西暦1907年は、ニューヨークで金融恐慌(1907年恐慌)が発生した年である。銅株の買占め失敗に端を発した取り付け騒ぎは各地の銀行・信託会社に波及し、ジョン・モルガンが私財と人脈を動員して収拾に当たった。この経験が後のFRB(連邦準備制度)設立の契機となった。同年にはオランダ領東インド石油開発会社とシェル運輸貿易会社が統合してロイヤル・ダッチ・シェルが誕生し、アメリカではインディアナ州で世界初の断種法が可決された。日本ではトヨタの源流となる豊田式織機株式会社と、ダイハツの源流となる発動機製造株式会社が設立され、後者は年末に日本初の国産エンジンを完成させた。

以下の暦は全て西暦に変換しています。 日本の旧暦 / 中国の旧暦 / ユダヤ暦 / ヒジュラ暦 / ソビエト連邦暦 / フランス革命暦

≈は「頃」を意味しています。

皇室献上品 高級トイレットペーパー 皇室献上品 高級トイレットペーパー
年月日 出来事
1,907 ジョン・ロックフェラーがGEBに32,000,000ドルの資金提供を行う。
1,907 本年末時点でノブマズットがロシア帝国内の灯油販売量の75%を占める。
1,907 フランス・ロスチャイルド商会が、ロシア・アジア銀行を通じた資金提供により、以下の組織の支配権を獲得する。
①アブシェロン石油会社
②シホボ
③メリコフ
④ロシア石油協会
1,907 第11代大蔵大臣阪谷芳郎が、第2回四分利付英貨公債の借り換えをロスチャイルド家に打診する。
1,907 フレデリック・テイラー・ゲイツが、GEBの理事会の議長に就任する。
1,907 ヴィルヘルム・マイバッハが、DMGの監査役会と経営方針を巡って対立し、DMGを退職する。
1,907 2 鮎川義介が日本に帰国する。自身の大叔父の井上馨に可鍛鋳鉄の将来性に就いて説明していた。
1,907 2 9 豊田商会の後継会社である「豊田式織機株式会社」が、資本金1,000,000円で設立される。日露戦争による好景気の中で、豊田佐吉が西暦1,905年に改良した三十八年式動力織機が爆発的に売れた事で、三井物産が、東京・大阪・名古屋の有力財界人が資金提供し、豊田の織機と其れによる綿布を世界中に売り出す事を豊田に提案し、豊田が其れを受け入れた事が背景として有った。社長には大阪合同紡績会社社長の谷口房蔵が就任した。豊田は常務取締役技師長に就任し、発明・研究を続けた。豊田商会の従業員・工場・設備・特許権は、全て豊田式織機株式会社の所有となった。
1,907 2 17 深井英五にフランス政府宛に交渉終了の短文の手紙を書かせると、高橋是清が清書してフランス当局に渡し、フランスを見限る。
1,907 2 24 オランダ領東インド石油開発会社とシェル運輸貿易会社が一本化し、ロイヤル・ダッチ・シェルが設立される。
1,907 3 五分利付英貨公債が無担保で発行される。条件は以下で、西暦1,904年の第1・2回六分利付英貨公債の整理を目的とした。イギリス・ロスチャイルド商会とフランス・ロスチャイルド商会のシンジケートによって、ロンドンとパリで調達された。
①発行額:23,000,000ポンド
②年利回り:5%
以下の金融機関等が引き受けた。
①パース銀行
②香港上海銀行
③横浜正金銀行
④ロスチャイルド家
⑤ロスチャイルド・フレール銀行
1,907 3 1 以下の人間等が、内燃機関の国産化を目指し「発動機製造株式会社」を設立する。
①大阪高等工業高校校長安永義章
②大阪高等工業高校機械科長鶴見征四郎
③実業家で安永の東大時代の同窓である岡實康(専務取締役)
④実業家で安永の東大時代の同窓である桑原政(取締役)
⑤竹内善次郎
1,907 3 22 イギリスとフランスのロスチャイルド家を中心に第6回ポンド建ての日本公債が発行される。西暦1,985年に完済された。
