西暦1913年は、アメリカで連邦準備法が署名され、FRB(連邦準備制度)が設立された年である。同年には所得税法も成立した。ジョン・ロックフェラーはフレデリック・テイラー・ゲイツの働きかけによりロックフェラー財団を設立し、医療の近代化に巨額の資金を投じた。イタリアではプラダ兄弟がミラノで革製品店フラテッリ・プラダ(PRADA)を開業し、ドイツではBMWの前身となるラップ発動機工場社がミュンヘンに設立された。アメリカではアメリカ癌制御学会(ASCC)が設立され、産児制限活動家マーガレット・サンガーが工場ストライキに関連して逮捕された。

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≈は「頃」を意味しています。

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年月日 出来事
1,913 イギリスがインド産アヘンの中国への輸出を禁止する。
1,913 フレデリック・テイラー・ゲイツの長男フレデリック・ラモント・ゲイツがジョンズ・ホプキンス大学を首席で卒業し、ロックフェラー医学研究所の研究員に推薦で入所する。
1,913 本年時点でノブマズットは、ヴォルガ川(現在のロシア・カザフスタン)に存在した160隻の石油運搬船の内72隻を所有していた。
1,913 EROのフィールドワーカーの会議から「優生学研究協会」が派生する。初代会長にはチャールズ・ダベンポートが就いた。
1,913 以下2名の兄弟が、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア(イタリアのロンバルディア州ミラノ)に革製品専門店「フラテッリ・プラダ」を開業する。スーツケースやバッグ等を取り扱った。
①マリオ・プラダ
②マルティーノ・プラダ
1,913 ハーバート・フーヴァーが、ボヘミアンクラブに入会する。
1,913 東京瓦斯電気が「東京瓦斯電気工業株式会社」に社名変更する。ガス灯から電灯への移行期に、電気製品分野にも進出した。
1,913 5 20 航空機メーカーのフルークヴェルク・ドイツ社のミュンヘン支店が、シュライスハイマー通りにて、航空エンジン生産用に設立される。支配人・業務責任者としてカール・ラップが就いた。
1,913 2 第2代玄洋社社長進藤喜平太の手配により、里見甫が通っていた修猷館中学(現在の福岡県福岡市早良区西新)を、孫文が訪問する。里見は、孫の前で柔道を披露した。
1,913 4 1 アメリカの産児制限活動家マーガレット・サンガーが、工場ストライキ中のピケットラインで徘徊したとして逮捕される。サンガーは、ヘイズルトン(アメリカのペンシルベニア州ルザーン郡)の刑務所に収監され、約1週間を過ごした。其処では、鉄格子から毎朝11時にパンが1本だけ支給され、1日1食であった。又、水2杯が洗浄用と飲用として与えられた。洗浄用の盆は支給されず、毛布等の覆い物も与えられなかった。櫛・ブラシ・石鹸・タオルや外部からの食べ物の持ち込みも認められなかった。トイレの悪臭が強くなった際、看守に流す様訴えたが聞き入れられなかった。其処で、ティンカップを使って排泄物を通路に打ちまけた。すると、市長室に流れ込み、看守達が駆け込んで来た。そして、受刑者達に今何をしているのか尋ねた。直ぐに数人の看守が掃除し、床を磨いて消毒した。独房には蜚蠊等の虫が入り込み、支給されたパンを鼠に食べられる等した。
1,913 3 里見甫が修猷館中学を卒業する。
1,913 5 14 フレデリック・テイラー・ゲイツの働き掛けにより、ジョン・ロックフェラーがニューヨークにて「ロックフェラー財団」を設立する。此れにより、ロックフェラーが特定の受益者に小額の資金を分配する遣り方から、十分な資金を持つ専門家が運営する財団によって、どの改革分野が適切かを判断する大規模なプロセスへと移行した。ゲイツは、ロックフェラー財団の理事会メンバーとして、総額約500,000,000ドルの分配を監督し、医療の近代化、特に教育改革・治療法の発見の為の研究支援・鉤虫症の様な国家の生産性を低下させる衰弱性疾患の体系的な根絶によって、最も大きな影響を与える事が出来るとして、ロックフェラーに対し、健康関連の取り組みに重点を置く事を奨励した。又ロックフェラー財団は、BSHの避妊・母体衛生・性教育に関する研究と教育プロジェクトに資金提供を行なった。更に、ジョン・ロックフェラーの妻ローラ・スペルマン・ロックフェラーも、此のプロジェクトを熱心に推進し「全国の女子学生に対する社会衛生教育の推進」に対し25,000ドルを寄付した。
1,913 5 22 ロックフェラー財団主導で、ハーバード大学の卒業生・教職員・理事会によって構成されるニューヨークに所在するメンバーシップであるハーバードクラブによって、ASCC(アメリカ癌制御学会)が設立される。ASCCは後に、承認された医師以外が癌を治療する事を違法とする法律を作り、本来の癌治療を違法とし、承認された癌治療から多額の利益を得た。
1,913 6 30 ジョセフ・ブルース・イズメイがインターナショナル・マーカンタイル・マリン・カンパニーの会長職及びホワイト・スター・ラインの会長職を辞任する。
1,913 9 里見甫が、第2代玄洋社社長進藤喜平太の計らいにより、福岡市からの留学生として、東亜同文書院(現在の中国上海市徐匯区虹橋路)に入学する。東亜同文書院は、近衛篤麿によって西暦1,901年に前身の南京同文書院を開校させた事に始まる学校で、当初は各府県から派遣する特待生のみが入学出来、官費で学ぶ事が出来た。だが此の頃は、若干の私費留学生も受け入れていた。里見家は貧しく、特待生になると官費で上海に留学出来、10日毎に中国の銀貨で1圓が支給される事から、必要な県か市の推薦を里見が進藤に頼み込んだ事で入学が実現した。先輩とマンツーマンのペアを組まされ、中国語の四音の発音の特訓で扱かれた。里見は中国語の他にも、政治経済を学び、中国進出の基盤を築いた。
1,913 10 27 以下2名が、資本金200,000マルクで「ラップ発動機工場社」を、ミルベルツホーフェン(現在のドイツのバイエルン州ミュンヘン市)に設立する。
①カール・ラップ
②西暦1,892〜1,902年迄バイエルン銀行頭取を務めたユリウス・アウスピッツァー
1,913 12 23 ロスチャイルド家がクーン・ローブ商会やJ.P.モルガン商会を動かし、ウッドロウ・ウィルソンが第47代アメリカ財務長官カーター・グラス及び上院議員ロバート・オーウェンによる連邦準備法に署名しFRBが設立される。多くの議員がクリスマス休暇を取っている間に上院、下院で法案が通過していた。株主はロスチャイルド系銀行、ロックフェラー系銀行を始めとする、英米国際金融資本家であった。ドル札はFRBの許可を得て、アメリカ政府が印刷コストを負担し、財務省が印刷している。此れによりロスチャイルド家はアメリカの通貨発行権と管理権を手中に収める事となる。FRBの株は以下3家等が全て所有し、アメリカ政府は一切持っていない。
①モルガン家
②ロスチャイルド家
③ロックフェラー家
又、所得税法も成立した。此れにより、アメリカ国債を担保にFRBを通じてアメリカ政府に貸し付けた米ドルは、国民の所得税により返済が担保される事となった。
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