西暦1953年は、CIAのMKウルトラ計画が正式に立ち上がった年であり、又冷戦下の原子力外交・朝鮮戦争終結・日本のテレビ放送開始・力道山のプロレス事業始動が同時に進んだ極めて重要な年である。CIA精神工学プログラムの決定的起点として、2月26日にアレン・ウェルシュ・ダレスが第5代CIA長官に就任し、3月にシドニー・ゴッドリーブは自白剤の研究に用いていた薬物が寧ろ尋問を妨げる事に気付きアーティチョーク計画に替わる新しい計画に関する書簡をダレスに送り、4月10日にダレスがプリンストン大学(アメリカのニュージャージー州)にて洗脳プログラムに関する講演を行い此のプログラムは自らが進めているものではなくソ連によるものであるという虚偽の発言を行った。そして4月13日にダレスの命を受けゴッドリーブ主導で「MKウルトラ計画」が立ち上がり、ゴッドリーブは研究者・科学者・元OSSのメンバーを人選し実験と結果報告を行わせ、ケンタッキー州レキシントンの公衆衛生局病院にあるNIMH(国立精神衛生研究所)中毒研究センターの研究責任者ハリス・イズベルがCIAから資金提供を受けLSDと大麻の主要成分の研究を行い、6月9日にゴッドリーブがLSDに関するMKウルトラ計画の「サブプロジェクト8」を承認した(後年西暦1,954年のハリス・イズベル7名黒人受刑者LSD耐性実験・西暦1,955年のMKウルトラ計画政府資金枯渇・西暦1,957年のキャメロンのアラン・メモリアル研究所での推進継続・西暦1,964年のMKウルトラ計画終了とMKサーチ改称への系譜の決定的起点)。11月19日にはゴッドリーブの指示でキャンプ・デトリックの特別作戦部(SO部門)の細菌生物兵器の専門家でCIA幹部のフランク・オルソンを静養所に呼び出しLSDを投与し(オルソンがCIA退職意思を示した際にキャンプ・デトリック極秘情報暴露を恐れた口封じ)、11月28日にフランク・オルソンがニューヨーク市内のホテルから転落し死去した(此の頃ゴッドリーブはCIA指揮下でアメリカ軍下請けのロッキード社がキャンプ・デトリックで開発する高高度偵察機U-2に関するアクアトーン計画にも関与)。冷戦下原子力外交の決定的局面として、12月8日に第34代アメリカ大統領ドワイト・D・アイゼンハワーが原子力の平和利用について第8回国連総会で演説を行い(Atoms for Peace・西暦1,953年12月4〜8日のウィンストン・チャーチル等とのバミューダ会談の矢先)、後年の各国原子力推進の国際的潮流を形成した(後年西暦1,954年中曽根康弘戦後初原子力予算・西暦1,955年原子力基本法・西暦1,955年原子力平和利用博覧会・西暦1,956年原子力委員会設置への系譜の決定的起点)。冷戦終結の節目として、7月27日に北緯38度線上の板門店で朝鮮戦争休戦協定が締結された。日本のメディア史の決定的瞬間として、8月28日11時20分に日本テレビ放送網が本放送を開始した。其の前段として、3月に元NHKニュース解説者柴田秀利が日本テレビが緊急に必要とする資金を日本輸出入銀行から引き出す事を目的に渡米し元OSS長官で弁護士のビル・ダナヴァンにマイクロ回線網建設の為の10,000,000ドルの借款を要請、4月15日に柴田秀利がアメリカ対日協議会のウィリアム・リチャーズ・キャッスルから書簡でウォルター・ロバートソンを紹介され、柴田はキャッスルに「正力松太郎は日本でやるテレビ放送は反共プロパガンダの牽引車にするつもりです」と語りキャッスルを感激させた。然し9月に正力松太郎の東京からの番組をローカル局に送る際のマイクロ回線を放送局で自営するマイクロ中継網に対し新聞社69社が反対声明を出し電電公社も反対、11月6日に衆院議員原茂が衆議院電気通信委員会でアメリカ軍事通信網転用の危険・公共事業体が為すべき・正力のメディア支配野望を理由に反対発言、12月7日に正力松太郎の証人喚問が行われ正力は「マイクロ回線網が出来た暁には日本テレビは所有こそするが全て電電公社に貸し出す」と釈明した(西暦1,951年9月4日発表の正力マイクロ波無線中継伝送網計画を巡る論争・後年西暦1,954年12月3日の民間マイクロ回線業務不認可決議による計画頓挫への系譜)。