西暦1905年は、日露戦争が講和で終わり、ウォーデンクリフ・タワーが完成した年である。9月4日、ポーツマスで講和条約が結ばれ、樺太が北緯50度線を境に北はロシア帝国、南は日本へ分割され、南満洲鉄道の権益がロシア帝国から日本へ譲渡された。8月10日の会議開始に際しては、ロシア全権セルゲイ・ウィッテとアメリカのユダヤ人代表との会合が開かれ、ジェイコブ・シフも5名の一人として臨んでいる。西暦1875年にクーン・ローブ商会のパートナーとなり、西暦1906年に明治天皇へ謁見する事となる人物である。西暦1855年2月7日の日露和親条約が択捉島と得撫島の間に境を引き、西暦1875年5月7日の樺太・千島交換条約が線を引き直した其の島が、再び分けられた事になる。11月12日にはエドワード・ヘンリー・ハリマンが第11代首相桂太郎と日米共同で南満洲鉄道を経営する協定の覚書を交わした。西暦1893年の恐慌でジェイコブ・シフと提携した鉄道王である。戦費は英貨公債で賄われた。3月に第1回四分半利付英貨公債が発行額30,000,000ポンド・年利回り4.5%で、7月に第2回が同条件で、11月28日には第2回四分利付英貨公債が発行額25,000,000ポンド・年利回り4%で無担保で発行され、パース銀行・香港上海銀行等が引き受けている。西暦1899年の第1回四分利付英貨公債、西暦1903年2月24日のニューヨークでの不首尾を経て、調達の道は開かれた事になる。ロシアでは1月22日、司祭ゲオルギー・ガポン率いる労働者とその家族140,000名が生活苦の救済や制憲議会召集を訴える請願書を持ってサンクトペテルブルクの冬宮へ行進したが、待機した軍隊の一斉射撃で多数の死者を出した。1月13日にはバクー油田の労働者のストライキが終了し、夜勤と掘削隊の労働時間を8時間、其れ以外を9時間とする事、給与を80カペイカから1ルーブルへ引き上げる事等を勝ち取っている。西暦1873年に噴いた油の現場で、働く側が条件を得た事になる。技術では、ニコラ・テスラがジョン・モルガンから150,000ドルの資金提供を受けてショアハムへ建設していた「ウォーデンクリフ・タワー」が完成した。無線送電・無線通信・放送を目的とする「世界システム」の中核である。4月18日には西暦1900年5月16日に申請した無線電信システムに関する特許が認可され、6月にはブルックリン・タイムズ・ユニオン紙が地球を導体として利用し地球上の任意の2点間で通信出来るという主張を掲載した。一方で9月6日、テスラはコロラドスプリングスでの研究に於ける未払いの請求書に関する裁判へ出廷し、資金を得る為に同地の研究所を売却して180ドルを支払う様命じられている。西暦1903年7月14日にモルガンが資金提供を断ってから二年、塔は建っても金は尽きていた。石油では5月26日にアルフォンス・ド・ロスチャイルドが死去した。西暦1883年5月16日にバクーの権益を得、西暦1898年にマズット貿易・輸送会社を興した当主であり、事業は弟エドモン・バンジャマン・ド・ロスチャイルド等が引き継いだ。日本では1月に豊田佐吉が縦糸の送り出し装置を備えた木鉄混製の堅牢な「豊田式三十八年式織機」を発明し、1月19日には前年出願の織機の特許を取得した。3月22日に鹿島が、7月4日に香取が進水し、9月11日には下関を出発した関釜連絡船の最初の便である1,600t級旅客船の壱岐丸が11時間30分の航海の末に釜山港へ到着している。西暦1876年2月26日の日朝修好条規で開かれた釜山であった。又、ヴィッカース・サンズ&マキシム社がテルニ製鉄所を含むイタリアの3社と連携して合弁会社「ヴィッカース・テルニ社」を設立し、ハンス・ウィルスドルフがハットンガーデンへ時計商社「ウィルスドルフ&デイビス」を設立して時計の輸入販売を開始した。西暦1891年8月2日に死去したジャン・エグラーの機械を輸入し、時計製造販売も行っている。6月30日にはジョン・ロックフェラーがGEBへ10,000,000ドルの資金提供を行い、9月には鮎川義介が芝浦製作所を退職して11月にアメリカへ向かった。

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≈は「頃」を意味しています。

