西暦1976年は、ロッキード事件が全面展開し、田中角栄が逮捕された年である。2月5日、朝日新聞朝刊2面に「ロッキード社 丸紅・児玉氏へ資金」という見出しで第1報が伝えられた。同日、中曽根康弘はアメリカ国務省日本部長ウィリアム・シャーマンと会談し「国内問題として調査するのは良い事かもしれませんが、他国を巻き込むのは別問題であり、慎重に検討されるべきです」と釘を刺し、此の発言はアメリカ国務省に伝えられている。2月6日にはアーチボルド・コーチャンが、チャーチ委員会(アメリカ上院の外交委員会多国籍企業小委員会)の公聴会で、児玉誉士夫を秘密代理人として雇い、伊藤宏に支払った金が政府高官に渡ったと証言した。2月9日には第9代防衛事務次官久保卓也が記者会見で、西暦1972年10月9日のPX-Lの国産化の白紙撤回に就いて、国防会議議員懇談会の直前に田中角栄の部屋に官房副長官後藤田正晴と大蔵省主計局長相澤英之が入って4者で協議した結果であり防衛庁は知らされていなかったと発言したが、後藤田・相澤は反論し、第33代防衛庁長官坂田道太は久保を戒告処分とした。久保は其の後の記者会見で、4者会談に立ち会ったかの様な発言の部分を記憶違いとして訂正している。2月16日午前中には、東京女子医科大学病院脳神経外科教授喜多村孝一が「児玉誉士夫は国会医師団が来ると興奮して脳卒中を起こすかもしれないから注射する」という理由で抗癲癇薬フェノバールと抗不安薬セルシンを持ち出そうとし、助教授天野恵市が眠り込んで往診出来なくなると反対したが、喜多村は押し切って往診を行なった。2人は其の日中に国会医師団が来る事を午前中の段階で知っており、又中曽根康弘が裏で手を回し、太刀川恒夫を通じて糸を引いていた。国会医師団の診察の結果、児玉は喜多村が国会に提出していた診断書の通り重度の意識障害下にあり、国会での証人喚問は不可能と判断された。同日、衆議院予算委員会では小佐野賢治・若狭得治・全日空副社長渡辺尚次が証人として出頭し、小佐野は議員の追及に対し「記憶がございません」の一点張りで逃れている。2月18日には三木武夫の意思により、外務省が高官名を含む凡ゆる資料の提供をアメリカ政府に改めて要請する様、第35代在アメリカ日本大使東郷文彦に訓令した。然し同日夜、中曽根康弘は在日本アメリカ大使館の関係者と接触し「もし高官名リストが公表されたら日本の政治は大混乱に陥る」として揉み消しを依頼し、中曽根の旧知の仲であるヘンリー・キッシンジャーは第71代アメリカ司法長官エドワード・レヴィに高官名を公表しない様要請した。最終的にアメリカ側が検察に提供したのは、田中角栄・橋本登美三郎・佐藤孝行の3名の逮捕に繋がる資料だけであった。2月20日には第21代駐日アメリカ大使ジェイムズ・ホジソンが、裏金を受け取った政府高官の名が表に出ると自民党が選挙で完敗し日米安全保障の枠組みが壊される恐れが有るとの理由から中曽根が揉み消しを所望している旨を、アメリカ国務省に電報で伝えている。2月24日9時には、東京地検・東京国税局・警視庁が合同で400名を動員し、児玉の自宅(東京都世田谷区等々力)や丸紅本社(東京都千代田区)を始めとする28ヶ所の一斉家宅捜索を行った。3月4日には中曽根が第58代衆議院議長前尾繁三郎に対し、無闇に政治家の名前を出さない様釘を刺している。3月5日に児玉誉士夫が検察の臨床尋問を受け、3月13日には約8億5,374万円の所得税脱税等で起訴された。決め手となったのは福田太郎の供述である。福田は2月8日に血便の為東京女子医科大学病院に入院した後、病床で新聞記者の取材に次々応じ、児玉をロッキード社に紹介したのは自分だと答えており、2月26日から連日東京地検の聴取を受け、3月9日には「児玉誉士夫名義の領収書は全て本物だ。17億円は児玉に渡った。