日本プロレス史の決定的起点として、7月1日に力道山が自身のアメリカでのファイトマネーを原資に東京都中央区日本橋浪花町(現日本橋富沢町)に「力道山道場」を設立し、同時に「日本プロレスリング協会」も同地にて発足、第16代福山藩主阿部正桓の弐男で初代横綱審議委員会委員長の酒井忠正(会長)・新田新作(理事長)・初代吉本興業社長林弘高(常務理事)・永田貞雄(常務理事)・衆議院議員大麻唯男(顧問)・第57代文部大臣太田耕造(顧問)等が役員として名を連ね、7月30日16時に力道山道場にて結成式・道場開きが行われ来賓祝辞後に力道山と柔道6段の遠藤幸吉が模範試合を披露した(力道山は2月1日にハワイに戻り試合を行い、3月6日にパンアメリカン航空でハワイから羽田空港に到着しNWA(全米レスリング同盟)のプロモート権とキャデラック/ジャガー/クライスラーの車を持ち帰った/後年西暦1,954年町井久之との知己・西暦1,955年キャバレー「純情」への系譜の起点)。米寡頭制シンクタンクの形成として、7月3日に中曽根康弘がハーバード国際セミナー参加の為同年11月迄の日程で渡米し(スポンサーはロックフェラー財団とフォード財団)カリフォルニア大学バークレー校のカリフォルニア大学放射線研究所を見学、7月10日朝にヘンリー・キッシンジャーがFBIに電話を掛けFBIが関心の有る情報を持っている旨を報告、午後にFBI特別捜査官のインタビューに応じハーバード国際セミナーには自国で経済的・政治的に高い地位にある外国人が参加しており斯うした人物を通じてアメリカの政策を彼等の母国に於いて好意的に印象付けたいと考えていると語った(後年西暦1,957年のキッシンジャーのネルソン・ロックフェラー顧問就任・西暦1,965年のクラウス・シュワブの同セミナー参加への系譜の起点)。日本産業の節目として、7月15日に富士工業・富士自動車工業・大宮富士工業・宇都宮車輛・東京富士産業5社の共同出資により「富士重工業株式会社」が設立された。米寡頭制人脈の局面では、3月4日にハーバート・フーヴァーがボヘミアンクラブのオールド・ガードに就任し其の祝賀会では会場にニューヨーク市のウォルドーフ・アストリア・ホテルに空輸されたボヘミアングローブのセコイアの枝が装飾に使用され、3月19日にはフーヴァーのボヘミアンクラブ入会40周年を祝う式典がアメリカ副大統領リチャード・ニクソンの主催でウォルドルフ・アストリアのボヘミアングローブのセコイアの樹皮と枝が積み上げられた部屋にて催された。バチカン暗部の人物の形成として、ポール・マルチンクスがグレゴリアン大学の学位を取得し以降カトリック聖職者や教皇庁スタッフの育成機関である「教皇庁聖職者アカデミー」にて将来の外交官の為の2年間のプログラムを学び始めた(後年西暦1,955年のボリビア赴任・西暦1,971年のIOR総裁就任への系譜の起点)。又、クリーブランド・クラムがCIAのロンドン副支局長として派遣され公式にCIA・MI5・MI6間の連絡係となり、福田太郎が福田渉外事務所を「ジャパンPR(ジャパン・パブリック・リレイション)社」として改組した。

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≈は「頃」を意味しています。

皇室献上品 高級トイレットペーパー 皇室献上品 高級トイレットペーパー
年月日 出来事
1,953 ポール・マルチンクスが、グレゴリアン大学の学位を取得する。以降マルチンクスは、カトリック聖職者や教皇庁スタッフの育成機関である「教皇庁聖職者アカデミー」にて、将来の外交官の為の2年間のプログラムを学び始めた。
1,953 福田太郎が、福田渉外事務所を「ジャパンPR(ジャパン・パブリック・リレイション)社」として改組する。
1,953 クリーブランド・クラムが、CIAのロンドン副支局長として派遣される。クラムは公式にCIA・MI5・MI6間の連絡係となった。
1,953 1 15 正力松太郎が、ヘンリー・ホールシューセンに対し「吉田茂が、アメリカが借款を出せばマイクロ回線網建設を電電公社に説得すると確約した」という主旨の書簡を送る。
1,953 1 22 正力松太郎が、ヘンリー・ホールシューセンに対し「私が西暦1,953年1月15日に吉田茂にマイクロ中継網の説明をした所、もし必要なら白洲次郎を特任大使としてアメリカに派遣し力を貸す、と言って貰った」という主旨の書簡を送る。
1,953 2 MSAが、フィリピンでのマイクロ中継網の調査費として180,000ドルを計上する。
1,953 2 1 力道山がハワイに戻る。其の後試合を行った。
1,953 2 26 アレン・ウェルシュ・ダレスが第5代CIA長官に就任する。
