西暦1950年は、朝鮮戦争の勃発・戦後日本の再軍備・CIA精神工学プログラムの起点・グローバル寡頭制人脈の形成が一斉に進んだ年である。冷戦熱戦化の決定的事件として、6月25日に北朝鮮軍が北緯38度線を越えて韓国側に侵攻した(朝鮮戦争勃発)。戦後日本再軍備の起点として、2月に河辺虎四郎が最高司令官を宇垣一成・自身を参謀総長とした毒ガス隊・機関銃隊・戦車隊から成る「警察軍」構想を旧日本軍幹部と共に立案し後に第49代首相吉田茂にも提案したが、7月8日に連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーが吉田茂に「警察予備隊」の設立と海上保安庁増員の指示を主旨とした書簡を送り、これにより河辺虎四郎が練っていた警察軍創設構想が頓挫し旧日本軍将官の復権は実現不能となり、8月10日に警察予備隊令が公布・施行された(後年西暦1,952年の保安隊発足への系譜の起点)。CIA精神工学プログラムの起点として、LSD・電気ショック・神経ガス等を用いたマインドコントロール実験計画である「ブルーバード計画」が立ち上がった(後年西暦1,951年8月20日のアーティチョーク計画への改称・西暦1,953年4月13日のMKウルトラ計画立ち上げへの系譜の決定的起点)。米寡頭制中枢人脈の形成として、ヘンリー・キッシンジャーがハーバード大学の政治学学士の学位を最優等で取得し卒業、此の頃キッシンジャーはMI6の実地活動の責任者であるジョン・ウィーラー・ベネットから個人的に指導を受けており、其の儘同大学の大学院に進学しウィリアム・ヤンデル・エリオットの指導を受ける様になった。11月15日にはエリオットがH・ゲイツ・ロイドにハーバード大学でのサマースクール計画及び国際セミナー設立の早期実現を促す書簡を送り(ヘンリー・キッシンジャー宛の資料も同封・キッシンジャーとCIA初期メンバーのクリーブランド・クラムが提案内容に就いて協議・キッシンジャーがCIAの秘密作戦部門であるOPC(政策調整局)の契約コンサルタントとして活動していた事も記載)(後年西暦1,951年7月のハーバード国際セミナー立ち上げへの系譜の決定的起点)。日本の右翼とCIAの結節として、児玉誉士夫がCIAからタングステンを中国大陸から日本に密輸入する仕事を請け負いCIAが児玉に150,000ドルを支払ったが児玉は「タングステンを積んだ船が途中で沈没した」と報告し受け取った150,000ドルは返金せず、3月31日にJSOB(合同特殊工作委員会)に配布された児玉誉士夫の個人ファイルにて「児玉の強みは非常に任侠的な点・私欲の無い愛国者・全面的に反共産主義」「児玉の弱点は感情的な男である事・悪い友達から逃れられないので簡単に騙され易い」と記された(後年西暦1,952年の児玉経由CIAタングステン密輸・日本テレビ放送網設立への系譜の起点)。バチカン暗部の人物の形成として、ポール・マルチンクスがグレゴリアン大学に留学し教会法を学び始め、ローマ教皇庁の特別任務の遂行を開始しパウロ6世と知己を得て親交を深めた(後年西暦1,955年のボリビア赴任・西暦1,971年のIOR総裁就任への系譜の起点)。グローバル金融寡頭制の局面では、6月にクーン・ローブ商会のルイス・シュトラウスがロックフェラー兄弟の財政顧問となりプロジェクト・資金調達・投資に関する意思決定に参加しロックフェラーの投資はクーン・ローブ商会の承認を受ける様になった(後年西暦1,956年のディルワースのルーム5600トップ就任への系譜の前史)。日本保守政界とグローバルネットワークの結節として、6月12日にCIAと関係の深いMRA(道徳再武装)でヘンリー・キッシンジャー等のCFR会員と知己を得ていた中曽根康弘を含む国会議員7名等72名がMRAの本部のあるコー(スイスのヴォー州)で開催のMRA世界大会に出席した(第20代広島市長浜井信三・第17代長崎市長大橋博・第4代東京芝浦電気社長石坂泰三・第8代毎日新聞社社長本田親男等同行・8月15日帰国)。慈善とIORの局面では、10月7日にマザー・テレサを含む12名の修道女がカルカッタ教区から認可を得てカルカッタにてカトリック組織「神の愛の宣教者会」を設立し、受け取った寄付金から年100,000,000〜150,000,000ドルを捻出しIORに送金していた(後年西暦1,952年の死を待つ人々の家設立への系譜の起点)。