私が其の授受に立ち会った」と証言していた。3月23日9時50分には、俳優前野霜一郎が児玉誉士夫の自宅にパイパー社製PA-28-140チェロキーで特攻する。寝室に突っ込む予定であったが手前の立木に引っ掛かり、南側のバルコニー付近に激突して出火し、前野は即死、家政婦1名が火傷を負い、児玉は2階から太刀川恒夫に背負われて1階の仏間に避難した。前野は、特攻隊の映画を作りたいという名目で日活撮影所から借り受けた旧日本軍の特攻服を身に纏い、撮影機と共に2機で調布飛行場を離陸し、無線で編隊を離れる旨を告げた後、「天皇陛下万歳」と発して特攻していた。4月10日には東京地検が、アメリカ司法省から田中角栄に纏わるロッキード社の資料を入手する。此の資料はワシントンD.C.連邦地裁・SEC(アメリカ証券取引委員会)・アメリカ司法省の順に渡っていたが、其の過程で軍用機の対日輸出関係に関わる記述は除外され、チャーチ委員会も政府高官名の入った文章を削除し、ヘンリー・キッシンジャーは田中の名前の入った文書がSECに渡る様に工作をしていた。資料にはロッキード社から丸紅を経て田中へ至る金銭の流れと、アーチボルド・コーチャンのL-1011 トライスター売り込みに関する日記が有り、田中・中曽根康弘・二階堂進・榎本敏夫・檜山廣・大久保利春・伊藤宏・若狭得治・渡辺尚次・児玉誉士夫・小佐野賢治が名を連ね、別のメモでは二階堂・若狭・橋本登美三郎・佐々木秀世・福永一臣・佐藤孝行・加藤六月が金銭を受け取った事が記されていた。5月10日には児玉が外為法違反で追起訴されている。7月2日に太刀川恒夫が東京地検に逮捕され、7月27日には東京地検が田中角栄と榎本敏夫を外為法違反で逮捕した。7月31日13時からは、田中の運転手兼私設秘書笠原正則が参考人として事情聴取を受け、取り調べ後の帰路の公衆電話ボックスから田中の秘書早坂茂三に、盗聴や尾行を告げられている旨を打ち明けている。8月1日、笠原は丸紅から田中角栄への5億円の4回に渡る受け渡しの様子を記した供述書を書き、署名捺印した。此の供述書は後に田中の有罪確定に重要な役割を果たす事となる。取り調べ終了後、笠原は高崎市の本家筋で中曽根康弘の地区後援会長の笠原市五郎に長電話をし、田中角栄事務所に立ち寄って2〜3分で辞したが、一向に帰宅しなかった。22時頃、笠原は埼玉県比企郡都幾川村(現在の埼玉県比企郡ときがわ町)にて、グリーンのカローラ ハードトップの後部座席で、排気ガスを吸っての一酸化炭素中毒で急死する。ビニールホースが助手席の窓から30cm程内側に垂れ下がっており、助手席はロックされていたが運転席はロックされていなかった。笠原は死の直前、田中の公設秘書の朝賀昭に電話を掛け「公衆電話ボックスから掛けているんだけど、ずっと車を付けられている。今も何処かから見られているんだよ」と語っていた。8月2日3時に妹の武井昭子が小川警察署(埼玉県比企郡)に駆け付けると、笠原の遺体は裏庭の自転車置き場に荷物の様に置かれ、裸体にされて肌はピンク色で紫色の斑点が沢山有り、左足の向こう脛には血痕がこびり付き、踝から10数cm上に掛けて引っ掻いた様な跡が有った。8月16日、東京地検は田中角栄を受託収賄・外為法違反で、榎本敏夫を外為法違反で東京地裁に起訴する。8月17日に田中は2億円の保釈金を支払って東京拘置所を出て、神楽坂の別宅で家族に「お前達は心配しなくて良い」と語り、其の際「アメリカの方からやられて」とも言った。田中は保釈後に笠原の墓参りをしようとしたが、弁護団の顧問弁護士原長栄が検察幹部に相談した所、報道陣が殺到して大混乱になるとして止められている。8月20日には中曽根康弘の側近の佐藤孝行が受託収賄容疑で逮捕された。事件を巡っては不審死が続いた。