西暦1,939年は、里見甫が里見機関を設立し、ノモンハン付近で日ソ両軍が衝突した年である。5月頃、里見甫が昭和通商・青幇・紅幇等と連携し、上海でのアヘン密売を取り仕切る「里見機関」を設立する。ペルシャ・モンゴル産のアヘンの売買によって得た莫大な利益を関東軍の戦費に充て、一部は日本の傀儡であった中華民国の汪兆銘政権に資金を流した。又里見機関は、関東軍が極秘に生産していた満洲産アヘンや、日本軍が生産していた海南島産アヘンも取り扱った。満洲産アヘンは、陸軍の指示により石油缶に入れられて、税関を通さず秘密裏に昭和通商が購入する事で中国国内に持ち込まれた。アヘンで得た資金は戦略物資の調達・宣撫工作に用いられている。当時のアヘンの価格は、張家口が20円/37g、天津が40円/37g、上海が80円/37g、シンガポールが160円/37gであった。此の活動を通じて、青幇杜月笙・青幇盛文頤・笹川良一・児玉誉士夫・児玉機関副機関長吉田裕彦・三井物産岩田幸雄・許斐機関特務機関長許斐氏利・阪田誠盛・大日本生産党幹部清水行之助といった地下人脈が形成された。三井物産は35円/32gで軍に納入し、此れを里見機関が22〜23円/gで華中宏済善堂に卸している。四川省産よりも品質の良いペルシャ産のアヘンはサスーン商会系によって上海に流入したが、此れを三井物産上海支店が仕入れていた。此の上海支店には佐藤喜一郎がおり、調達資金を工面していた。此の活動を通じて里見は、東條英機・岸信介・古海忠之・満洲国民政部禁煙総局長難波経一・満洲国産業部鉱工司長椎名悦三郎・佐藤栄作・興亜院華北連絡部書記官愛知揆一・興亜院華中連絡部書記官長沼弘毅・海南島厚生公司東京事務所責任者高畠義彦と知己を得た。4月20日には三井物産・三菱商事・大倉産業の三社が各五百万円を共同出資し、資本金千五百万円で、表向きは、陸軍の旧式となった武器を中近東等の第三国に輸出し、タングステン等の軍需物資を現地調達する名目で、商社である「昭和通商」が設立される。本社は東京市日本橋区小舟町の小倉石油ビル内に置かれた。昭和通商の実態は、諜報活動とアヘン取引を行う陸軍の特務機関であった。昭和通商は、中華民国工作員に綿布・綿糸・硫安を持たせ、国民党軍の前線部隊の司令官と接触し、タングステンと物々交換をする等して、陸路・海路からタングステンを調達した。此れは危険を伴い、海路では、バイアス湾にて海賊に襲われ、船員が一名を除き全員が射殺され、物資を奪われ船が焼かれるという事件があった。又昭和通商は、製造したヘロインを持ち込み、タングステンとバーター取引していた。1月には三井物産が赤城山丸で輸送されたペルシャ産アヘン九百七十二箱を上海維新政府阿片局へ輸入する。4月26日には赤城山丸で、10月には玉川丸で、其々ペルシャ産アヘン千箱を中支阿片局へ輸入した。12月頃には里見甫が蒙古産アヘンの販売を開始している。12月31日時点で、此の年の満洲国政府のアヘンの歳入は一億二千万円で、建国から八年で十倍に増大した。但、アヘン収入自体は、満洲国政府以外に関東軍・甘粕機関・満洲中央銀行から上海・大連の横浜正金銀行を経由しての日本国内の陸軍の秘密口座・満洲から日本陸軍機を使った立川陸軍飛行場への現金輸送にも送金されており、マーケット自体は更に大きかった。軍事・外交では、7月23日に満洲国とモンゴルの国境ノモンハン付近で起こった日ソ両軍の大規模な武力衝突において、6時30分に日本軍が砲撃を開始する。ノモンハン付近の国境について、日本側はハルハ河を、ソ連側は北方ノモンハン付近を其々国境と主張し、係争中であった。7月26日にはジェイコブ・シフの親戚であり第47代国務省長官のコーデル・ハルが、第24代在アメリカ日本大使堀内謙介を国務省に呼び、「日本の中国侵略に抗議する」として、日米通商航海条約を一方的に破棄した。岸信介を巡っては、3月に満洲国国務院総務庁次長に就任する。産業部次長と兼務する事となった。10月には日本に帰国し、商工次官に就任している。11月1日には満州国国務院を通じて、甘粕正彦を第2代満洲映画協会理事長に据えた。自動車では、9月6日にエンツォ・フェラーリが、アルファロメオを離脱する。離脱条件として「フェラーリ」の名を四年間、レースおよび自動車製造に使わない事を課された。9月にはモデナにて「AAC(自動車・航空機製作)」を設立している。此れは、フェラーリの名を避ける為の社名であった。科学では、8月27日にドイツのハインケル社による「He 178」が世界初のジェット機の飛行に成功する。