発行金額:23,000,000ポンド(イギリスとフランスの折半)
クーポン:5%
償還期間:40年
発行価格:99.5ポンド
1,907 4 9 世界初の不妊手術に関する法律である「断種法」がアメリカのインディアナ州議会の上院(賛成:28・反対:16)・下院(賛成:59・反対22)で可決される。西暦1,899〜本年にかけてインディアナ州立矯正施設で「非行少年のマスターベーションを抑える為」という名目で465名に精管切除による断種を実行した、精管切除の手術法発明者で同施設医師のハリー・C・シャープがロビー活動を行っていた。これにより断種法がアメリカ合衆国憲法に抵触しない事が判明し、以降アメリカの他の34州で断種法が施行された。
1,907 5 1 豊田佐吉が、前年に自身の出願した自動杼換装置の特許(第12059号)を取得する。
1,907 5 6 豊田佐吉が、自身の発明した豊田式綻絖の特許出願を行う。
1,907 5 10 高橋是清と深井英五が、日露戦争に纏わる全ての資金調達を終えて帰国する。
1,907 5 16 豊田佐吉が、同年に自身の出願した豊田式綻絖の特許(第12125号)を取得する。特許権者は豊田式織機株式会社であった。
1,907 5 28 豊田佐吉が、前年に自身の出願した環状織機の特許(第12169号)を取得する。
1,907 7 バクー・バトゥミ間の石油パイプラインが稼働を始める。982800t/年の輸送能力があり、全長885kmは当時としては最長であった。
1,907 7 三井物産の支店長諮問会が開かれる。日本の織物業の先行きと、豊田式織機株式会社の支援の現状に就いての観測は楽観的であった。
1,907 7 23 アトランティックシティ(アメリカのニュージャージー州)にて、此の日から6日間、ユダヤ人シャトークア協会の第11回夏季集会が開催される。ジェイコブ・シフは「ユダヤ人にとっての約束の地はアメリカであり、パレスチナでは無い。アメリカはユダヤ人の一時的な避難所では無い」という主旨の発言をし、ユダヤ人移民のアメリカ定着に注力した。
1,907 10 アメリカ発の恐慌の影響を受け、日本国内の景気も、日露戦争後の反動も相まって悪化する。綿織物業界の内需・輸出も不振に陥り、豊田式織機株式会社の受注は減少に転じた。
1,907 10 14 ユナイテッド銅社の株主兼役員のオットー・ハインツが、弟の銅山王と呼ばれたアメリカのモンタナ州シルバーボウ郡ビュートのF・アウグスタス・ハインツ等に指示を出し、ユナイテッド銅社株の買占めを謀る。アウグスタス製氷会社の設立や蒸気船会社の買収等で成功を収めていた銀行家チャールズ・モースと親しい間柄であった。
1,907 10 16 F・アウグスタス・ハインツ等によるユナイテッド銅社株の買占めが同社の株価暴落により失敗に終わり、F・アウグスタス・ハインツが頭取であったマーカンタイル・ナショナル銀行を始め、買占めに資金を提供したとされる銀行で取り付け騒ぎが発生する。又、オットーの指示で大量のユナイテッド銅社株を購入していた証券会社グロス・クリーバーグ商会が営業停止に追い込まれ、恐慌が始まった。
1,907 10 22 ニッカーボッカー信託銀行で取り付け騒ぎが発生し、営業停止に追い込まれる。J.P.モルガン商会が「此の銀行は危ない」と、噂を流していた。
1,907 10 22 破綻寸前のアメリカ信託会社の社長がジョン・モルガンに助けを求める。夕方、以下の者がモルガンの下に集った。コーテルユーは、国庫金を銀行に預託する用意があると述べた。
①ファースト・ナショナル・バンク頭取ジョージ・ベーカー
②ナショナル・シティ・バンク頭取ジェームズ・スティルマン