2月14日深夜、ロッキード事件を追っていた日本経済新聞記者高松康雄が自宅でNHKニュースを視聴中、アーチボルド・コーチャンの顔がアップになった所で頭痛を訴え、顔を押さえて嘔吐し間も無く死亡した。3月14日には東京国税局査察部の査察官平野剛之が脳溢血で急死し、後日妻の平野しづ江が勲六等の叙勲を受けている。福田太郎は5月28日の取り調べを最後に、5月31日頃から黄疸が生じ始め、6月9日に東京女子医科大学病院にて肝硬変で急死した。供述調書は35通に及んでいる。アメリカでは、1月30日にジョージ・H・W・ブッシュが第11代CIA長官に就任した。西暦1974年に池田大作と会談したマヌエル・ノリエガは、ブッシュの代理人として、フィデル・カストロやニカラグア等の中米の反政府勢力を撹乱する作戦に関与し、後に其の見返りとして、コロンビア産コカインのアメリカへの密輸をCIAの航空機を使って行う犯罪行為を認められた。3月15日にはジミー・カーターが、第48回アメリカ大統領選挙予備選挙に於いてシカゴ外交問題評議会で外交政策に就いて演説を行う。此の演説の準備を手伝ったのはズビグネフ・ブレジンスキー・リチャード・クーパー・リチャード・ガードナー・ヘンリー・オーウェン・エドウィン・O・ライシャワー・ウィリアム・アヴェレル・ハリマン・アンソニー・レイク・ロバート・ボウイ・エイブラム・チェイズ・ジョージ・ボール・サイラス・ヴァンスというCFR会員であり、大半は三極委員会委員でもあった。7月12日から4日間、マディソン・スクエア・ガーデンにてアメリカ民主党全国大会が開かれ、カーターが大統領候補、ウォルター・モンデールが副大統領候補の指名を受けた。カーターが指名を勝ち取ったのは、メディアがカーターのジョージア州知事時代の業績を誇張するキャンペーンを張った結果であり、前任の第69代ジョージア州知事レスター・マドックスは、虚偽で誤解を招く発言や行動に基づくものだとして批判している。カーターは形式上三極委員会から脱会したが、三極委員会・ロックフェラー家・タイム誌・レナード・ウッドコック・ヘンリー・フォード2世の支持を受け、ディーン・ラスク・C・ダグラス・ディロン・ヘンリー・ルース・サイラス・イートンから資金提供を受けた。3月31日には第3代アメリカ国務副長官ロバート・スティーヴン・インガソルが辞任している。9月には、西暦1974年にジュネーヴへ逃亡していたミケーレ・シンドーナがニューヨークで逮捕され、23件の横領罪で起訴された。シンドーナはロベルト・カルヴィに保釈金50万ドルの支払いを依頼したが、カルヴィは無視している。8月にはチャールズ・キーティングがアメリカン・ファイナンシャル・コーポレーションを辞職し、フェニックスに移って、退職金の一部として切り離された不動産会社アメリカン・コンチネンタル・ホームズの経営を始めた。敬虔なカトリック教徒だったキーティングは、此の頃からマザー・テレサ個人や其の事業に数百万ドル、聖ヴィンセンシオ・ア・パウロ会に10万ドル以上、コヴナント・ハウスに100万ドル以上を寄付している。自動車では、4月9日にプジョー社がシトロエン社への出資比率を89.95%に引き上げ、両社が合併して「PSAプジョー・シトロエン社」となった。西暦1974年12月のシトロエン社株38.2%取得から続く動きであり、西暦1810年のプジョーと西暦1902年のシトロエンという二つの家業が一つの会社に纏まった。此の頃、法学部の学生でポルシェ911に乗っていたボド・ブッシュマンが、メルセデス・ベンツ専門のディーラーであった父ヴィリー・ブッシュマンから、販売店の駐車場にポルシェ911を停める事を許されず「停めるならベンツにしろ」と言い渡され、ポルシェ911を売ってメルセデス・ベンツW116型Sクラスに乗り換えた。