又、スイスの化学者パウル・ヘルマン・ミュラーが、衣類等の織物を蛾等の食害から防ぐ物質を探る過程でDDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)に強い殺虫性が有る事を発見した。産児制限を巡っては、マーガレット・サンガーの主導によりABCLとBCCRBが合併し「BCFA(アメリカ産児制限連合)」が発足する。ABCLとBCCRBの組織間競争を解消する事が背景として有った。其の他、ジェイコブ・シフの孫でニューヨーク市議会議員ジョージ・バッカーの妻のドロシー・シフが、バッカーの勧めで、ニューヨーク・ポストを買収し社主となる。ドロシーは、バッカーを発行人兼社長に就任させた。児玉誉士夫は外交官河相達夫の斡旋により、外務省情報部嘱託となり、上海を拠点に情報活動に従事した。1月1日には笹川良一がローマに到着する。其の後ベニート・ムッソリーニと面会し、ローマの刑務所を見学した。四年間大阪刑務所に収監された笹川は、日本の囚人に対する扱いに義憤を感じていた為である。更に戦時下のドイツの国状を視察し、ベルリンの刑務所も見学した。3月6日にはウォルター・L・ジョンソンの妻サディー・E・ロビンソンが、ジョンソンの代理人として尽力し、ウォーデンクリフ・タワーの跡地が、プランタクレス社によって買い取られた。其の後は、ピアレス・フォト・プロダクツ社にリースされている。其の土地は、テスラが所有していた元の土地の60,702.8㎡を占めていた。3月1日には日本職業野球連盟が「日本野球連盟」に改称した。

以下の暦は全て西暦に変換しています。 日本の旧暦 / 中国の旧暦 / ユダヤ暦 / ヒジュラ暦 / ソビエト連邦暦 / フランス革命暦

≈は「頃」を意味しています。

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年月日 出来事
1,939 児玉誉士夫が外交官河相達夫の斡旋により、外務省情報部嘱託となり、上海を拠点に情報活動に従事する。
1,939 スイスの化学者パウル・ヘルマン・ミュラーが、衣類等の織物を蛾等の食害から防ぐ物質を探る過程でDDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)に強い殺虫性が有る事を発見する。
1,939 ジェイコブ・シフの孫でニューヨーク市議会議員ジョージ・バッカーの妻のドロシー・シフが、バッカーの勧めで、ニューヨーク・ポストを買収し社主となる。ドロシーは、バッカーを発行人兼社長に就任させた。
1,939 マーガレット・サンガーの主導により、以下が合併し「BCFA(アメリカ産児制限連合)」が発足する。
①ABCL
②BCCRB
ABCLとBCCRBの組織間競争を解消する事が背景として有った。
1,939 康淑卿が、明水台(現在の韓国ソウル特別市銅雀区黒石洞)に教会を建て「朝鮮イエス教会明水台礼拝堂」という看板を掲げる。文も此の朝鮮イエス教会明水台礼拝堂に通い、西暦1,941年に京城商工実務学校電気科を卒業した。
1,939 1 三井物産が赤城山丸で輸送されたペルシャ産アヘン972箱を上海維新政府阿片局へ輸入する。
1,939 1 1 笹川良一がローマに到着する。その後ベニート・ムッソリーニと面会し、ローマの刑務所を見学した。4年間大阪刑務所に収監された笹川は、日本の囚人に対する扱いに義憤を感じていた為である。さらに戦時下のドイツの国状を視察し、ベルリンの刑務所も見学した。
1,939 3 岸信介が、満洲国国務院総務庁次長に就任する。産業部次長と兼務する事となった。
1,939 3 1 日本職業野球連盟が「日本野球連盟」に改称する。
1,939 3 6 ウォルター・L・ジョンソンの妻サディー・E・ロビンソンが、ジョンソンの代理人として尽力し、ウォーデンクリフ・タワーの跡地が、プランタクレス社によって買い取られる。其の後は、ピアレス・フォト・プロダクツ社にリースされた。其の土地は、二コラ・テスラが所有していた元の土地の60702.8㎡を占めていた。
1,939 4 20 以下3社が各5,000,000円を共同出資し、資本金15,000,000円で、表向きは、陸軍の旧式となった武器を中近東等の第三国に輸出し、タングステン等の軍需物資を現地調達する名目で、商社である「昭和通商」が設立される。
①三井物産
②三菱商事
③大倉産業
