西暦1921年は、毛沢東・陳独秀・李大釗らが上海で第1次全国代表大会を開き、中国共産党を結党した年である。イタリアではベニート・ムッソリーニがファシスト党を結党し、アメリカをイギリスの影響下に置く目的でCFR(外交問題評議会)が設立された。グッチオ・グッチがフィレンツェで皮革製品店を創業し、GUCCIが生まれた。ウォレン・ハーディングの提唱により海軍軍縮を討議するワシントン会議が始まり、マーガレット・サンガーはABCL(アメリカ産児制限連盟)を設立した。豊田佐吉は複数の特許を取得し、上海に豊田紡織廠を設立した。

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年月日 出来事
1,921 実験進化研究所が、EROを吸収し、同研究所の遺伝学部門とする。引き続き、チャールズ・ダベンポートが所長として指揮を執った。
1,921 グッチオ・グッチが、フィレンツェに皮革製品店を創業する。
1,921 里見甫が相馬ウメを呼び寄せる。
1,921 1 21 リヴォルノのゴルディーノ劇場での第17回イタリア社会党大会の開催中であったこの日、共産主義派が、アマデーオ・ボルディーガの呼び掛けによってサン・マルコーニ劇場に集まり、コミンテルンのイタリア支部として「イタリア共産党」の結党を宣言し、イタリア社会党が分裂する。ベニート・ムッソリーニは、イタリア共産党が支持基盤が弱く、勢力としては小さかったにも拘らず、同党をボリシェヴィキの手先であると非難して脅威を煽り、自身の勢力を強めていった。
1,921 3 松田重次郎が、故郷の広島に帰り、体調不良の海塚新八に代わり、第2代東洋コルク工業株式会社社長に就任する。松田は、コルク栓を製造する際に発生する屑を、断熱材・絶縁体・緩衝材として用いられる圧縮コルク板として有効利用し、事業の拡大を図った。
1,921 3 12 豊田佐吉が、自身の発明した投杼安全装置の特許出願を行う。
1,921 5 15 第19回イタリア総選挙が行われる。第55代イタリア王国首相ジョヴァンニ・ジョリッティの働きかけで結成された政党連合「国民ブロック」にイタリア戦闘者ファッシも参加し、国民ブロックは535議席中105議席を獲得して、イタリア社会党の123議席、イタリア人民党の108議席に次ぐ第3党となり、イタリア戦闘者ファッシも、ベニート・ムッソリーニを含む35名が下院議員として当選した。
1,921 7 23 コミンテルンの主導により、北京大学文科長陳独秀、北京大学図書館長、李大釗、元北京大学図書館司書毛沢東等が各地で結成していた共産主義組織を糾合する形で、日本の東京帝国大学への留学から帰国した李漢俊の上海の自宅で第1次全国代表大会を開催し、結成される。毛はロスチャイルド家から資金提供を受け、以下の代理人によって操作されていた。
①アメリカ財務省ソロモン・アドラー
②ボリシェヴィキの息子イスラエル・エプスタイン
③IMF長官フランク・コー
1,921 7 29 CFR(外交問題評議会)が設立される。アメリカをイギリスの影響下に置き続ける事を目的に設置された。CFRはアメリカの政治に深く関与し、以下の役職に人材を送り込む事となった。
①アメリカ大統領:8名
②アメリカ副大統領:7名
③アメリカ国務長官:17名
④アメリカ陸軍長官及びアメリカ国防長官:20名
⑤アメリカ財務長官:18名
⑥CIA長官:15名
そして、以下の人間等が会員に名を連ねた。
①デイヴィッド・ロックフェラー
②アレン・ウェルシュ・ダレス
③ジョン・J・マクロイ
④ズビグネフ・ブレジンスキー
⑤ヘンリー・キッシンジャー
⑥ジョージ・ソロス
1,921 8 15 豊田佐吉が、同年に自身の出願した投杼安全装置の特許(第39534号)を取得する。
1,921 8 30 豊田佐吉が、前年に自身の出願した環状単流原動機の特許(第39749号)を取得する。