ボドは次第にメルセデス・ベンツをポルシェ911より速くしたいと考える様になったが、本格的にチューニングする業者が殆ど無かった為、此れを市場機会と捉え、父が顧客の車のチューニングをやらせ始めたのを機に、メルセデス・ベンツのチューニング専業会社を立ち上げるアイデアを得た。其の他、太刀川恒夫が東京スポーツの代表取締役に就任し、テッド・ターナーが衛星を通じてケーブルテレビ向け放送局TBS(ターナー・ブロードキャスティング・システム)社のスーパーステーションを立ち上げ、MLBチーム「アトランタ・ブレーブス」を1,100万ドルで買収している。

以下の暦は全て西暦に変換しています。 中国の旧暦 / ユダヤ暦 / 韓国の旧暦 / 日本の旧暦 / ヒジュラ暦 / フランス革命暦 / ソビエト連邦暦

≈は「頃」を意味しています。

皇室献上品 高級トイレットペーパー 皇室献上品 高級トイレットペーパー
年月日 出来事
1,976 太刀川恒夫が東京スポーツの代表取締役に就任する。
1,976 テッド・ターナーが、衛星を通じてターナーの設立したケーブルテレビ向け放送局TBS(ターナー・ブロードキャスティング・システム)社のスーパーステーションを立ち上げる。
1,976 テッド・ターナーが、MLBチーム「アトランタ・ブレーブス」を11,000,000ドルで買収する。
≈ 1,976 法学部の学生でポルシェ911に乗っていたボド・ブッシュマンが、自身の父でメルセデス・ベンツ専門のディーラーであったヴィリー・ブッシュマンから、メルセデス・ベンツ販売店の駐車場にポルシェ911を停める事を許されず「停めるならベンツにしろ」と言い渡される。ボドは、ポルシェ911を売り、メルセデス・ベンツW116型Sクラスに乗り換えた。ボドは次第に、メルセデス・ベンツをポルシェ911より速くしたいと考える様になった。しかし、メルセデス・ベンツを本格的にチューニングする業者が殆ど無く、此れをボドは市場機会と捉え、ヴィリーがボドに顧客の車のチューニングをやらせ始めたのを機に、メルセデス・ベンツのチューニング専業会社を立ち上げるアイデアを得た。
1,976 1 30 ジョージ・H・W・ブッシュが、第11代CIA長官に就任する。マヌエル・ノリエガは、ブッシュの代理人として、フィデル・カストロやニカラグア等の中米の反政府勢力を撹乱する作戦に関与した。後にノリエガは其の見返りとして、コロンビア産コカインのアメリカへの密輸を、CIAの航空機を使って行う犯罪行為を認められた。
1,976 2 5 朝日新聞朝刊2面に「ロッキード社 丸紅・児玉氏へ資金」という見出しで、ロッキード事件の第1報を伝える。
1,976 2 5 中曽根康弘が、アメリカ国務省日本部長ウィリアム・シャーマンと会談し、ロッキード事件に関し「国内問題として調査するのは良い事かもしれませんが、他国を巻き込むのは別問題であり、慎重に検討されるべきです。アメリカ政府には此の点を認識して欲しい。此の問題は大変慎重に扱って欲しい」と釘を刺した。中曽根の発言はアメリカ国務省に伝えられた。
1,976 2 6 アーチボルド・コーチャンが、チャーチ委員会(アメリカ上院の外交委員会多国籍企業小委員会)の公聴会で、児玉誉士夫を秘密代理人として雇い、伊藤宏に支払った金が政府高官に渡ったと証言する。
1,976 2 8 福田太郎が、血便の為東京女子医科大学病院に入院する。以降福田は病床で、新聞記者の取材に次々応じ「児玉誉士夫をロッキード社に紹介したのは貴方か」との問いに福田は「私だ」と答えた。
