西暦330年5月11日、コンスタンティノープルが東ローマ帝国の首都として宣言された。現在のトルコのイスタンブールに当たる。ヨーロッパとアジアを隔てるボスポラス海峡に臨み、黒海と地中海を結ぶ航路を扼する位置に有って、三方を水に囲まれた地形は防御にも適していた。帝国の重心が旧来の都から東方へ移った事は、経済と人口の中心が既に東地中海に有ったという実情を反映している。此の都は以後千年に渡って存続し、当サイトの年表では、西暦395年の東西分裂の後も東側の中心であり続け、西暦602年には軍の反乱によって皇帝マウリキウスが処刑され、西暦628年にはヘラクレイオスがササン朝ペルシアとの戦いに決着を付けて帰還し、西暦636年のヤルムーク川での敗北の後には真の十字架の聖遺物を携えて此の都へ退く事となる。一つの都市の選定が、其の後の千年の歴史の舞台を定めた事になる。

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330 5 11 コンスタンティノープル(現在のトルコのイスタンブール)が東ローマ帝国の首都として宣言される。
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