戦後日本メディアの局面では、7月1日にアメリカ上院議員カール・ムントがダグラス・マッカーサーに反共主義の促進を名目に世界中でテレビ放送ネットワークを建設し映像メディアを活用する計画「ビジョン・オブ・アメリカ」の一環で日本に放送システムを作る様提案したがマッカーサーは日本にその様な放送システムを建設する予定は無い等と返答した(後年西暦1,951年の正力松太郎マイクロ波無線中継伝送網計画・西暦1,952年の日本テレビ放送網設立への系譜の起点)。日本産業の節目として、7月から翌月に掛けて企業再建整備法による第二会社として富士産業株式会社から富士工業・富士精密工業・愛知富士産業・富士自動車工業・大宮富士工業・宇都宮車輛・岩手富士産業・富士機械工業・富士機器・田沼木材工業・富田機器製作所・東京富士産業の12社が分社化された(後年のスバル・プリンス自動車等への系譜の起点)。又、9月に力道山が自身の自宅(東京都中央区日本橋浜町)で髷を落として廃業し相撲界を去り、力道山のタニマチであった新田新作が社長を務める新田建設に資材部部長として雇われた(新田は右翼団体関東国粋会の副幹事長で山口組三次団体生井一家所属の鈴木栄太郎の子分・明治座社長として東京大空襲で焼けた明治座を再建し11月30日開場/後年西暦1,951年の力道山プロレス転向への系譜の起点)。薬害の局面では、11月に富山化学工業が第2四半期割当量52,000本を大幅に上回る5,000,000本の覚醒剤「ネオアゴチン」を6月から販売し(大半が製造元の密造品・同年末から翌年1月の埼玉青少年集団輪姦事件関与百数十名以上の大半がネオアゴチン常用者)、9月には金子順一が武田薬品工業に入り西暦1,973年3月迄勤務し山口県光市の工場等でワクチン製造に携わった。又、7月に初代ソ連書記長ヨシフ・スターリンがハバロフスク捕虜収容所に監禁されていた969名の日本人捕虜を移管・収容し洗脳が始まった。

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年月日 出来事
1,950 LSD・電気ショック・神経ガス等を用いたマインドコントロール実験計画である「ブルーバード計画」が立ち上がる。
1,950 児玉誉士夫がCIAから、タングステンを中国大陸から日本に密輸入する仕事を請け負い、CIAが児玉に対し150,000ドルを支払う。だが児玉は「タングステンを積んだ船が途中で沈没した」と報告、受け取った150,000ドルは返金しなかった。
1,950 ポール・マルチンクスが、グレゴリアン大学に留学し、教会法を学び始める。ローマ教皇庁の特別任務の遂行を開始し、パウロ6世と知己を得、親交を深めた。
1,950 ヘンリー・キッシンジャーが、ハーバード大学の政治学学士の学位を最優等で取得し、卒業する。此の頃キッシンジャーは、MI6の実地活動の責任者であるジョン・ウィーラー・ベネットから個人的に指導を受けていた。キッシンジャーは其の儘同大学の大学院に進学し、ウィリアム・ヤンデル・エリオットの指導を受ける様になった。
1,950 2 河辺虎四郎が最高司令官を宇垣一成、自身を参謀総長とした以下の部隊から成る「警察軍」構想を旧日本軍幹部と共に立案する。後に第49代首相吉田茂にも提案した。
①毒ガス隊
②機関銃隊
③戦車隊
1,950 3 31 JSOB(合同特殊工作委員会)に配布された児玉誉士夫の個人ファイルにて「児玉の強みは、非常に任侠的な点。私欲の無い愛国者。全面的に反共産主義。若者の指導に深い関心あり。カネには非常に無関心である。また、児玉の弱点は、感情的な男である事。悪い友達から逃れられないので、簡単に騙され易い」と記される。
1,950 6 クーン・ローブ商会のルイス・シュトラウスが、ロックフェラー兄弟の財政顧問となる。シュトラウスは、プロジェクト・資金調達・投資に関する意思決定に参加し、ロックフェラーの投資はクーン・ローブ商会の承認を受ける様になった。
1,950 6 12 CIAと関係の深いMRA(道徳再武装)でヘンリー・キッシンジャー等のCFR会員と知己を得ていた中曽根康弘を含む国会議員7名等72名が、MRAの本部のあるコー(スイスのヴォー州)で開催のMRA世界大会に出席する。中曽根以外の主な出席者は以下の通り。
