西暦1975年は、後年のロッキード事件全面展開(西暦1,976年)へ向けた前奏が形成された年である。8月25日にチャーチ委員会(アメリカ上院外交委員会多国籍企業小委員会)の直前、委員長フランク・チャーチの事務所にロッキード社の秘密資料・売り込み工作費の入った領収書が投げ込まれ、10月にはSEC(アメリカ証券取引委員会)が旅客機の国際的な販売工作に関する資料提出に応じないロッキード社をワシントンD.C.連邦地裁に訴え、ロッキード社は賄賂関係文書の提出を免れる為にヘンリー・キッシンジャーに依頼してアメリカ司法省に意見書を書いて貰い、キッシンジャーは田中角栄の名前の入った文書がSECに渡る様に工作した。其の意見書はアメリカ司法省を経由してワシントンD.C.連邦地裁に提出され、12月にワシントンD.C.連邦地裁はキッシンジャーが工作した意見書を受け入れて最終決定を出した(後年のロッキード事件展開で田中角栄逮捕に繋がる文書到達経路の形成)。グローバルガバナンスの局面では、5月30日からの翌日にかけて三極委員会会議が京都にて開催され、提出された三極委員会作業部会報告書「世界貿易と金融の再構築の為の概要」には「平和の維持・世界経済の管理・経済発展の促進に於いて緊密な三極協力を行う。世界の貧困を緩和する事で、世界システムが円滑且つ平和的に進化する可能性が高まる」とされ、別の文書では国家自治の拡大の為の代償と相互依存促進が論じられた。1月13日にはワシントンD.C.アメリカ国務省7階の国務長官執務室にてヘンリー・キッシンジャーと池田大作の初会談が行われた(創価学会と寡頭制中枢の結節点の起点)。寡頭制中枢への布陣では、2月27日に第60代アメリカ財務長官等を歴任したジョージ・シュルツが、3月6日に後の第40代アメリカ大統領ロナルド・レーガンがボヘミアンクラブに入会した。日本のジャーナリズム界では、田中角栄を追っていたジャーナリスト児玉隆也が3月26日に国立がん研究センターを退院した後、突然睡眠・食事が出来なくなり再入院し、5月22日に心タンポナーデで突然死した(雑誌「文藝春秋」の田中角栄追及記事の重要書き手の不審死)。同時に、児玉誉士夫は7月に博報堂の持株会社であった「伸和」に塚本素山ビル(東京都中央区銀座)の等々力産業株式会社代表取締役太刀川恒夫を送り込み、前博報堂取締役広田隆一郎を社長・前博報堂取締役で警視庁刑事部主幹/科学検査所文書鑑定科長を歴任した町田欣一を重役・元NHK政治部記者山本弁介を重役・太刀川を重役として配し、伸和は7月に「博報堂コンサルタンツ」へ社名変更した。バチカン銀行スキャンダル系では、ロベルト・カルヴィがポール・マルチンクスの庇護の下、ミケーレ・シンドーナの担っていたIORを経由したマフィア絡みのマネーロンダリングと不正融資の役割を引き継いだ(後年のアンブロシアーノ銀行破綻・アンブロゾーリ暗殺の枢要)。アメリカ金融セクターでは、カール・リンドナー・ジュニアがザ・シンシナティ・エンクワイヤラー社を、フェニックス(アリゾナ州)に本拠を置くコンバインド・コミュニケーションズ社に30,000,000ドル・普通株500,000株・普通株新株予約権750,000株と引き換えに売却し、本年から翌年に掛けてアメリカン・ファイナンシャル・コーポレーションのチャールズ・キーティングとリンドナーが無担保融資・新株予約権・エンクワイヤラー売却に関し株主訴訟を起こされ、SECが大規模調査を行い投資家を欺き虚偽の報告書を提出したとしてキーティングが起訴された。9.11への遠い系譜では、中古航空機購入を検討していたウサーマ・ビン・ラーディンの長兄サレム・ビン・ラーディンが、ヒューストンの航空機ブローカージェームズ・バースと出会った(後年西暦1,977年のアルブスト・エナジー社共同出資の起点)。文化分野では、7月にファッションデザイナーのジョルジオ・アルマーニと建築デザイナーのセルジオ・ガレオッティがお互い設立資金を拠出してジョルジオ・アルマーニ株式会社を設立(アルマーニは所有していたフォルクスワーゲン・ビートルを売却して資金を捻出)、又ブルガリブランド初の時計「ブルガリ・ブルガリ」がVIPへの贈答用として誕生した。