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年月日 出来事
1,905 ハンス・ウィルスドルフが、ハットンガーデン(現在のイギリスのロンドンのカムデン区ホルボーン)に時計商社の「ウィルスドルフ&デイビス」を設立し、時計の輸入販売を開始する。又、ジャン・エグラーの機械を輸入して時計製造販売も行った。
1,905 ニコラ・テスラが、自身の計画した「世界システム」と呼ばれる無線送電・無線通信・放送を目的とし、ジョン・モルガンから150,000ドルの資金提供を受けてショアハムに建設していた「ウォーデンクリフ・タワー」が完成する。しかし、資金が尽きて工事が停止し、構造体を残して、中身が未完の儘従業員は解散した。
1,905 ヴィッカース・サンズ&マキシム社が、テルニ製鉄所を含むイタリアの3社と連携し合弁会社「ヴィッカース・テルニ社」を設立する。第二次世界大戦では自動砲「40mmヴィッカース・テルニ」をイタリア海軍に供給した。
≈ 1,905 1 豊田佐吉が、縦糸の送り出し装置を備えた、木鉄混製の堅牢な「豊田式三十八年式織機」を発明する。
1,905 1 13 バクー油田の労働者のストライキが終了する。交渉の結果以下の条件を勝ち取った。
①夜勤と掘削隊の労働時間を8時間とする
②其れ以外の労働者の労働時間を9時間とする
③給与の80カペイカから1ルーブルへの引き上げ
④月4日の有給休暇の導入
1,905 1 19 豊田佐吉が、前年に自身の出願した織機の特許(第8320号)を取得する。
1,905 1 22 ロシア帝国のサンクトペテルブルクで、司祭ゲオルギー・ガポン率いる労働者とその家族140,000名は、生活苦の救済、制憲議会召集などを訴える第14代ロマノフ朝皇帝ニコライ2世へ宛てた請願書を持って冬宮へ行進したが、待機した軍隊の一斉射撃で死者1,000名以上、負傷者2,000名以上を出した。
1,905 3 第1回四分半利付英貨公債が発行される。条件は以下で、煙草専売金を担保とし、軍事費を目的とした。
①発行額:30,000,000ポンド
②年利回り:4.5%
以下の金融機関が引き受けた。
①パース銀行
②香港上海銀行
③横浜正金銀行
④パンミュア・ゴードン商会
⑤クーン・ローブ商会
1,905 3 22 鹿島が進水する。
1,905 4 18 ニコラ・テスラが西暦1,900年5月16日に申請した、無線電信システムに関する特許(US787,412)が認可される。
1,905 5 4 ニコラ・テスラが西暦1,888年5月1日に取得した交流モーター基本特許が期限切れとなる。此れにより、交流方式に由来する権利が完全に失われた。
1,905 5 26 アルフォンス・ド・ロスチャイルドが死去する。アルフォンスが手掛けていたロシア帝国の石油事業は以下2名が対処した。
①アルフォンスの弟でジェームス・ド・ロスチャイルドの四男のエドモン・バンジャマン・ド・ロスチャイルド
②石油会社経営者ジョージ・アーロン
また、カスピ海・黒海石油産業貿易会社の取締役会は以下の3名で構成された。
①アルフォンスの娘ベアトリス・エフルッシ・ド・ロスチャイルドの夫モーリス・エフルッシ
②A・G・グルジンスキー
③アーノルド・フェイグル
1,905 6 ブルックリン・タイムズ・ユニオン紙が、地球を導体として利用し、地球上の任意の2点間で通信出来るというニコラ・テスラの主張を掲載する。ウォーデンクリフの工場から、ブルックリン・タイムズ・ユニオン紙のオフィスの電動モーターや大型印刷機を動かす事が出来た事が書かれた。
1,905 6 30 ジョン・ロックフェラーがGEBに10,000,000ドルの資金提供を行う。
1,905 7 第2回四分半利付英貨公債が発行される。条件は以下で、煙草専売金を担保とし、軍事費・公債整理を目的とした。
①発行額:30,000,000ポンド
②年利回り:4.5%
以下の金融機関等が引き受けた。
①パース銀行
②香港上海銀行
③横浜正金銀行
④クーン・ローブ商会
⑤ウォーバーグ商会
⑥ドイツ銀行