1,976 2 9 第9代防衛事務次官久保卓也が記者会見で、西暦1,972年10月9日のPX-Lの国産化の白紙撤回に関し「西暦1,972年10月9日の国防会議議員懇談会の直前に田中角栄の部屋に官房副長官後藤田正晴、大蔵省主計局長相澤英之が入って4者で協議した結果で、防衛庁は知らされていなかった」という主旨の発言をする。此の発言に後藤田・相澤は反論した。第33代防衛庁長官坂田道太は久保を戒告処分とした。其の後の記者会見で、久保は「4者会談に私は立ち会っていない。従って4者会談に立ち会ったかの様な発言の部分は訂正する。記憶違いであった」と謝罪した。
1,976 2 14 深夜、ロッキード事件を追っていた日本経済新聞記者高松康雄が、自宅でNHKニュースを視聴中、アーチボルド・コーチャンの顔がアップになった所で、頭痛を訴え、顔を押さえて嘔吐し、間も無く死亡した。其の後救急車が駆け付けたが手遅れであった。
1,976 2 16 午前中、東京女子医科大学病院脳神経外科教授喜多村孝一が、「児玉誉士夫は国会医師団が来ると興奮して脳卒中を起こすかもしれないから注射する」という理由で抗癲癇薬フェノバールと抗不安薬セルシンを持ち出そうとする。其の際助教授天野恵市が「そんな注射をすると国会医師団が来ても眠り込んで往診出来ない」として反対するが、喜多村は押し切って持ち出し、往診を行なった。2人は其の日中に国会医師団が来る事を午前中の段階で知っていた。又、予算委員会理事会が国会医師団の派遣を巡って紛糾し、正午過ぎに派遣が決まった。16時に平野貞夫が派遣メンバーを決定し、19時に当日中の派遣が決定された。野党は此の日迄の派遣を求めていた。又、中曽根康弘が裏で手を回し、太刀川恒夫を通じて糸を引いていた。其の後、国会医師団が診察し、喜多村が国会に提出していた診断書の通り、重度の意識障害下にあり国会での証人喚問は不可能と判断された。
1,976 2 16 衆議院予算委員会にて、ロッキード事件に因み、以下の人間が証人として出頭し、証人喚問を受ける。
①小佐野賢治
②若狭得治
③全日空副社長渡辺尚次
小佐野は議員の追及に対し「記憶がございません」の一点張りで逃れた。
1,976 2 18 三木武夫の意思により、外務省がロッキード事件に関し、高官名を含む凡ゆる資料の提供をアメリカ政府に改めて要請する様第35代在アメリカ日本大使東郷文彦に訓令する。
1,976 2 18 夜、中曽根康弘が、在日本アメリカ大使館の関係者と接触し「もし高官名リストが公表されたら日本の政治は大混乱に陥る」とし、アメリカ政府によるロッキード事件の揉み消しを依頼する。其の後中曽根の旧知の仲であるヘンリー・キッシンジャーは、第71代アメリカ司法長官エドワード・レヴィに、高官名を公表しない様要請した。最終的にアメリカ側が検察に提供したのは、以下3名の逮捕に繋がる資料だけであった。
①田中角栄
②橋本登美三郎
③佐藤孝行
1,976 2 20 第21代駐日アメリカ大使ジェイムズ・ホジソンが、中曽根康弘がロッキード事件に関し、裏金を受け取った政府高官の名が表に出ると、自民党が選挙で完敗し、日米安全保障の枠組みが壊される恐れが有るとの理由から揉み消しを所望している旨を、アメリカ国務省に電報で伝える。
1,976 2 24 9時、ロッキード社の対日工作資金に於いて、児玉誉士夫の脱税容疑、児玉と丸紅幹部の外為法違反容疑が極めて濃厚になったとして、以下が合同で、400名を動員し、児玉の自宅(東京都世田谷区等々力)や丸紅本社(東京都千代田区)を始めとする28ヶ所の一斉家宅捜索を行う。
①東京地検
②東京国税局
③警視庁
1,976 2 26 福田太郎が、東京地検の検事による取り調べに応じる。以降連日聴取が行われた。
1,976 3 4 中曽根康弘が第58代衆議院議長前尾繁三郎に対し、ロッキード事件で無闇に政治家の名前を出さない様釘を刺す。
1,976 3 5 児玉誉士夫が検察の臨床尋問を受ける。