1,953 3 シドニー・ゴッドリーブは自白剤の研究に用いていた薬物が寧ろ尋問を妨げる事に気付き、アーティチョーク計画に替わる新しい計画に関する書簡をアレン・ウェルシュ・ダレスに送る。
1,953 3 元NHKニュース解説者柴田秀利が、日本テレビが緊急に必要とする資金を日本輸出入銀行から引き出す事を目的に渡米し、元OSS長官で弁護士のビル・ダナヴァンにマイクロ回線網建設のための10,000,000ドルの借款を要請する。
1,953 3 4 ハーバート・フーヴァーが、ボヘミアンクラブのオールド・ガードに就任する。其の祝賀会のスピーチでフーヴァーは、オールド・ガードの地位と名誉を、自身の後の大統領達の退役軍人顧問として果たした役割と比較した。会場には、ニューヨーク市のウォルドーフ・アストリア・ホテルに空輸されたボヘミアングローブのセコイアの枝が装飾に使用された。
1,953 3 6 力道山が、パンアメリカン航空の機体で、ハワイから羽田空港に到着する。其の際、NWA(全米レスリング同盟)のプロモート権と以下3社の車を持ち帰った。
①キャデラック
②ジャガー
③クライスラー
1,953 3 19 ハーバート・フーヴァーの、ボヘミアンクラブ入会40周年を祝う式典が、アメリカ副大統領であったリチャード・ニクソンの主催で、ウォルドルフ・アストリア(ニューヨーク市マンハッタン区ミッドタウンに所在するホテル)のボヘミアングローブのセコイアの樹皮と枝が積み上げられた部屋にて催される。
1,953 4 10 アレン・ウェルシュ・ダレスがプリンストン大学(アメリカのニュージャージー州)にて洗脳プログラムに関する講演を行う。このプログラムは自らが進めているものではなくソ連によるものであるという虚偽の発言があった。
1,953 4 13 アレン・ウェルシュ・ダレスの命を受け、シドニー・ゴッドリーブ主導で「MKウルトラ計画」が立ち上がる。ゴッドリーブは以下のメンバーを人選し、実験と結果報告を行わせた。
①研究者
②科学者
③元OSS
又、ケンタッキー州レキシントンの公衆衛生局病院にあるNIMH(国立精神衛生研究所)中毒研究センターの研究責任者で、鎮静及び麻薬であるアヘンと睡眠・鎮静薬バルビツールによる薬物依存の研究を行っていたハリス・イズベルがCIAから資金提供を受け、LSDと、大麻の主要成分で精神作用のあるTHC(テトラヒドロカンナビノール)の効果を比較する為、ケンタッキー州レキシントンにある連邦麻薬患者更正病院にいる受刑者にLSDと大麻を与えるという比較実験を行った。又、捕虜となった北朝鮮人に抑鬱剤を投与した後、強力な抗鬱剤を投与し、弱った状態のまま強烈な熱と電気ショックを与える実験も行った。此れ等の実験により、多くの死者・精神異常者が発生した。被害者に投与された薬・錠剤・エアロゾルの大半は、キャンプ・デトリックで作られた物である。
1,953 4 15 柴田秀利が、アメリカ対日協議会のウィリアム・リチャーズ・キャッスルから、書簡でウォルター・ロバートソンを紹介される。柴田はキャッスルと接触した際「正力松太郎は、日本でやるテレビ放送は反共プロパガンダの牽引車にするつもりです。正力は目的達成の為にはテレビがラジオや新聞より遥かに効果的だと信じています。日本テレビは賑やかな街角に大きなテレビ画面を設置するつもりです。広告として利用出来ますし、様々な反共番組を定期的に放送出来るでしょう」と言い、キャッスルを感激させていた。
1,953 4 19 第26回衆院選が行われる。
1,953 6 マーフィー・ダイカー・スミス&バーウェル法律事務所のマーフィー・ダイカー・バーウェルが、アメリカ上院外交委員会海外プログラム小委員会委員長のバーク・ヒッケンルーパーに対し、正力松太郎の通信網建設計画及び日本テレビ放送網延長計画に関し、上院外交委員会委員の支持を貰い、ドル借款による財政支援を依頼する。ヒッケンルーパーはこれに対し怒り、非難した。
1,953 6 9 シドニー・ゴッドリーブがLSDに関するMKウルトラ計画の「サブプロジェクト8」を承認する。
1,953 7 1 力道山が、自身のアメリカでのファイトマネーを原資に、東京都中央区日本橋浪花町(現在の日本橋富沢町)に「力道山道場」を設立する。同時に「日本プロレスリング協会」も同地にて発足し、以下の人間が役員として名を連ねた。
①第16代福山藩主阿部正桓の弐男で初代横綱審議委員会委員長の酒井忠正(会長)
②新田新作(理事長)
③初代吉本興業社長林弘高(常務理事)
④永田貞雄(常務理事)
⑤衆議院議員大麻唯男(顧問)