本社は東京市日本橋区小舟町の小倉石油ビル内に置かれた。昭和通商の実態は、諜報活動とアヘン取引を行う陸軍の特務機関であった。昭和通商は、中華民国工作員に以下の品目を持たせ、国民党軍の前線部隊の司令官と接触し、タングステンと物々交換をする等して、陸路・海路からタングステンを調達した。
①綿布
②綿糸
③硫安
此れは危険を伴い、海路では、バイアス湾(現在の中国広東省の大亜湾)にて海賊に襲われ、船員が1名を除き全員が射殺され、物資を奪われ船が焼かれるという事件があった。又昭和通商は、製造したヘロインを持ち込み、タングステンとバーター取引していた。
1,939 4 26 三井物産が、赤城山丸で輸送されたペルシャ産アヘン1,000箱を中支阿片局へ輸入する。
1,939 5 里見甫が昭和通商・青幇・紅幇等と連携し、上海でのアヘン密売を取り仕切る「里見機関」を設立する。ペルシャ・モンゴル産のアヘンの売買によって得た莫大な利益を関東軍の戦費に充て、一部は日本の傀儡であった中華民国の汪兆銘政権に資金を流した。また里見機関は、 関東軍が極秘に生産していた満洲産アヘンや、日本軍が生産していた海南島産アヘンも取り扱った。満洲産アヘンは、陸軍の指示により石油缶に入れられて、税関を通さず秘密裏に昭和通商が購入する事で中国国内に持ち込まれた。アヘンで得た資金は戦略物資の調達・宣撫工作に用いられた。当時のアヘンの価格は以下の通り。
①張家口(現在の中国河北省):20円/37g
②天津:40円/37g
③上海:80円/37g
④シンガポール:160円/37g
此の活動を通じて以下の地下人脈が形成された。
①青幇杜月笙
②青幇盛文頤
③笹川良一
④児玉誉士夫
⑤児玉機関副機関長吉田裕彦
⑥三井物産岩田幸雄
⑦許斐機関特務機関長許斐氏利
⑧阪田誠盛
⑨大日本生産党幹部清水行之助
三井物産は35円/32gで軍に納入し、此れを里見機関が22〜23円/gで華中宏済善堂に卸した。四川省産よりも品質の良いペルシャ産のアヘンはサスーン商会系によって上海に流入したが、此れを三井物産上海支店が仕入れていた。此の上海支店には佐藤喜一郎がおり、調達資金を工面していた。此の活動を通じて里見は、以下の人間と知己を得た。
①東條英機
②岸信介
③古海忠之
④満洲国民政部禁煙総局長難波経一
⑤満洲国産業部鉱工司長椎名悦三郎
⑥佐藤栄作
⑦興亜院華北連絡部書記官愛知揆一
⑧興亜院華中連絡部書記官長沼弘毅
⑨海南島厚生公司東京事務所責任者高畠義彦
1,939 7 23 満洲国とモンゴルの国境ノモンハン付近で起こった日ソ両軍の大規模な武力衝突において、6:30に日本軍が砲撃を開始する。ノモンハン付近の国境について、日本側はハルハ河を、ソ連側は北方ノモンハン付近をそれぞれ国境と主張し、係争中であった。
1,939 7 26 ジェイコブ・シフの親戚であり第47代国務省長官のコーデル・ハルが、第24代在アメリカ日本大使堀内謙介を国務省に呼び、「日本の中国侵略に抗議する」として、日米通商航海条約を一方的に破棄する。
1,939 8 27 ドイツのハインケル社による「He 178」が世界初のジェット機の飛行に成功する。
1,939 9 6 エンツォ・フェラーリが、アルファロメオを離脱する。離脱条件として「フェラーリ」の名を4年間、レースおよび自動車製造に使わない事を課された。
1,939 9 エンツォ・フェラーリが、モデナにて「AAC(自動車・航空機製作)」を設立する。此れは、フェラーリの名を避ける為の社名であった。
1,939 10 三井物産が、玉川丸で輸送されたペルシャ産アヘン1,000箱を中支阿片局へ輸入する。
1,939 10 岸信介が、日本に帰国し、商工次官に就任する。
1,939 11 1 岸信介が、満州国国務院を通じて、甘粕正彦を第2代満洲映画協会理事長に据える。
1,939 12 里見甫が蒙古産アヘンの販売を開始する。
1,939 12 31 此の年の満洲国政府のアヘンの歳入は120,000,000円で、建国から8年で10倍に増大した。但、アヘン収入自体は、満洲国政府以外に以下にも送金されており、マーケット自体は更に大きかった。
①関東軍
②甘粕機関
③満洲中央銀行から上海・大連の横浜正金銀行を経由しての日本国内の陸軍の秘密口座への送金
④満洲から日本陸軍機を使った立川陸軍飛行場への現金輸送
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