西暦1912年は、タイタニック号が沈没した年である。ホワイト・スター・ラインの豪華客船はサウサンプトンを出港後、ニューファンドランド沖で氷山に衝突し、救命ボートの不足もあって1500名以上が犠牲となった。アメリカではウッドロウ・ウィルソンが第28代大統領に選出され、ロンドンではレオナルド・ダーウィンを主宰者として第1回国際優生学会議が開かれ、ウィンストン・チャーチルやアーサー・バルフォアも参加した。万国阿片会議では万国阿片条約が締結され、日本ではマツダ創業者・松田重次郎が松田製作所を設立した。イタリアではベニート・ムッソリーニが社会党の日刊紙アヴァンティ!の編集長に就いた。

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年月日 出来事
1,912 イルクーツク(現在のロシア)で第1回シベリア・シオニスト会議が開催される。
1,912 チャールズ・ダベンポートが米国科学アカデミーの会員に選出される。又、以下からの資金提供を得た。
①ロックフェラー財団
②カーネギー財団
③ハリマン財閥
1,912 フレデリック・テイラー・ゲイツが医学研究や教育の分野に傾倒し始める。又、ジョン・ロックフェラーの経営顧問を退任した。しかし其の後も、多数のロックフェラー系企業の役員を務め、ジョン及びジョン・ロックフェラー・ジュニアへの経営に関するアドバイスを行っていた。
1,912 第一次世界大戦が起きる事が分かっていたフランス・ロスチャイルド商会が、所有していたロシア帝国の石油会社をスタンダード・オイルとライバル関係にあったロイヤル・ダッチ・シェルに以下の金額で売却する。
①27,500,000ルーブル
②パリのシェル信託の株式の20%
1,912 高橋是清が、ジェイコブ・シフの助言を基に、東京市債のニューヨーク市場での発行と、日本興業銀行株の海外市場での売り出しを行う。
1,912 ウェスチングハウス・チャーチ・カー&カンパニーが、ウォーデンクリフに備え付けられた機械設備に関し、ニコラ・テスラに対して23,500ドルを支払う判決を得る。其の後、此の機械設備は撤去された。テスラは住居を確保する為に、ホテル「ウォルドルフ・アストリア(アメリカのニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン区ミッドタウン)」経営者ジョージ・ボルトにウォーデンクリフの2つの抵当権を与え、20,000ドルのホテル代の支払いを保証していた。テスラは、此の件が公になれば、全てのプロジェクトが台無しになると考え、抵当権を記録しない様要請した。
1,912 松田重次郎が、松田式喞筒合資会社を退職し、大阪府大阪市北区上福島村(現在の大阪府大阪市福島区)に新たに松田製作所を設立する。
1,912 1 23 万国阿片会議にて、万国阿片条約が締結される。主に以下の内容を規定した。
①生アヘンの生産、及び分配の取締の法制化
②煙膏の製造、取引、使用の禁止
③アヘンやヘロイン、モルヒネ等の製造、販売、輸出入を医学用途に制限する
④中国及び極東諸国への密輸を禁制する為の必要な措置
⑤禁制薬物の所持を犯罪と見做す
1,912 3 31 タイタニック号中央部のボイラー室にあった石炭庫の石炭で出火が発生する。本来消火ホースで消火したり、石炭をバンカーや炉に移動させなければならないが放置され、外板部の強度が低下した。
1,912 4 10 ホワイト・スター・ラインの所有する乗客約2,219名を乗せたタイタニック号が、ニューヨークへ向けてサウサンプトン(現在のイギリスのサウス・イースト・イングランド)を出港する。到着予定は西暦1,912年4月16日であった。同船内の左舷側の、プロムナードデッキとシガーホルダー付きのバスルームを完備した最上級スイートルームのB52・54・56号室には以下3件のキャンセルの末、ジョセフ・ブルース・イズメイが入った。
①カーネギー・スチール社元会長ヘンリー・クレイ・フリックが予約するが、地中海クルーズで妻が捻挫した事を理由にキャンセルした。
②フリックの次にジョン・モルガンが予約するが、病気を理由にキャンセルする。しかし此れは詐病であり、同船就航当時エジプトからイタリアを経由してフランスへ向かう経路で旅行に行っており、イタリアでは愛人に会い、エクス・レ・バン(現在のフランスのサヴォワ県)では、朝のマッサージと硫黄泉に興じていた。又、モルガンの所持していた数々の美術品も運搬予定であったが、此れもキャンセルした。又、乗船予定であったモルガンの知人数名もキャンセルした。
③モルガンの次にJ・H・ハーディング夫妻が予約するが、タイタニック号よりも早い便であるイギリスのキュナード・ラインの客船「モーリタニア号」が手配出来た事を理由にキャンセルした。
最終的にモルガンと親交のある55名がキャンセルした。ジョージ・ワシントン・ヴァンダービルト2世&イーディス・ストイフェサント・ドレッサー夫妻も直前にキャンセルした。
1,912 4 11 タイタニック号がシェルブール(現在のフランスのマンシュ県シェルブール・アン・コタンタン)に寄港する。
1,912 4 11 タイタニック号がクイーンズタウン(現在のアイルランドのコーク県コーヴ)に寄港する。