1,921 9 カミーロ・カスティリオーニが、BFWの買収オファーを出す。しかし、所有者の1人が買収を渋った為、カスティリオーニが初代BMW社長フランツ・ポップに依頼し、ポップがBFWは死に体であると其の1人を説得し、翌年輸送用機器製造メーカーのクノールブレムゼ社への買収が実現した。
1,921 9 25 此の日から3日間、アメリカ自然史博物館(ニューヨーク市マンハッタン区アッパー・ウエスト・サイド)にて、古生物学者で地質学者のヘンリー・フェアフィールド・オズボーンを議長、アレクサンダー・グラハム・ベルを会長とし、第2回国際優生学会議が開催される。元々は西暦1,915年にニューヨークで開催される予定であったが、第一次世界大戦で優生学研究が中断していた為、其れを再開させる意図があった。アメリカ国務省が世界中の識者に招待状を送った。主賓のレオナルド・ダーウィンは、優生学の必要性を唱え、以下を訴えた。
①不適格者の排除
②恵まれない者の大家族の抑制
③恵まれた者の大家族の奨励
1,921 11 9 ベニート・ムッソリーニが、第3回イタリア戦闘者ファッシ大会にて、イタリア戦闘者ファッシを改組し「ファシスト党」を結党する。
1,921 11 10 マーガレット・サンガーが「ABCL(アメリカ産児制限連盟)」を設立する。
1,921 11 11 此の日から7日間の予定で、プラザホテル(アメリカのニューヨーク州ニューヨーク市5番街)にて「第1回アメリカ産児制限会議」が開催される。マーガレット・サンガーを主催者とし、医師・学術者・科学者・社会改革者等が集まり、産児制限の知識共有と推進を目的とした。最初の3日間はメインセッション、其の後の4日間は、関連イベントや小規模ミーティングが行われた。主な議題は以下であった。
①無制御な繁殖の危険性と世界的な産児制限プログラムの必要性
②科学者等の発見の共有(例:非行・欠陥・依存との関係)
③母親への衛生・生理的指導、無害な避妊方法の紹介
④不妊手術の奨励(精神異常者や遺伝疾患者向け)
⑤教育プログラム:教師・牧師・編集者への啓発
⑥政治・立法:劣性繁殖を奨励する法の廃止
⑦組織化:州レベルの支援とクリニック設立
⑧国際協力:人口問題・食料供給・国家紛争との関連
講演者は主に以下であった。
①ボルチモアの活動家エディス・ホートン・フッカー
②パリ大学医師ジーガルト・アドルフス・クノップフ
③博士アリス・バトラー
④イギリス下院議員ハロルド・コックス
⑤ブロードウェイ女優
1,921 11 12 第29代アメリカ大統領ウォレン・ハーディングの提唱により、アジア太平洋の諸問題や海軍軍縮問題を討議する為の国際会議である「ワシントン会議」が、此の日から西暦1,922年2月6日迄の日程で開催される。此の会議は、日露戦争や第一次世界大戦によって日本が得た成果をアメリカ・中華民国が連携して否定する事を意図していた。
1,921 11 13 夜、ニューヨーク市警察が、タウンホール(アメリカのニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン区43番通り)にて、マーガレット・サンガーが講演を始めようとした所を急襲する。ドアをブロックし、サンガーと他の講演者をステージから引き摺り下ろし、無秩序行為の容疑で逮捕した。此れは、ニューヨーク大司教パトリック・ジョセフ・ヘイズが圧力を掛けた事によるもので、サンガーは憲法の下で集会の権利があると主張したものの、強制的に講演が中止され、200名以上の聴衆が閉じ込められた。
1,921 11 29 豊田佐吉が、豊田紡織株式会社の上海での事業を独立させ、中華民国上海极司菲尔路(現在の中国上海市長寧区万航渡路)に「株式会社豊田紡織廠」を設立する。佐吉は上海と名古屋を往復しながら、豊田喜一郎や部下と共に研究に没頭し、上海事業は成功を収め、日本での事業展開にも多大に貢献した。
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