11月2日にはイタリア映画監督ピエル・パオロ・パゾリーニがローマ第10区のオスティアで暗殺された。又、ノーマン・ボーローグ等が推し進めた緑の革命農法(大量の化学肥料・水路網・改変された単一作物栽培)の弊害が、作物大量流通による価格暴落・窒素肥料過剰による土壌酸性化と急速な収量低下・単一作物害虫大量発生と殺虫剤使用拡大による農民収入激減・多量の水使用による水不足等の形で顕在化し始めた。其の他、12月にはアメリカ国内の民主党員でジミー・カーターを支持していたのはギャラップ社の世論調査で僅か4%であった事(後年彼が大統領となる前段階の支持率底値)、12月10日には第75回ノーベル晩餐会で作家フォルケ・ヘンシェンが西暦1,901年12月10日の第1回ノーベル賞授賞式における学生係としての裏話(フランス政府の高額課税意図とノーベル家族との協議)をラジオで語った事が記録されている。

以下の暦は全て西暦に変換しています。 日本の旧暦 / 中国の旧暦 / ユダヤ暦 / ヒジュラ暦 / ソビエト連邦暦 / フランス革命暦

≈は「頃」を意味しています。

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年月日 出来事
1,975 VIPへの贈答用としてブランド初の時計である「ブルガリ・ブルガリ」が誕生する。
1,975 カール・リンドナー・ジュニアが、ザ・シンシナティ・エンクワイヤラー社をフェニックス(アメリカのアリゾナ州)に本拠を置くコンバインド・コミュニケーションズ社に以下と引き換えに売却する。
①30,000,000ドル
②普通株500,000株
③普通株新株予約権750,000株
1,975 本年から翌年に掛けて、アメリカン・ファイナンシャル・コーポレーションのチャールズ・キーティングが、カール・リンドナー・ジュニアと共に以下の点に於いて株主訴訟を起こされる。
①無担保融資
②新株予約権
③ザ・シンシナティ・エンクワイヤラー社の売却
証券取引委員会はアメリカン・ファイナンシャル・コーポレーションに対する大規模な調査を行なった。結果、投資家を欺き、証券取引委員会に虚偽の報告書を提出したとしてキーティングやリンドナー・ジュニア等を起訴した。特に問題とされたのは、優遇的に行われた14,000,000ドルの融資であった。
1,975 中古の航空機購入を検討していたウサーマ・ビン・ラーディンの長兄サレム・ビン・ラーディンが、ヒューストンの航空機ブローカーとなっていたジェームズ・バースと出会う。
1,975 此の頃から、ノーマン・ボーローグ等が推し進めた、大量の化学肥料を農地に入れ、水路を張り巡らせ多量に水を供給し、改変された種を使って単一の種の作物を栽培し、収量を上げる農法に関し、以下の弊害が顕在化し始める。
①作物が大量に市場で出回る事による価格暴落
②窒素肥料を使いすぎて土壌が酸性化して急速に収量が低下
③単一作物を栽培したため害虫が大量発生して、其の駆除に大量の殺虫剤が使われ、農民の収入が激減
④多量の水を必要とする為、農民同士での水の争奪の発生
⑤多量の水を撒く事により、地下に蓄積された塩分が地表に出て来る事による塩害が発生し、作物が育たなくなる
⑥多量の農薬が水源を汚し、農民の健康を害し、魚も獲れなくなった
⑦大量の高価な種・大量の農薬・高価な機械等の資本集約型の農業となり地元農家を市場からパージし、支配者との対立が生まれた
⑧土壌の集約化による連作障害や帯水層の枯渇
1,975 ロベルト・カルヴィが、ポール・マルチンクスの庇護の下、ミケーレ・シンドーナの担っていた、IORを経由したマフィア絡みのマネーロンダリングと不正融資の役割を引き継ぐ。
1,975 1 13 以下2名が、ワシントンD.C.のアメリカ国務省7階の国務長官執務室にて初会談を行う。
①ヘンリー・キッシンジャー
②池田大作
1,975 2 27 ジョージ・シュルツがボヘミアンクラブに入会する。
1,975 3 6 ロナルド・レーガンがボヘミアンクラブに入会する。