⑥第57代文部大臣を務めた太田耕造(顧問)
⑦第31代横綱常ノ花(相談役)
⑧永田雅一(相談役)
1,953 7 3 中曽根康弘が、ハーバード国際セミナー参加の為、同年11月迄の日程で渡米する。同セミナーのスポンサーは以下である。
①ロックフェラー財団
②フォード財団
又、カリフォルニア大学バークレー校のカリフォルニア大学放射線研究所を見学した。
1,953 7 10 朝、ヘンリー・キッシンジャーが、FBIに電話を掛け、FBIが関心の有る情報を持っている旨を報告し、エージェントに折り返し電話する様依頼する。午後、FBI特別捜査官がキッシンジャーにインタビューした。此れに応じたキッシンジャーは、ハーバード国際セミナーには、自国で経済的・政治的に高い地位にある外国人が参加しており、斯うした人物を通じて、アメリカの政策を彼等の母国に於いて好意的に印象付けたいと考えている、と語った。続けて、セミナー参加者40名に宛てた書簡40通が自身のオフィスに届いたと報告し、届いた数時間後、其の未受領の書簡の内、セミナーに不参加であった人間宛の1通を開封した。内封筒には「ほんの少しの真実」と題された8ページのフライヤーが入っていた。其のフライヤーは、アメリカの原爆開発を批判し、アメリカの戦争準備に対する国民の恥と苦悩を代表するものであるとして、人生を平和的な努力に捧げると固く決意するしか道は無い、と訴えるものであった。キッシンジャーは、此の様な国際的平和を求める訴えがセミナーの目的を損なう可能性が有ると考え、参加者の身元に関する情報を得られる可能性の有る情報源として以下の4つを挙げた。
①セミナーに関するニュースリリースを受け取った新聞社
②参加者に演説したゲストスピーカー
③第57代マサチューセッツ州知事を務めたロバート・ブラッドフォード
④ハーバード大学の学生新聞ハーバード・クリムゾンの編集者4名
セミナー中にフライヤーの話題が出ても、動揺していない振りをする積もりだと述べた。最後にキッシンジャーは、セミナーの参加者に此の種の文書を提供しようとする試みが再び有った場合、ボストン支局に追加情報を提供すると約束し、自身を、FBIに強い共感を持っている人間である、と結んだ。
1,953 7 15 以下5社の共同出資により「富士重工業株式会社」が設立される。
①富士工業株式会社
②富士自動車工業株式会社
③大宮富士工業株式会社
④宇都宮車輛株式会社
⑤東京富士産業株式会社
1,953 7 27 北緯38度線上の板門店で、朝鮮戦争休戦協定が締結される。
1,953 7 30 16時、力道山道場にて、日本プロレスリング協会の結成式・道場開きが行われる。来賓の祝辞の後、力道山と柔道6段の遠藤幸吉が模範試合を披露した。力道山道場は、当面の間一般人に無料で開放し自由に練習して貰う事になっていた。
1,953 8 28 11:20、日本テレビ放送網が本放送を開始する。
1,953 9 正力松太郎の、東京からの番組をローカル局に送る際のマイクロ回線を放送局で自営するマイクロ中継網に対し、日本テレビ放送網1社で全国放送を行う事に拒否反応を示した新聞社69社が反対声明を出す。さらに、マイクロ回線を専用線として貸し出す方針を示していた電電公社も、正力の構想に反対した。
1,953 11 6 衆院議員原茂が、衆議院電気通信委員会で、以下3点を理由にマイクロ中継網に反対する発言を行う。
①アメリカの借款によるこのマイクロ中継網はアメリカ軍の軍事通信網として使用に供されるので、日本全土が戦争に巻き込まれる可能性がある。
②マイクロ中継網を作るならば、電電公社のような公共事業体の手で為されるべきで、日本テレビのような民間企業がすべきではない。
③正力松太郎がこのようなマイクロ中継網を建設する動機は、彼の日本のメディアを牛耳るという個人的野望にあり、この様な人間に公共性の高い通信事業を任せるべきではない。
1,953 11 19 シドニー・ゴッドリーブの指示で、キャンプ・デトリックの特別作戦部(SO部門)の細菌生物兵器の専門家でCIA幹部のフランク・オルソンを静養所に呼び出し、LSDを投与する。オルソンがCIAを退職する意思を示した際、ゴッドリーブ等は、オルソンの知り尽くしているキャンプ・デトリック極秘情報を暴露される事を恐れ、口封じで投与した。また、この頃ゴッドリーブはCIA指揮下でアメリカ軍の下請けのロッキード社キャンプ・デトリックのが開発する高高度を飛ぶ偵察機「U-2」に関するプログラムであるアクアトーン計画のパイプ役を担っていた。