③第44代アメリカ財務長官ジョージ・コーテルユー
深夜、モルガンはバンカーズ信託会社の業務責任者であったベンジャミン・ストロング等に翌日の昼迄にアメリカ信託会社を監査する様指示した。
1,907 10 23 夜、ジョン・モルガンが他の信託会社社長等を招集し、深夜迄説得して8,250,000ドルを確保し、アメリカ信託会社の破綻を回避する。
1,907 10 24 朝、ジョージ・コーテルユーが25,000,000ドルをニューヨークの複数の銀行に預け入れると発表する。
1,907 10 24 ニューヨークの銀行・信託各社が取り付けを恐れ手元の現金残高を守ろうとした為、其れ迄日々の株取引を促進する為に行われていた短期貸付の金利が高騰した。此の資金供給の欠乏により株価暴落の恐れが生じた為、13:30にニューヨーク証券取引所会長ランサム・トーマスがジョン・モルガンの事務所に駆け込み「証券取引所を早く閉めなければならない」と話したがモルガンは取引所をいつもより早く閉めたりしたら市場はかえって大混乱に陥ると言った。トーマスが取引所に戻って直ぐ、モルガンはニューヨークの各銀行の頭取にモルガンの事務所に至急集まるように要請した。14時過ぎに事務所に集まった頭取達に10分以内に25,000,000ドルを用意しないと少なくとも50の証券会社が営業停止に追い込まれると伝えた。此れを受け、2時16分までに14の銀行の頭取が取引所閉鎖を回避する為として23,600,000ドルを用意した。現金は2:30に取引所に運び込まれ、30分後の3時に定時で取引所が閉まった時には19,000,000ドルが貸し出されていた。
1,907 10 27 夕方、ジョン・モルガンのパートナーのジョージ・パーキンスが、ニューヨーク市が西暦1,907年11月1日までに少なくとも20,000,000ドルの資金を準備しなければ破産してしまう事をニューヨーク市職員から告げられる。通常債券を発行して資金調達を行ったが、危機を回避するのに十分な額を集める事が出来なかった為である。
1,907 10 28 此の日から翌日に掛けて、ジョン・モルガンがニューヨーク市長・市幹部等と会談し、30,000,000ドルの市債を購入し、ニューヨーク市の破産を回避する。
1,907 11 2 ムーア・シュレイ証券会社が、TC&I社(テネシー石炭鉄鋼鉄道会社)の株を担保に多額の負債を抱え倒産寸前である事をジョン・モルガン等が知る。朝、ムーア・シュレイ証券会社の倒産を防ぐ為に書斎で緊急会談を開き、モルガンが深く関わるUSスチール社が、TC&I株を取得する提案が為され、TC&I普通株を担保に5,000,000ドルを貸し付けるか、90ドル/株で株を取得するかの2つの案が検討されたが、結論は出ず19時に会談は終了した。
1,907 11 3 午後から夕方にかけて以下の者が集まり、USスチール社とTC&I株の取り引きに就いて協議し、買収計画を纏める。
①ジョン・モルガン
②ジョージ・ベーカー
③ジェームズ・スティルマン
④ジョージ・パーキンス
⑤USスチール社エルバート・ゲイリー
⑥USスチール社ヘンリー・クレイ・フリック
深夜、ゲイリーとフリックは特別列車でニューヨークからワシントンD.C.へと向かった。
1,907 11 4 以下の4名が会談を開き、USスチール社によるTC&I社買収に就いて検討し、ルーズベルトは買収を黙認する事となった。
①第26代アメリカ大統領セオドア・ルーズベルト
②第38代アメリカ国務長官エリフ・ルート
③エルバート・ゲイリー
④ヘンリー・クレイ・フリック
1,907 12 発動機製造が、日本初の国産エンジン「6馬力吸入ガス発動機」を発明する。
皇室献上品 高級トイレットペーパー 皇室献上品 高級トイレットペーパー