1,976 3 9 福田太郎の東京地検による3回目の取り調べが行われる。福田は「児玉誉士夫名義の領収書は全て本物だ。1,700,000,000円は児玉に渡った。私が其の授受に立ち会った」という主旨の証言を行う。
1,976 3 13 児玉誉士夫が、約853,740,000円の所得税脱税等で起訴される。福田太郎の供述が決め手となった。
1,976 3 14 東京国税局査察部の査察官平野剛之が脳溢血で急死する。後日剛之の妻平野しづ江が勲六等の叙勲を受けた。
1,976 3 15 ジミー・カーターが、第48回アメリカ大統領選挙予備選挙に於いて、シカゴ外交問題評議会にて外交政策に就いて演説を行う。此の演説の準備を手伝ったのは以下のCFR会員であった。大半は三極委員会委員でもあった。
①ズビグネフ・ブレジンスキー
②イェール大学教授で、同大学の事務長やアメリカ国務省国際金融担当副次官補を務めたリチャード・クーパー
③アメリカ国務次官補(国際機関問題担当)を務めたリチャード・ガードナー
④ブルッキングス研究所外交政策研究部長ヘンリー・オーウェン
⑤ハーバード大学日本研究所所長エドウィン・O・ライシャワー
⑥第11代アメリカ商務長官や第48代ニューヨーク州知事を歴任したウィリアム・アヴェレル・ハリマン
⑦第18代国家安全保障問題担当大統領補佐官を務め、カーネギー国際平和基金で働いていたアンソニー・レイク
⑧ヘンリー・キッシンジャーと共にハーバード大学国際問題研究センターを設立し、国務省顧問を務めたロバート・ボウイ
⑨アメリカ国務省法律顧問を務めた、ハーバード大学フェリックス・フランクファーター法学教授のエイブラム・チェイズ
⑩第3代アメリカ経済担当国務次官・第23代アメリカ国務次官・第7代アメリカ国連大使を歴任したジョージ・ボール
⑪第7代アメリカ陸軍長官・第11代アメリカ国防副長官を歴任したサイラス・ヴァンス
1,976 3 23 9時50分、俳優前野霜一郎が児玉誉士夫の自宅に、パイパー社製PA-28-140チェロキーで特攻する。寝室に突っ込む予定であったが、手前の立木に引っ掛かり、南側のバルコニー付近に激突し、出火した。前野は即死し、家政婦1名が火傷を負った。児玉は2階で寝ていたが、太刀川恒夫に背負われ、火が回る前に1階の仏間に避難した。前野は、今度特攻隊の映画を作りたいので、スチール写真を撮りたい、という名目で特攻隊の映画を日活撮影所から借り受けた旧日本軍の特攻服の衣装を身に纏い、撮影機と共に2機で調布飛行場を離陸していた。搭乗前と操縦写真の2枚を撮影した後、前野は無線でもう1機に「暫く世田谷方面を回ってから帰ります」と告げ、編隊を崩し「天皇陛下万歳」と発した後、特攻した。
1,976 3 31 第3代アメリカ国務副長官ロバート・スティーヴン・インガソルが辞任する。
1,976 4 9 プジョー社が、シトロエン社への出資比率を89.95%に引き上げ、両社が合併し「PSAプジョー・シトロエン社」となる。
1,976 4 10 東京地検が、アメリカ司法省から、田中角栄に纏わるロッキード社の資料を入手する。此の資料はワシントンD.C.連邦地裁→SEC(アメリカ証券取引委員会)→アメリカ司法省の順に渡っていたが、其の過程で、軍用機の対日輸出関係に関わる記述は除外され、チャーチ委員会も、政府高官名の入った文章を削除し、ヘンリー・キッシンジャーは田中の名前の入った文書がSECに渡る様に工作をしていた。資料には、ロッキード社→丸紅→田中への金銭の流れが記され、又、アーチボルド・コーチャンのL-1011 トライスター売り込みに関する日記が有った。其の中に日本側として以下が名を連ねた。
①田中
②中曽根康弘
③二階堂進
④榎本敏夫
⑤檜山廣
⑥大久保利春
⑦伊藤宏
⑧若狭得治