1,975 3 26 児玉隆也が、国立がん研究センターを退院する。
1,975 5 22 児玉隆也が、国立がん研究センターにて死去する。死因は心タンポナーデであった。西暦1,975年3月26日の退院後、突然睡眠・食事が出来なくなり、同院に再入院していた。
1,975 5 30 この日から翌日にかけて、三極委員会会議が京都にて開催される。提出された三極委員会作業部会報告書「世界貿易と金融の再構築の為の概要」には「平和の維持・世界経済の管理・経済発展の促進に於いて緊密な三極協力を行う。世界の貧困を緩和する事で、世界システムが円滑且つ平和的に進化する可能性が高まる」とされ、別の文書では「最も重要な目標は、国家自治の拡大の為に代償を払おうとする人々から絶えず現れる外的および内的脅威から各国に提供する利益を守る事で、相互依存によって世界を安全にする事である。その為には、時には相互依存ペースを緩める事が必要になるかも知れない。 しかし、相互依存が進行する中で、その一部の側面をチェックする事がより頻繁に求められるだろう。経済財と非経済財の両方の国際交換への国家政府の侵入をチェックする必要があるだろう」と述べられた。
1,975 7 児玉誉士夫が、博報堂の持株会社であった「伸和」に、塚本素山ビル(東京都中央区銀座)に所在する等々力産業株式会社の代表取締役であった太刀川恒夫を送り込む。役員には以下が名を連ねた。
①前博報堂取締役広田隆一郎(社長)
②警視庁で刑事部主幹や科学検査所文書鑑定科長を歴任し、前博報堂取締役の町田欣一(重役)
③元NHK政治部記者山本弁介(重役)
④太刀川(重役)
又、以下の人間が博報堂に天下った。
①第12代国税庁長官近藤道生(第5代社長)
②警察大学校教頭や新潟県警本部長を歴任した松本良佑(副社長)
③内閣審議官室審議官兼総理府広報室参事官の佐藤彰博(公共本部長)
④総理府広報室参事官千島克弥(顧問)
⑤内閣官房副長官秘書池田喜四郎(公共本部次長)
⑥警視総監秘書毛利光雄(社長秘書)
⑦町田欣一(特別本部CR担当)
1,975 7 伸和が「博報堂コンサルタンツ」に社名変更する。
1,975 7 ファッションデザイナーのジョルジオ・アルマーニが、建築デザイナーのセルジオ・ガレオッティと出会い、お互い設立資金を拠出し「ジョルジオ・アルマーニ株式会社」を設立する。アルマーニは所有していたフォルクスワーゲン・ビートルを売却して資金を捻出した。
1,975 8 25 チャーチ委員会の直前に、チャーチ委員会委員長フランク・チャーチの事務所に、ロッキード社の秘密資料・売り込み工作費の入った領収書が放り込まれる。
1,975 10 SEC(アメリカ証券取引委員会)が、旅客機の国際的な販売工作に関する資料の提出に応じないロッキード社をワシントンD.C.連邦地裁に訴える。ロッキード社は、賄賂関係文書の提出を免れる為に、ヘンリー・キッシンジャーに依頼し、アメリカ司法省に意見書を書いて貰う事となった。キッシンジャーは、田中角栄の名前の入った文書がSECに渡る様に工作をした。其の意見書は、アメリカ司法省を経由してワシントンD.C.連邦地裁に提出された。
1,975 11 2 イタリアの映画監督ピエル・パオロ・パゾリーニがローマの第10区のオスティアで暗殺される。
1,975 12 ワシントンD.C.連邦地裁が、ヘンリー・キッシンジャーが工作した意見書を受け入れ、最終決定を出す。
1,975 12 此の時点で、アメリカ国内の民主党員でジミー・カーターを支持していたのは、ギャラップ社の世論調査で4%であった。
1,975 12 10 第75回ノーベル晩餐会が開催される。其の会の最中、作家フォルケ・ヘンシェンが、西暦1,901年12月10日の第1回ノーベル賞授賞式に於いて、学生係として、アルフレッド・ノーベルの財産に高額な税を課そうとしたフランス政府や、ノーベルの家族との協議の結果、授賞式に漕ぎ着けた事をラジオのリスナーに語る。
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