1,953 11 28 フランク・オルソンがニューヨーク市内のホテルから転落し死去。
1,953 12 7 正力松太郎の証人喚問が行われる。正力は「マイクロ回線網が出来た暁には、日本テレビは所有こそするが、それらを全て電電公社に貸し出し、自らが通信事業をする事は無い」と釈明した。
1,953 12 8 第34代アメリカ大統領ドワイト・D・アイゼンハワーが原子力の平和利用について、以下の主旨の演説を第8回国連総会で行う。
ヴィジャヤ・ラクシュミー・パンディット議長及び国連総会成員の皆様
第2代スウェーデン事務総長ダグ・ハマーショルドから、バミューダ諸島(イギリス)にいた私に、今回の総会で演説して欲しいという招待が届いた時、私は丁度以下の人間と西暦1,953年12月4〜8日の日程でバミューダ会談を始める矢先であった。
①第63代イギリス首相ウィンストン・チャーチル
②第59代イギリス外相アンソニー・イーデン
③第141代フランス首相ジョゼフ・ラニエル
④第191代フランス外相ジョルジュ・ビドー
会議の議題は、世界が抱える幾つかの問題に関するものだった。その後バミューダ会談の期間中、私の胸中には常に大きな名誉が私を待っているという思いがあった。そして、本日この場所に立って、国連総会で演説をするという名誉を与えられ、それが現実のものとなったのである。私は、皆さんの前で演説するという栄誉に感謝すると同時に、この総会を目の当たりにして、高揚感を味わっている。一つの組織の下で、これほど多くの人々の、これ程大きな希望が一堂に集まった事は、歴史上無かった。そして、ここ数年の重苦しい時期にあって、皆さんがここで成された討論や決定は、既にそうした希望の一部を実現している。 しかしながら、行く先にはまだ大きな試練と大いなる成果が待ち受けている。私は、こうした成果が実現するとの確かな期待の中で、現在自らが有している職責をもって、アメリカ政府がこれまで通りこの機関を確固たる立場で支えていく事を断言する。そして、我が国がこうした支援を行う背景には、この世界に於ける全ての国々の恒久的平和並びに全ての人類の幸福と健康を実現する知恵・勇気・忠誠を、各国が十分に提供し合うとの信念がある。私がこの場を、バミューダ会談に関する米国の一方的な報告を行う機会とする事が相応しくないのは明白である。しかしながら、あえて言及するならば、あの美しい島で行われた討議に於いて、我々出席者が、国連憲章で明確に示されているのと同じ、世界平和と人類の尊厳という偉大な概念の実現への道を追求していた事を断言する。他方、如何に希望に満ちて聞こえようとも、偽善的な決まり文句をただ唱えることも、この素晴らしい機会に求められている事ではない。そこで私はこの場を、過去何ヶ月もの間、立法府及び行政府に於ける私の同僚の、そして私自身の脳裏や胸中にあった幾つかの事を皆さんに伝える場にしようと決意した。これらの事は、当初はアメリカ国民に対してだけ話そうと予定していた考えだった。私は、世界に危機が存在するとすれば、それは、全ての国々・人々に対しても同じように危機であり、同様にある1 つの国の胸の内に望みが存在するとすれば、それを世界中の国々が共有すべきである、との深い信念を持っており、これはアメリカ国民の信念でもあると理解している。そして、例え極めて小さな方策であっても、今日の世界の緊張状態を緩和する事を目的とした提案を行うとすれば、国連総会程それを披露するに相応しい聴衆はあるまいと思われる。私は本日の演説を行うに当たり、私にとってはある意味では新しい言葉、軍人として人生の大半を送ってきた私が、出来る事なら決して使いたくはなかった言葉で、敢えて話す必要があると感じている。その新しい言葉とは、核戦争に関する用語である。核の時代は、非常に速いペースで進行しており、世界中の人々は、極めて重要なこの分野の進展に於ける現在の局面を、少なくとも相対的に、ある程度理解している必要がある。従って、もし世界の人々が平和を求めて知的な探求を行おうとするならば、現状における重要な事実を認識していなければならない事は明らかである。核の危機や原子力に関して私が述べる事は、必然的にアメリカの観点からの話となる。それが私の知る唯一の明確な事実だからである。しかしこの問題は、その性格上、単に一国の問題ではなく、世界的な議論を要する問題である事は、私がこの総会の場で訴えるまでも無い。西暦1,945年7月16日アメリカは世界最初の核爆発実験を行った。