西暦1939年は、陸軍の特務機関である商社「昭和通商」が設立され、里見甫が上海のアヘン密売を取り仕切る「里見機関」を組織した年である。三井物産はペルシャ産アヘンを中支阿片局へ輸入し、満洲国政府のアヘン歳入は120,000,000円に達した。ノモンハンで日ソ両軍が武力衝突し、アメリカは日米通商航海条約を一方的に破棄した。岸信介は商工次官に就任し、甘粕正彦を満洲映画協会理事長に据えた。

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年月日 出来事
1,939 児玉誉士夫が外交官河相達夫の斡旋により、外務省情報部嘱託となり、上海を拠点に情報活動に従事する。
1,939 スイスの化学者パウル・ヘルマン・ミュラーが、衣類等の織物を蛾等の食害から防ぐ物質を探る過程でDDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)に強い殺虫性が有る事を発見する。
1,939 ジェイコブ・シフの孫でニューヨーク市議会議員ジョージ・バッカーの妻のドロシー・シフが、バッカーの勧めで、ニューヨーク・ポストを買収し社主となる。ドロシーは、バッカーを発行人兼社長に就任させた。
1,939 マーガレット・サンガーの主導により、以下が合併し「BCFA(アメリカ産児制限連合)」が発足する。
①ABCL
②BCCRB
ABCLとBCCRBの組織間競争を解消する事が背景として有った。
1,939 1 三井物産が赤城山丸で輸送されたペルシャ産アヘン972箱を上海維新政府阿片局へ輸入する。
1,939 1 1 笹川良一がローマに到着する。その後ベニート・ムッソリーニと面会し、ローマの刑務所を見学した。4年間大阪刑務所に収監された笹川は、日本の囚人に対する扱いに義憤を感じていた為である。さらに戦時下のドイツの国状を視察し、ベルリンの刑務所も見学した。
1,939 3 岸信介が、満洲国国務院総務庁次長に就任する。産業部次長と兼務する事となった。
1,939 3 1 日本職業野球連盟が「日本野球連盟」に改称する。
1,939 3 6 ウォルター・L・ジョンソンの妻サディー・E・ロビンソンが、ジョンソンの代理人として尽力し、ウォーデンクリフ・タワーの跡地が、プランタクレス社によって買い取られる。其の後は、ピアレス・フォト・プロダクツ社にリースされた。其の土地は、二コラ・テスラが所有していた元の土地の60702.8㎡を占めていた。
1,939 4 20 以下3社が各5,000,000円を共同出資し、資本金15,000,000円で、表向きは、陸軍の旧式となった武器を中近東等の第三国に輸出し、タングステン等の軍需物資を現地調達する名目で、商社である「昭和通商」が設立される。
①三井物産
②三菱商事
③大倉産業
本社は東京市日本橋区小舟町の小倉石油ビル内に置かれた。昭和通商の実態は、諜報活動とアヘン取引を行う陸軍の特務機関であった。昭和通商は、中華民国工作員に以下の品目を持たせ、国民党軍の前線部隊の司令官と接触し、タングステンと物々交換をする等して、陸路・海路からタングステンを調達した。
①綿布
②綿糸
③硫安
此れは危険を伴い、海路では、バイアス湾(現在の中国広東省の大亜湾)にて海賊に襲われ、船員が1名を除き全員が射殺され、物資を奪われ船が焼かれるという事件があった。又昭和通商は、製造したヘロインを持ち込み、タングステンとバーター取引していた。
1,939 4 26 三井物産が、赤城山丸で輸送されたペルシャ産アヘン1,000箱を中支阿片局へ輸入する。
1,939 5 里見甫が昭和通商・青幇・紅幇等と連携し、上海でのアヘン密売を取り仕切る「里見機関」を設立する。ペルシャ・モンゴル産のアヘンの売買によって得た莫大な利益を関東軍の戦費に充て、一部は日本の傀儡であった中華民国の汪兆銘政権に資金を流した。また里見機関は、 関東軍が極秘に生産していた満洲産アヘンや、日本軍が生産していた海南島産アヘンも取り扱った。満洲産アヘンは、陸軍の指示により石油缶に入れられて、税関を通さず秘密裏に昭和通商が購入する事で中国国内に持ち込まれた。アヘンで得た資金は戦略物資の調達・宣撫工作に用いられた。当時のアヘンの価格は以下の通り。
①張家口(現在の中国河北省):20円/37g
②天津:40円/37g
③上海:80円/37g
④シンガポール:160円/37g
此の活動を通じて以下の地下人脈が形成された。
①青幇杜月笙
②青幇盛文頤
③笹川良一
④児玉誉士夫
⑤児玉機関副機関長吉田裕彦
⑥三井物産岩田幸雄
⑦許斐機関特務機関長許斐氏利
⑧阪田誠盛
⑨大日本生産党幹部清水行之助
三井物産は35円/32gで軍に納入し、此れを里見機関が22〜23円/gで華中宏済善堂に卸した。四川省産よりも品質の良いペルシャ産のアヘンはサスーン商会系によって上海に流入したが、此れを三井物産上海支店が仕入れていた。此の上海支店には佐藤喜一郎がおり、調達資金を工面していた。此の活動を通じて里見は、以下の人間と知己を得た。
①東條英機
②岸信介
③古海忠之
④満洲国民政部禁煙総局長難波経一
⑤満洲国産業部鉱工司長椎名悦三郎
⑥佐藤栄作
⑦興亜院華北連絡部書記官愛知揆一
⑧興亜院華中連絡部書記官長沼弘毅
⑨海南島厚生公司東京事務所責任者高畠義彦
1,939 7 23 満洲国とモンゴルの国境ノモンハン付近で起こった日ソ両軍の大規模な武力衝突において、6:30に日本軍が砲撃を開始する。ノモンハン付近の国境について、日本側はハルハ河を、ソ連側は北方ノモンハン付近をそれぞれ国境と主張し、係争中であった。
1,939 7 26 ジェイコブ・シフの親戚であり第47代国務省長官のコーデル・ハルが、第24代在アメリカ日本大使堀内謙介を国務省に呼び、「日本の中国侵略に抗議する」として、日米通商航海条約を一方的に破棄する。
1,939 8 27 ドイツのハインケル社による「He 178」が世界初のジェット機の飛行に成功する。
1,939 10 三井物産が、玉川丸で輸送されたペルシャ産アヘン1,000箱を中支阿片局へ輸入する。
1,939 10 岸信介が、日本に帰国し、商工次官に就任する。
1,939 11 1 岸信介が、満州国国務院を通じて、甘粕正彦を第2代満洲映画協会理事長に据える。
1,939 12 里見甫が蒙古産アヘンの販売を開始する。
1,939 12 31 此の年の満洲国政府のアヘンの歳入は120,000,000円で、建国から8年で10倍に増大した。但、アヘン収入自体は、満洲国政府以外に以下にも送金されており、マーケット自体は更に大きかった。
①関東軍
②甘粕機関
③満洲中央銀行から上海・大連の横浜正金銀行を経由しての日本国内の陸軍の秘密口座への送金
④満洲から日本陸軍機を使った立川陸軍飛行場への現金輸送
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