⑨渡辺尚次
⑩児玉誉士夫
⑪小佐野賢治
別のメモでは、以下の人間が金銭を受け取った事が記されていた。
①二階堂
②若狭
③橋本登美三郎
④佐々木秀世
⑤福永一臣
⑥佐藤孝行
⑦加藤六月
1,976 5 10 児玉誉士夫が外為法違反で追起訴される。
1,976 5 28 福田太郎の東京地検による取り調べが行われる。結果的に此れが最後の取り調べとなった。供述調書は35通に及んだ。
≈ 1,976 5 31 福田太郎の体に黄疸が生じ始める。
1,976 6 9 福田太郎が、東京女子医科大学病院にて肝硬変で急死する。
1,976 7 2 太刀川恒夫が、東京地検に逮捕される。
1,976 7 12 此の日から4日間、マディソン・スクエア・ガーデン(アメリカのニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン区)にて、アメリカ民主党全国大会が開かれ、以下の人間が指名を受ける。
①大統領候補:ジミー・カーター
②副大統領候補:ウォルター・モンデール
カーターが指名を勝ち取ったのは、メディアがカーターのジョージア州知事時代の業績を誇張するキャンペーンを張った結果であった。カーターの前任で、第69代アメリカジョージア州知事を務めたレスター・マドックスは「虚偽で誤解を招く、欺瞞的な発言や行動に基づき、私の意見ではカーターはアメリカ国民から1票も受けるに値せず、期待するべきでもない」と述べた。其の後カーターは、形式上三極委員会から脱会したが、以下の支持を受けた。
①三極委員会
②ロックフェラー家
③タイム社アメリカのニュース雑誌の「タイム」誌
④CFR会員でUAW(全米自動車労働組合)会長のレナード・ウッドコック
⑤CFR会員でUAW組合員のヘンリー・フォード2世
又、以下から資金提供を受けた。
①ディーン・ラスク
②第57代アメリカ財務長官を務めたC・ダグラス・ディロン
③タイム社創業者ヘンリー・ルース
④ジョン・ロックフェラーの関連企業の「イースト・オハイオ・ガス会社」で働き、チェサピーク・アンド・オハイオ鉄道取締役会長、ウエストケンタッキー炭鉱会社取締役会長を歴任したサイラス・イートン
1,976 7 27 東京地検が、田中角栄・榎本敏夫を外為法違反で逮捕する。其の後家宅捜索が行われた。
1,976 7 31 13時、田中角栄の運転手兼私設秘書笠原正則が、参考人として、東京地検から事情聴取を受け始める。取り調べは19時40分頃終了し、地検を出た笠原は、田中角栄の事務所に顔を出してから、自身の妹武井昭子の嫁ぎ先で母親が同居している武井邸へと向かった。其の後、田中の秘書早坂茂三から電話が入り、武井邸からの帰路の公衆電話ボックスで早坂と長電話をした。笠原は「取り調べで『田中事務所の誰にも話してはいけない。何日も呼んで徹底的に究明するし、電話も盗聴する。泊めて調べてやる』と言われている。又、人が乗った車が1台停まっていて此方を見ている。尾行されています」と打ち明けた。
1,976 8 チャールズ・キーティングがアメリカン・ファイナンシャル・コーポレーションを辞職する。其の後フェニックスに移り、アメリカン・ファイナンシャル・コーポレーションの住宅建設部門からキーティングの退職金の一部として切り離された、不動産会社アメリカン・コンチネンタル・ホームズの経営を始めた。敬虔なカトリック教徒だったキーティングは、此の頃から以下へ寄付を行なった。
①マザー・テレサ個人やテレサの事業:数百万ドル
テレサがアリゾナ州内のインディアン居留地を訪問する際、キーティングのプライベートジェットを利用した事もあった。
②カトリック教会の国際的な任意団体聖ヴィンセンシオ・ア・パウロ会:100,000ドル以上