それ以降、米国は42回の核爆発実験を実施している。さらにこの機密は、ソ連の知る所でもある。現在の核爆弾は、核時代の幕開けを齎した兵器の25倍以上の威力を持ち、また水素爆弾は、TNT火薬で数百万t相当の爆発力にまで達している。現在のアメリカの核兵器備蓄は、言うまでも無く日々増加しているが、現時点で、第2次世界大戦の期間中の全ての戦域に於いて、凡ゆる爆撃機及び銃から発射された全ての爆弾と砲撃を合わせた爆発力の数倍を超えている。艦上あるいは陸上基地発進の何れに於いても、今や、単一の航空群が、第2次世界大戦の全期間を通じて英国に投下された全ての爆弾の爆発力を超える破壊兵器を、到達可能な如何なる標的に対しても運搬できる状態となっている。核兵器は言うまでも無く、規模と種類に於いても、目覚ましい進歩を遂げてきた。核兵器の進歩たるや凄まじいものがあり、我が国の軍隊に於いて、事実上通常兵器の地位にさえ登りつめた。アメリカでは、 陸・海・空軍と海兵隊の全てが核兵器を軍事利用出来る能力を有している。しかし、原子力の恐怖に満ちた機密と恐ろしい機動力は、我々だけのものでは無いのである。この機密は、我が国の友好国であり同盟国であるイギリスとカナダが保有している。両国の天才的な科学者達は、我が国の最初の発見、そして核爆弾の設計の際に多大な貢献をしている。さらにこの機密は、ソ連の知るところでもある。ソ連はこの数年間、核兵器に莫大な資源を投下している旨を、我が国に伝えている。この期間ソ連は、少なくとも1回の熱核反応実験を含む、一連の核爆弾の爆発実験を行っている。米国が一旦は、核を独占していたとしても、それは既に数年前にはそうで無くなっている。従って、我が国がこの分野で他よりも早いスタートを切る事によって、いわば大幅な数量的有位性を兀々蓄積してきたとはいえ、今日の核の現実を見ると、さらに重要な意味を持つ2つの事実が存在している。
①現在幾つかの国家によって所有されている知識は、最終的に他の国々、恐らくは全ての国々に共有されると考えられる。
②兵器の数という点で極めて優勢であり、また、その結果として圧倒的な報復能力を有していたとしても、それ自体では、奇襲攻撃による大規模な物質的被害や人命の犠牲に対する予防策にはならない。
自由世界は少なくともこうした事実を漠然と認識しており、当然の事ながら、警戒態勢や防衛システムの大規模な計画に乗り出している。こうした計画は、今後さらに加速され、拡大されると思われる。しかしながら、兵器や防衛システムに対する莫大な出費が、如何なる国家に於いても都市や国民の絶対的安全を保証出来ると考えてはならない。核爆弾の恐ろしい算術は、そうした簡単な解答を許してくれない。最大限の能力を持つ防衛に対してでさえ、奇襲攻撃に効果を上げる最小限の核爆弾を所有する侵略者であれば、恐らく限定された攻撃対象に対し十分な数の爆弾を投下し、決定的な損害を齎す事が出来る。万一そうした核攻撃が米国に対して行われた場合、我が国は迅速且つ断固として対応する。しかしながら「アメリカの防衛能力は侵略者に対し多大な損害を加え得るものである」或いは「アメリカの報復能力は侵略者の国土が荒廃する程大きなものである」と私が言ったとしても、それは全て事実ではあるものの、アメリカの目的と希望を真に表現してはいない。 そこで躊躇ってしまうと、2つの核の巨人が、震える世界を舞台に悪意を込めて永久に睨み合う運命に陥ったという考えの絶望的な終末を認める事になる。そこで足を止めてしまうと、文明の破壊、世代から世代へと受け継がれてきた他に代えがたい人類の遺産の消滅の可能性と、人類が野蛮な状態から秩序を得て、公正、そして正義へと進歩する古来の苦闘の道筋を再び最初から繰り返せという宣告を、為す術も無く受け入れる事になる。そうした絶望的な状態の中では、どんなに分別ある人間でも、勝利を見出す事が出来る筈が無い。 こうした人類の荒廃や破壊と自らの名が、歴史の中で結び付けられる事を望む者があるだろうか。歴史の何ページかには、確かに「偉大な破壊者」の顔が時折記録されてはいる。但し、歴史書全体を見れば、そこには人類の果てしない平和の希求と、人類が神から与えられた創造の能力が示されている。アメリカがアメリカとしての存在を示したいのは、個々の歴史のページではなく、歴史という1冊の本全体に於いてである。我が国は、破壊的ではなく、建設的でありたいと望んでいる。国家間の戦争ではなく、合意を欲している。