以下の暦は全て西暦に変換しています。 日本の旧暦 / 中国の旧暦 / ユダヤ暦 / ヒジュラ暦 / ソビエト連邦暦 / フランス革命暦
≈は「頃」を意味しています。
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| 年月日 | 出来事 | |||
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| ≈ | 1,935 | 欧米で、アンフェタミンが商品名「ベンゼドリン」として導入される。 | ||
| 1,935 | アメリカの医学部の数が66(西暦1,904年比59%減)となる。 | |||
| 1,935 | ロックフェラー財団が年次報告書にて「人類遺伝の知識をさらに深め、活用する事は人類にとって疑いのない必要課題である」と記載する。 | |||
| 1,935 | 2 | 5 | 関東軍が哈爾浜を占領し、「ハルピン新報」、「華北新報」、「晨光」、「国民公報」を廃刊にし、記者を逮捕する。 | |
| 1,935 | 2 | 14 | 大日本東京野球倶楽部がアメリカ遠征に出発する。其の後、最初の目的地であるサンフランシスコに到着し、レフティ・オドールが監督を務める大リーグ傘下のAAAパシフィックコーストリーグ所属のサンフランシスコ・シールズと対戦した。オドールは、西暦1,931年・西暦1,934年の日米野球で、アメリカ大リーグ選抜の一員として来日していた。オドールは、大日本東京野球倶楽部マネージャー鈴木惣太郎に「大日本東京野球倶楽部というチーム名が長くて分かりにくい。ニックネームを付けたらどうだ」と、自身の在籍していた大リーグのナショナルリーグに所属する「ニューヨーク・ジャイアンツ」に因んで「ジャイアンツ」というチーム名を提案した。鈴木はオドールの案を採用し、アメリカ遠征中「東京ジャイアンツ」として活動した。129日間108試合の日程を熟し、75勝33敗という成績を残して帰国した。其の後大日本東京野球倶楽部は「東京巨人軍」と改称した。 | |
| 1,935 | 4 |
国民党が「資源委員会」を設立し、以下に支部として管理所を設置し、タングステン・アンチモンの採掘を独占して、輸出で資金を稼いだ。主な輸出先は日本軍であった。国民党政府の買付価格が安く国際価格に及ばなかった事、日本軍が高い金額で買い付けていた事が要因として挙げられる。多くが広東省から輸出された。 ①湖南省 ②広東省 ③広西省 ④贛南道(現在の中国広西省) その資金で以下の重工業の工場を建設した。 ①鉄鋼 ②石油製錬 ③機械 ④電力 |
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| ≈ | 1,935 | 4 | 土肥原賢二が、天津の反日華字紙「庸報」を秘密買収する。土肥原は、茂川機関の李志堂を社長に据え、庸報の反日色を一掃させ、関東軍の機関紙としての体を成させた。 | |
| 1,935 | 4 |
満洲国財政部内の専売公署が「専売総署」に改組され、以下の専売が開始される。 ①石油 満洲国の資源開発の一環として、軍需物資として戦略的に専売化した。 ②アヘン 専売総署が栽培・収買・精製・販売を一元管理する様になった。蒙疆(現在の中国内モンゴル自治区ウランチャブ市・シリンゴル盟・フフホト市、河北省)等の指定栽培地で農家に芥子栽培を義務付け、収買人を通じて集荷した。 |
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| 1,935 | 4 | 25 | 朝鮮麻薬取締令が公布される。 | |
| 1,935 | 5 | 豊田自動織機製作所の自動車制作部門が、A型エンジンを搭載したA1型試作乗用車を完成させる。 | ||
| 1,935 | 5 | 2 | 23時頃、親日派の新聞社である国権報の社長胡恩溥が、天津の日本租界の寿街に在る北洋飯店の16号室に宿泊していた所、1063ナンバーの自動車でやって来た2人組により、4発の銃弾を受けて暗殺される。 | |
| 1,935 | 5 | 3 | 4時頃、天津の日本租界の須磨街に在る、親日派の新聞社である振報社長の白逾桓の自宅に2人組が押し入り、就寝中であった白が、3発の銃弾を受けて暗殺される。 | |
| 1,935 | 9 | 里見甫が、松井太久郎から、関東軍参謀副長板垣征四郎の下へ向かう様連絡を受ける。到着すると其処には、松井・板垣だけでなく、土肥原賢二も居た。里見は、天津の華字紙「庸報」の経営と紙面改革を依頼された。庸報の発行人で有る黄顕光と里見は、既に知己を得ていた。加えて里見は、庸報の紙面改革の裏で、阪田組の密輸するアヘンを密売し、蒋介石の財源である天津のアヘン市場の奪取する様依頼された。土肥原は「此れ迄関東軍が画策してきた謀略工作は、天津のアヘン市場を掌握して、巨額になって来た諜報工作資金に充てる為であった。其の為に既存の中華民国のアヘン密売を取り締まり、壊滅させて来た。天津に持ち込むアヘンは、昨年から熱河省と内蒙古で芥子栽培を行い確保している。生産から販売まで、関東軍が一気通貫で遂行するものと考えて貰いたい」と、里見に対し、アヘンの販売促進を依頼した。続けて土肥原は「当面の輸送は阪田組のルートを活かし、関東軍が全面的な護衛を行う。関東憲兵隊司令官岩佐緑朗の命により、阪田組のアヘン輸送に関しては、摘発・押収しない様に手配している」と説明した。里見は此れを引き受けた。岩佐の役割は、後に東條英機に引き継がれた。 | ||