③家出・ホームレスの子どもの保護を行う保育施設運営団体コヴナント・ハウス:1,000,000ドル以上
1,976 8 1 10時10分、笠原正則が、参考人として、東京地検から事情聴取を受け始める。昼、笠原は、丸紅から田中角栄への500,000,000円の4回に渡る受け渡しの様子を記した供述書を書き、署名捺印を行った。此の供述書は後に田中の有罪確定に重要な役割を果たす事となった。16時30分に一旦取り調べは終了し、笠原は夕食を摂った。16時30分頃、取り調べが再開され、500,000,000円授受の日時の特定が行われた。19時18分頃、取り調べが終了し、東京地検を出た笠原は、高崎市の本家筋で中曽根康弘の地区後援会長の笠原市五郎に長電話をした。そして「後20〜30分で帰る」と自宅に電話をして、田中角栄事務所へと向かった。そして田中の私設秘書の遠藤昭司と短い遣り取りをして、2〜3分で田中事務所を後にした。しかし、一向に笠原が帰宅しなかった為、笠原の妻が8時25分頃に田中事務所に電話した。遠藤が出て「20〜30分前に帰りましたよ」と返答した。20時30分頃、武井邸にも電話を入れた。同居している笠原の母親は、此方に来ようとしているのではないかと直感し、外に出て笠原を待った。そして21時頃武井邸近くの十字路で赤信号で停車中の笠原の車を目撃した。対向から幌付きのトラックが笠原の車の前に出て来て道を塞いだ。右折すると武井邸であったが、道を塞がれた為笠原は左折した。トラックも笠原の後を追った。22時頃、笠原は、白いワイシャツに赤と黒の縞模様のネクタイを締めた姿で、埼玉県比企郡都幾川村(現在の埼玉県比企郡ときがわ町)にて、グリーンのカローラ ハードトップの後部座席で、排気ガスを吸っての一酸化炭素中毒で急死する。ビニールホースが助手席の窓から30cm程内側に垂れ下がっており、助手席はロックされていたが、運転席はロックされていなかった。助手席には埼玉県の地図が広げられていた。笠原は死の直前、田中角栄の公設秘書の朝賀昭に電話を掛け「公衆電話ボックスから掛けているんだけど、ずっと車を付けられている。今も何処かから見られているんだよ」と語った。朝賀は「笠原さんは何もやっていないんだから大丈夫ですよ。安全運転第一、気を付けて帰って下さいよ」と返した。
1,976 8 2 3時、武井昭子が小川警察署(埼玉県比企郡)に駆け付ける。既に笠原正則の妻・田中角栄の秘書古藤昇司・浦和地検の検事も来ていた。笠原の遺体は、小川警察署の裏庭の自転車置き場に荷物の様に置かれていた。被せ布を捲ると、裸体にされており、肌はピンク色で紫色の斑点が沢山有った。左足の向こう脛には血痕がこびり付いていた。踝から10数cm上に掛けて、引っ掻いた様な跡があった。
1,976 8 16 東京地検が、田中角栄を受託収賄・外為法違反で、榎本敏夫を外為法違反で東京地裁に起訴する。
1,976 8 17 田中角栄が、200,000,000円の保釈金を支払い、東京拘置所を出る。其の後神楽坂の自身の別宅へ行き、家族に「お前達は心配しなくて良い」と語った。其の際、「アメリカの方からやられて」とも言った。田中は保釈後、笠原正則の墓参りをしようとしたが、田中角栄弁護団の顧問弁護士原長栄が検察幹部の1人に相談した所、言下に「止めた方が良い。報道陣が殺到して大混乱になるのが落ちだ」と回答した。
1,976 8 20 中曽根康弘の側近の佐藤孝行が、受託収賄容疑で逮捕される。
1,976 9 ミケーレ・シンドーナがニューヨークで逮捕され、23件の横領罪で起訴される。シンドーナはロベルト・カルヴィに対し保釈金500,000ドルを支払う様依頼したがカルヴィは無視した。
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