他の全ての国の人々が自分たちの生活様式を選ぶ事の出来る権利を等しく享受しているとの確信を持って、アメリカは自らも自由である事を欲している。従って、我が国の目標は、我々が恐怖の暗闇から光に向かって進む事を助け、如何なる場所に於いても人類の心・希望・魂が平和や幸福や健康を手にすべく前進出来る道を見つけ出す事である。そうした追求に於いては、忍耐を欠いてはならないという事を私は理解している。現在我々が経験している様な分断された世界に於いては、ただ1 つの劇的な行為によって救済が齎される訳では無い事を私は理解している。いつの日か、世界が自らを見つめ、この世界の他の国々で、相互に平和を確信出来る新しい環境が芽生えている事を実感出来る迄、長い期間を掛けて、多くの段階を踏んでいかなければならない、また、こうした行動を起こすのは今である事を、私は理解している。アメリカとその同盟国であるイギリス・フランスは、過去数ヶ月にわたり、こうした行動に踏み出していく為の努力を行っている。我々が、話し合いの場を回避している、等とは誰にも言わせない。我が国を含む3ヶ国が、分割されたドイツの問題についてソ連との交渉を長い間求めている事、また、朝鮮問題についての交渉を長い間求めている事は周知の事実である。極最近になって、我々の元にソ連から、事実上4大国会議を開催したいという意思が伝えられた。我々3ヶ国は、ソ連からのこの覚書の内容に、これまで示されてきた受け入れ難い条件が記されていない事を歓迎した。我々が発表したバミューダ共同宣言からも既に明らかな様に、3ヶ国は、早急にソ連と会合を開く事で合意に達している。アメリカ政府はこの会合に対して、期待を込め、真摯に取り組んでいる。我々は、この会合で目に見える成果を得る事によって、平和への一歩を踏み出すという、ただ1つの目標に向かってあらゆる努力を傾ける所存である。これこそが国際緊張の緩和に向けた唯一の確実な道なのである。我々はこれまでもそうだったが、今後もソ連が正当に所有するものを放棄する様同国に求める事は無いし、ロシアの人々が我が国の敵であり、ロシアと友好的かつ有益な関係を持って付き合う事を一切望まない、とは決して言わない。寧ろ我々は、来るべき4大国会議がソ連との関係構築の第1歩となり、東西の国民の間の自由な相互対話を将来的に齎すものとなる事を望んでいる。こうした対話こそが、平和的な信頼関係を築く為に必要な理解を進める唯一の確実な手段なのである。東ドイツ、占領下にあるオーストリア、および東欧諸国に現在燻っている不満に代え、我々は如何なる国家も他の国家に対して脅威とならず、取り分けロシアの人々に対して脅威となる事の無い、 欧州自由諸国間の友好的な関係を求めている。 また、アジアでの混乱・紛争・窮状を乗り越えれば、そうした国々の人々が天然資源を開発し、生活を向上させる平和的機会を得られる様になる事を、我々は願っている。これらは皮相的な展望でも無い。これらの背景には、戦争によってではなく、無償譲渡や平和的交渉によって最近独立を勝ち取った国々の存在がある。また、西側の人々が、貧しい人々や飢饉・旱魃・天災の一時的な被害を受けた人々に対し積極的な援助を行なった事も既に報告されている。そしてこれらの活動は、平和を意図した約束や主張よりも強く訴えるものである。しかしながら私は、いつまでも過去の提案を繰り返したり、過去の行いを再び説明したりしたくない。平和に至る達成方法を、それらが如何に実現不可能に思えようとも、全て試していかなければならない。こうした新たな平和への道筋で、これまで十分には試されていないものが少なくとも1 つ存在している。 それは、現在国連総会で提示されている道筋である。西暦1,953年11月18日に、国連総会は決議で「軍縮委員会は、主要関係大国の代表によって構成され、受け入れ可能な解決策を個別に模索する小委員会の設置の妥当性を検討し、そうした解決策を総会及び安全保障理事会に、西暦1,954年9月1日迄に報告するものとする」という提案を行なった。アメリカは、国連総会の提案に留意し、世界の平和のみならず、世界の存在自体にも影を落とす核軍備競争に対する「受け入れ可能な解決策」を模索する為に「主要関係国」とされる諸国と早急に個別会合を行う用意がある。我々は、そうした個別の外交交渉に、新たな構想を持ち込む所存である。アメリカは、軍事目的の核物質の単なる削減や廃絶以上のものを求めていく。核兵器を兵士達の手から取り上げる事だけでは十分とは言えない。そうした兵器は、核の軍事用の包装を剥ぎ取り、平和の為に利用する術を知る人々に託さなければならない。