフは「貴方の顔が恥ずべき事でありますように」と言いながら砂を敵に投げつけ混乱させた。サキーフ族だけで約70名が殺害され、ムスリムは乗馬用の駱駝・武器・牛を奪い戦いに勝利した。
630 3 ヘラクレイオスが取り返した聖十字架をエルサレムへ返す為、コンスタンティノープルを出発する。
630 3 23 ヘラクレイオスがエルサレムにて聖十字架と聖遺物を元の位置に戻す。
630 4 7 エルサレムにて聖十字架の返還を記念した祝祷が聖ラザルス教会で催される。