1,912 4 14 午前、イギリスの海運会社キュナード・ラインのカルパチア号の船長アーサー・ロストロンがタイタニック号へ向けて6通の警告を発する。タイタニック号船長エドワード・ジョン・スミスは自分で判断せず、ジョセフ・ブルース・イズメイに判断を求めた。しかしイズメイは、其の警告を開示しなかった。又、最もタイタニック号の近くを航行していたイギリスのレイランド・ラインの蒸気船カリフォルニアン号は氷山で身動きが取れなくなった為、タイタニック号の通信士に知らせるが「煩い」と無視された。他にも数隻の船からタイタニック号へ向けて無線で氷山の警告が有ったが、タイタニック号は此れを無視し、スペックの42.596km/hに迫る40.744km/hで航行していた。
1,912 4 14 22時、20時以降タイタニック号のマストの上の見張り台の勤務に就いていた以下2名が交代となり非番となる。
①ジョージ・サイモンズ
②アーチー・ジュエル
マストの上の見張り台の勤務には以下2名が就いた。
①フレデリック・フリート
②レジナルド・リー
双眼鏡のケースの鍵が船内に無かった為使用出来ず、見張りは肉眼で見るしか無かった。リーは氷山に気付いた直後にブリッジに警告を送ったが無視された。
1,912 4 14 23時40分、タイタニック号の右舷がニューファンドランド島(現在のカナダのニューファンドランド・ラブラドール州)沖の氷山に激突する。エドワード・ジョン・スミスは乗客の避難誘導よりもジョン・ジェイコブ・アスター4世等の一等船室を訪れる事を優先した。救命ボートが20隻、1,178名分しか用意されておらず、船内に取り残された乗客が1,500名程度発生した。本来64隻のボートを搭載する予定であったが、ジョセフ・ブルース・イズメイ等により、40→32→20隻へと搭載予定隻数が減らされていた。
1,912 4 15 2時20分、タイタニック号が沈没する。結果、706名が生還し、FRB設立と第一次世界大戦に反対していた以下3名を含む1,513名が死亡した。死因は主に溺死・低体温症である。
①ジョン・ジェイコブ・アスター4世
②イジドー・ストラウス
③ベンジャミン・グッケンハイム
又、ジョージ・ワシントン・ヴァンダービルト2世&イーディス・ストイフェサント・ドレッサー夫妻の使用人も死亡した。また、ヴァンダービルト2世達の荷物はタイタニック号に積まれていた為、沈没した。
1,912 7 24 此の日から6日間、ホテル・セシル(現在のイギリスのロンドンのシティ・オブ・ウェストミンスター)にて、チャールズ・ダーウィンの息子でイギリス優生学会会長のレオナルド・ダーウィン主宰の第1回国際優生学会議が開催される。此のホテルは前年1月17日に死去したフランシス・ゴルトンに捧げられたものだった。ダーウィンは冒頭の挨拶で「人間の品種改良の原理原則を導入するには道徳的勇気が必要である」と述べた。又、アメリカ育種家協会の優生学委員会によって任命された同委員会の幹事ブリーカー・ヴァン・ワジェネンは、アメリカの強制不妊手術法について語り、強制不妊手術が欠陥のある生殖質を断つ最良の方法であるとし、遺伝子の構成に欠陥がある人間を社会から排除する事を要求した。更に、以下の人間を社会不適合者とし、アメリカの国勢調査のデータを挙げ「刑務所・病院・精神病院に住む人は630,000名で、人口の1%に当たり、3,000,000名の劣悪な血液を持つ人々がまだ施設に入所していない、更に人口の10%に当たる70,000,000名が、遺伝性疾患を持つ。此の様な人々は、有用な市民の親になる能力が無い」と述べた。
①精神障害者
②癲癇を持つ者
③盲人
④聾唖者
⑤奇形者
⑥犯罪者
主な参加者は以下の通り。
①海軍大臣ウィンストン・チャーチル
②第33代第一海軍卿フランシス・ブリッジマン
③アーサー・バルフォア
1,912 9 豊田自動織布工場が稼働を開始させる。織機200台を設置できる工場であったが、資金難により、以下の織機しか導入出来なかった。
①織幅129.5㎝の普通織機92台
②自動織機8台
しかし翌年には100台を追加導入し、200台体制となった。同社は資金難であった。此の状況を打開する為に豊田佐吉は、自身と古巣の豊田式織機株式会社の間の特許権使用に関する契約を改め、特許権の同社への譲渡と其の対価の一時金による支払いを求めた。三井物産が仲介し、3者の関係の見直しが行われ、豊田は資金難を脱する事に成功した。
1,912 11 5 第32回アメリカ大統領選が行われ、ウッドロウ・ウィルソンが第28代アメリカ大統領に選出される。下馬評では共和党ウィリアム・タフトが有利とされていたが、セオドア・ルーズベルトが共和党を離党し、所得税反対を掲げる共和党員を率い「進歩党」を結党する事で票を割り、ウィルソンの当選をアシストした。また、3候補は全員クーン・ローブ商会の共同経営者から資金提供を受けていた。
①ウッドロウ・ウィルソン(民主党)
ポール・ウォーバーグ
ジェイコブ・シフ
②ウィリアム・タフト(共和党)
ポール・ウォーバーグの従兄弟フェリックス・ウォーバーグ
③セオドア・ルーズベルト(進歩党)
オットー・カーン
1,912 12 1 ベニート・ムッソリーニがイタリア社会党の日刊紙「アヴァンティ!」の編集長に任命される。事実上の党指導部の一員となった。
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