アメリカは、核による軍備増強という恐るべき流れを全く逆の方向に向かわせる事が出来るならば、この最も破壊的な力が、全ての人類に恩恵を齎す事になり得る事を認識している。アメリカは、核エネルギーの平和利用は、実現出来ると考えている。その可能性はすでに立証されている。世界中の科学者及び技術者の全てがそのアイデアを試し、開発する為に必要となる十分な量の核分裂物質を手にすれば、その可能性が、世界で効率的且つ経済的なものへと急速に形を変えていく事を、誰一人疑うことは出来ない。原子力の脅威が、人々の、そして東西の国々の政府の脳裏から消え始める日を早く齎す為に、現時点で講ずる事の出来る措置が幾つかある。そこで私は以下の提案を行う。
①主要関係国政府は、慎重な考慮に基づき、許容される範囲内で、標準ウランならびに核分裂物質の各国の備蓄から国際的な原子力機関に対して、それぞれ供出を行い、今後も供出を継続する。そうした国際機関は、国連の支援の下で設立される事が望ましい。
②そうした供出の割合、手続き及びその他の詳細については、先に言及した「個別交渉」の中で適正に定めるものとする。アメリカはそれを誠意を持って行う用意がある。アメリカのパートナーとなる国で、同様の誠意ある行動を取る国は何れもアメリカが、理不尽な相手国ではない事を理解する事になる。この計画に従った最初の、そしてそれに続く初期の供出は、当然ながら量的には少ないものとなる。
しかしながらこの提案は、完全に受け入れ可能な世界的査察・管理体制を構築するという、相互の不信感を招きやすい試みを行わずに実施し得るという大きな長所を持っている。国際原子力機関には、供出された核分裂物質並びに他の物質の保管・貯蔵・防護を行う責務を持たせる事も出来る。そして科学者たちが知恵を絞り、そうして蓄えた核分裂物質が、何者かによって不意打ちで強奪される事が基本的に不可能となる様特別の安全体制を講ずる。さらにこの原子力機関のより重要な責務は、そうした核分裂物質が人類の平和の希求に資する目的で使われる方法を工夫する事になるだろう。例えば、核エネルギーを農業や医療や、その他の平和的活動のニーズの為に応用する事を目的として、専門家達を動員する事になる。また、世界の電力が不足している地域で、あり余る電力を提供する事もその特別な目的となる。そうした体制によって、核物質を供出する国は、人類の脅威ではなく、そのニーズに貢献する事で国力の一部を捧げる事になる。アメリカは、他の主要関係国と共に、核エネルギーのこうした平和利用を促進する計画策定に着手する事は、何よりも喜ばしい限りであり、また誇らしく思うものである。こうした主要関係国には、当然ソ連も含まなければならない。私は以下の計画をアメリカ連邦議会に提出する用意があり、これらはそこで承認されると強く期待している。
①核分裂物資の平時における最も有効な利用法に関する世界的調査を促進すると共に、その目的の為に妥当である全ての実験の実施に必要な材料が全て確実に準備出来る様にする。
②世界の核備蓄の潜在的な破壊力の削減に着手する。
③この文明が開化した時代に、東西両方の陣営の世界の列強が、戦争の為の軍備増強よりも人類の向上心に関心がある事を全ての国の凡ゆる人々が認識出来る様にする。
④世界が恐怖による無気力から脱し、平和へと積極的に進展を遂げられるように、平和的対話の新たな道筋を開き、官民両方の話し合いによって解決しなければならない多くの困難な問題に対し、新たな準備に取り掛かる。
原爆投下という暗い背景を持つアメリカとしては、力を誇示する事のみを望むのではなく、平和への願望と期待をも示したいと望んでいる。来たるべき数ヶ月間は、重大な決断を多々伴うだろう。それらの決断は、この総会で、世界各国の首都や軍司令部で、統治者であれ統治される側であれ、凡ゆる場所の人々の心の中で、こうした活動を脅威から脱出させ平和へと主導する決断となってほしいと願う。そうした極めて重大な決断を下すに当たりアメリカは、恐ろしい原子力のジレンマを解決し、この奇跡の様な人類の発明を、人類滅亡の為ではなく、人類の生命の為に捧げる道を、全身全霊を注いで探し出す決意を、皆さんの前でという事は世界の前で誓うものである。本日私をここにお招きいただき、非常に丁重にこの演説に耳を傾けて頂いた事に対し、代表団の皆さんに再び感謝したい。
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