| 1,935 | 9 | 21 | 東條英機が関東軍憲兵司令官兼関東局警務部長に就任する。中国の東北地区に渡り、満洲国の治安粛正を強化し、中国東北人民の抗日闘争を弾圧した。 | |
| 1,935 | 10 | 里見甫が満洲国通信社を退社する。 | ||
| 1,935 | 10 | 24 | マーガレット・サンガーが、ニューヨークからインドへ向けて出航する。サンガーは、植物学者マリー・ストープスの代理人で新マルサス主義連盟代表のエディス・ハウ・マーティンと協力し、インドの連絡網を強化していた。そしてサンガーは、AIWC(全インド女性会議)のゲストスピーカーとして、10,000,000名のインド人女性を代表する立場で招待された。 | |
| ≈ | 1,935 | 11 | 1 |
マーガレット・サンガーがボンベイに到着する。サンガーは、医療専門家向けに、避妊の専門講義やデモ映画の上映を行なった。此の活動は、ボンベイの英字新聞であるボンベイ・クロニクル紙等のメディアで報道され、大衆に避妊問題が認識された。又サンガーは、以下3名等と接触し、インドの生殖制御運動の理解を進めた。 ①西暦1,925年にプネー(インドのマハーラーシュトラ州)にてインド初の家族計画クリニックを設立したラグナート・ドンド・カルヴェ ②婦人科医で前年迄ソーラープル(インドのマハーラーシュトラ州)優生学協会名誉ディレクターを務めたアヴァバイ・プルショタムダス・ピライ ③哲学教授ナラヤン・シタラム・ファドケ |
| ≈ | 1,935 | 11 | 15 |
マーガレット・サンガーが、以下の都市を含むインドの18ヶ所の訪問を開始する。 ①ボンベイ ②アフマドナガル ③ラホール(現在のパキスタンのパンジャーブ州) ④デリー ⑤ラクナウ(現在のインドのウッタル・プラデーシュ州) ⑥パトナ(現在のインドのビハール州) ⑦アラーハーバード(現在のインドのウッタル・プラデーシュ州アラーハーバード県プラヤーグラージ) ⑧カルカッタ ⑨ワルダー(現在のインドのマハーラーシュトラ州) ⑩マドラス(現在のインドのタミル・ナードゥ州チェンナイ県) ⑪マラバール(現在のインドのカルナータカ州、ケララ州、ゴア州、タミル・ナードゥ州) ⑫ティルヴァナンタプラム(現在のインドのケララ州) テーマは「家族規模の制限の重要性」で、計64回の講演を行ったが、其の間、以下の人間と会談した。 ①第48・49代インド国民会議党首を務めたジャワハルラール・ネルー ②タゴール国際大学創設者ラビンドラナート・タゴール |
| 1,935 | 12 | 関東軍の意向により、里見甫が天津の華字紙「庸報」の社長に就任する。 | ||
| ≈ | 1,935 | 12 | 阪田誠盛が、張家口(現在の中国河北省)に阪田組の支社を設立し、従業員170名でヘロインの製造を開始する。 | |
| 1,935 | 12 | 4 |
以下2名が、ワルダーにて対談を行う。 ①インド国民会議の精神的指導者であったマハトマ・ガンディー ②マーガレット・サンガー ガンディーは「性行為は生殖の為だけに行うものであり、人口避妊は、性的快楽を助長し、ブラフマチャリヤ(禁欲)精神に反する」と主張した。サンガーは「養える子だけを産む為の知識は、女性の基本的人権である」と訴えるが、溝は埋まらなかった。ガンディーの秘書マハデヴ・デサイは、此の対談の内容の詳細をメモとして残した。 |
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| 1,935 | 12 | 7 | マハトマ・ガンディーが、突然の体調不良で休養となる。しかしマーガレット・サンガーは、都市の訪問を継続した。 | |
| 1,935 | 12 | 10 |
阪神電鉄事業課係長富樫興一が中心となり、阪神電鉄を親会社として「大阪野球倶楽部」が設立される。球団幹部には以下の人間が就いた。 ①第4代・第6代首相を務めた松方正義の四男で浪速銀行頭取を務めた松方正雄(会長) ②富樫(専務取締役(球団代表)) ③清宝バス専務取締役を務めた田中義一(専務取締役) ④中川政人(取締役支配人) ⑤吉江昌也(取締役) ⑥阪神電鉄専務取締役石井五郎(監査役) ⑦大村義雄(監査役) 此の設立に際して、第9代阪神電鉄社長今西与三郎も駆け付けた。株主には、読売新聞社が名を連ねた。本拠地は甲子園球場(兵庫県武庫郡鳴尾村(現在の兵庫県西宮市甲子園町))であった。 |
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| 1,935 | 12 | 10 | キャサリン・ベメント・デイヴィスが、パシフィック・グローブ(アメリカのカリフォルニア州)にて死去する。 | |
| 1,935 | 12 | 13 |
以下2名が、パトナにて会談を行う。 ①第54代国民会議党首ラージェーンドラ・プラサード ②マーガレット・サンガー サンガーは、人口過剰を貧困の原因とし、避妊教育の必要性を説いた。プラサードは此れを支持し、インド独立後の人口政策への可能性を探ったが、マハトマ・ガンディー達の反対を懸念し、慎重な議論に留まった。会談は約1時間で終了した。 |
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| ≈ | 1,935 | 12 | 31 | マーガレット・サンガーが、ティルヴァナンタプラムを訪問する。サンガーは、トラヴァンコール王国の後継マハラニであるセトゥ・パルヴァティ・バイの招待で、AIWCの議論に参加する予定であったが、カトリック修道女達の反対により実現しなかった。 |