西暦192年は、江東に覇を唱える孫氏の系譜が次代へ引き継がれた年である。孫堅が死去し、呉の甥・孫堅の長男孫策・呂範・孫河の4名が呉景に身を寄せた。孫堅は西暦190年に南陽太守張咨を斬って袁術と手を結び、西暦191年には陽人にて董卓の帳下の都督華雄を斬首して名声を高めた人物であり、其の死は関東の対董卓戦線から最も攻撃的な戦力が失われた事を意味した。孫策以下が呉景を頼った事は、後の江東における孫氏の勢力形成の出発点となる。10月には、李傕が李儒を侍中に推挙する。しかし献帝は此れを拒否した。李儒は西暦190年3月6日に董卓の命で少帝弁に毒酒を飲ませた郎中令であり、献帝が推挙を退けた背景には此の経緯が横たわっている。長安政権における人事を巡り、実権を握る側と皇帝の意向が正面から食い違った事例であった。

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年月日 出来事
192 孫堅が死去し、以下4名が呉景に身を寄せる。
①呉の甥
②孫堅の長男孫策
③呂範
④孫河
192 10 李傕が李儒を侍中に推挙する。しかし献帝は拒否した。
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