①第20代広島市長浜井信三
②第17代長崎市長大橋博
③第4代東京芝浦電気社長石坂泰三
④第8代毎日新聞社社長本田親男
また、他にもドイツ・フランス・イギリスを歴訪し、同年8月15日に帰国した。
1,950 6 25 北朝鮮軍が北緯38度線を越えて韓国側に侵攻する。
1,950 7 初代ソ連書記長ヨシフ・スターリンが、ハバロフスク捕虜収容所に監禁されていた969名の日本人捕虜が移管、収容し、洗脳が始まる。
1,950 7 本月から翌月に掛けて、企業再建整備法による第二会社として富士産業株式会社から分社化された以下12社が発足する。
①富士工業株式会社
②富士精密工業株式会社
③愛知富士産業株式会社
④富士自動車工業株式会社
⑤大宮富士工業株式会社
⑥宇都宮車輛株式会社
⑦岩手富士産業株式会社
⑧富士機械工業株式会社
⑨富士機器株式会社
⑩田沼木材工業株式会社
⑪株式会社富田機器製作所
⑫東京富士産業株式会社
1,950 7 1 アメリカ上院議員カール・ムントが、ダグラス・マッカーサーに対し、反共主義の促進を名目に、世界中でテレビ放送ネットワークを建設し、映像メディアを活用する計画「ビジョン・オブ・アメリカ」の一環で、日本に放送システムを作る様提案する。その後、マッカーサーは「日本にその様な放送システムを建設する予定は無い。また、仮に作ったとしても、日本はサンフランシスコ講和会議以後主権を取り戻す為、放送システムは日本に所有される事になるので無駄である」と返答した。
1,950 7 8 連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーが吉田茂に「警察予備隊」の設立と海上保安庁増員の指示を主旨とした書簡を送る。これにより河辺虎四郎が練っていた警察軍創設構想が頓挫し、旧日本軍将官の復権は実現不能となった。
1,950 8 10 警察予備隊令が公布、施行される。
1,950 9 金子順一が、武田薬品工業に入る。西暦1,973年3月迄勤務し、山口県光市の工場等でワクチン製造に携わった。
1,950 9 力道山が、自身の自宅(東京都中央区日本橋浜町)で髷を落として廃業し、相撲界を去る。其の後、力道山のタニマチであった新田新作が社長を務める新田建設に資材部部長として雇われた。新田は、右翼団体である関東国粋会の副幹事長で山口組三次団体生井一家所属の鈴木栄太郎の子分であった。力道山は、待遇の悪さに腹を立て、酒を飲み喧嘩に明け暮れた。新田は明治座の社長も務め、東京大空襲で焼けた明治座を再建させ、同年11月30日の開場に漕ぎ着けた。
1,950 10 7 マザー・テレサを含む12名の修道女が、カルカッタ教区から認可を得て、カルカッタにてカトリック組織「神の愛の宣教者会」を設立する。受け取った寄付金から100,000,000〜150,000,000ドル/年を捻出しIORに送金していた。
1,950 11 富山化学工業が、第2四半期割当量52,000本を大幅に上回る5,000,000本の覚醒剤「ネオアゴチン」を6月から販売していた。大半が製造元の密造品であった。同年末から翌年1月にかけて発生した埼玉青少年集団輪姦事件に関与した百数十名以上の大半がネオアゴチンの常用者であった。
1,950 11 15 ウィリアム・ヤンデル・エリオットが、H・ゲイツ・ロイドに、ハーバード大学でのサマースクール計画及び国際セミナー設立の早期実現を促す書簡を送る。此の書簡の中には、ヘンリー・キッシンジャー宛の資料も同封された。其の資料には、キッシンジャーとCIA初期メンバーのクリーブランド・クラムが提案内容に就いて協議した事が記載された。又、エリオットの他の文書には、キッシンジャーが、CIAの秘密作戦部門であるOPC(政策調整局)の契約コンサルタントとして活動していた事も記載されていた。クラムは程無くしてエリオット及びキッシンジャーと連絡を取り、サマースクール計画に関わる様になった。又キッシンジャーはロイドに、サマースクールに於ける費用を項目別に記載した書簡を送った。
1,950 11 29 ロバート・ラットウ・ディキンソンが、アマースト(アメリカのマサチューセッツ州ハンプシャー郡)の自身の娘の自宅にて死去する。
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