西暦324年、コンスタンティヌス1世が自らをキリスト教徒であると宣言した。ローマ皇帝が公に一つの信仰へ帰属を表明した事は、迫害の対象であった宗教が権力の中枢に迎え入れられた事を意味する。同じ年、コンスタンティヌス1世はエルサレムに壁を建設し、聖体安置所を教会に委任した上で、キリスト教徒の巡礼の為にエルサレムを開放した。防御を固め、管理を教会組織へ移し、信徒が訪れられる場として整えるという三つの措置が同時に取られた事になる。此処からエルサレムは、信仰の記憶を留める土地から、人が実際に足を運ぶ聖地へと性格を変えていく。当サイトの年表では、此の後エルサレムを巡る記録が繰り返し現れ、西暦614年にはササン朝ペルシアが占領して聖十字架を持ち去り、西暦630年に返還され、西暦637年にはウマル・イブン・ハッターブとの協定によってイスラム勢力の手に移る事となる。皇帝の信仰表明は翌西暦325年の第1ニカイア公会議の主催へと続いていく。

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年月日 出来事
324 コンスタンティヌス1世が自らをキリスト教徒であると宣言。
324 コンスタンティヌス1世が、エルサレムに壁を建設し、聖体安置所を教会に委任し、キリスト教徒の巡礼の為にエルサレムを開放した。
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