今回初めてウォーバーグ商会とドイツ銀行が参加したが、此れはジェイコブ・シフが、ウォーバーグ商会とドイツ・アジア銀行を高橋是清に紹介した事が切っ掛けで、以下2名は、第9代プロイセン国王兼第3代ドイツ皇帝のヴィルヘルム2世から日本への投資の許可を得て、ヴィルヘルム2世のヨットに乗り、英貨公債募集に参加した。
①マックス・モリッツ・ウォーバーグ
②第2代ドイツ銀行頭取アーサー・フォン・グウィナー
1,905 7 4 香取が進水する。
1,905 8 10 日露講和会議が、ポーツマス(アメリカのニューハンプシャー州)で開始される。ロシア帝国全権代表として参加した、第13代大蔵大臣を務めたセルゲイ・ウィッテとアメリカのユダヤ人代表との会合が開かれた際、ジェイコブ・シフは、5名のユダヤ系アメリカ人代表の1人として出席し「ロシア帝国がユダヤ系ロシア帝国民の正当な権利を拒み続ければ、アメリカ国民のロシアに対する好意は大きく損なわれる事になる」と発言した。此れを受けてウィッテは、ユダヤ人政策の改善を約束した。更にシフは、西暦1,832年に調印された米露通商条約の破棄を求めた。西暦1,875年頃から、ロシア帝国がユダヤ系アメリカ人の入国を制限し、ビザ発給を拒否する様になった為である。
1,905 9 鮎川義介が芝浦製作所を退職する。
1,905 9 4 ポーツマス(アメリカのニューハンプシャー州)で講和条約が結ばれ、樺太が北緯50度線を境に北はロシア帝国、南は日本に分割され、南満洲鉄道の権益がロシア帝国から日本に譲渡された。エドワード・ヘンリー・ハリマンは、南満洲鉄道を買収し、合弁会社とすべく動いた。其の際ジェイコブ・シフは支援し、日本に売却を働き掛けた。此の南満洲鉄道買収計画は、駐韓アメリカ公使秘書兼副領事を務めていたウィラード・ストレートが練ったもので、ハリマンがシベリア横断鉄道を買収しようとしていた頃にソウルを訪れた際、ストレートはハリマンに此の計画を話した。ハリマンが関心を寄せた為、ストレートは、清に並々ならぬ関心を寄せていたシフに話を通した。又、ロシア帝国海軍は、日本に敗北した事で新しい装備を必要としたが、バジル・ザハロフはツァリーツィン(現在のロシアのヴォルゴグラード)に兵器生産複合施設を建設する事で対応した。ハリマンは、今後日本政府が、日露戦争の戦費調達の為に発行した外国借款の返済に苦労するだろうと見越し、其の買収を申し込んだ。実際日本は其の後、賠償金を取れず、且つ相場よりも高い利回りで公債発行した事が災いし、多額の債務に苦しめられる事となった。又、ヴィッカース・サンズ&マキシム社は両陣営に様々な兵器を供給し、日本は同社のイギリスの造船所で建造された高価な戦艦や兵器を購入した事で重荷を背負った。又ロシア帝国にも、バルチック艦隊壊滅後の海軍再建の為に190,000,000ポンドの高利融資が為され、再建の為の作業は同社の工場・造船所で行われた。
1,905 9 6 ニコラ・テスラが、コロラドスプリングスでの研究に於ける未払いの請求書に関する裁判に出廷する。此の件に関しテスラは何度も訴えられていた。テスラは、資金を得る為に、コロラドスプリングスの研究所を売却し、判決に於ける180ドルを支払う様命じられた。翌年には、其の研究所の機器の一部がオークションに掛けられた。此れに加えて、西暦1,905年5月4日の特許失効によりロイヤリティが無くなり、株式市場の暴落によってウォーデンクリフ・タワーの建築資材が2倍に高騰した事から、ウォーデンクリフ駅の建設を断念した。又、十分な投資家を見つけられなかった事も相まって、プロジェクトは中止された。此の頃テスラは体調が悪く、直近の20年間、過労と睡眠不足による神経衰弱に何度も見舞われていた。軈て、プロジェクトが中止となった事を知ったエンジニア達がウォーデンクリフの研究所にやって来る様になった。管理人が居る場合は、研究所の見学を許可された。以下が稼働時の儘存在していた。
①機械工場
❶複雑な機械機構
❷吹きガラス設備
❸旋盤8台
②展示ケース
❶X線装置
❷テスラコイル
❸ラジコンボート
❹1,000個以上の電球とチューブ
③計器室
❶発電機
❷変圧器
❸電線
❹ケーブル
④図書館
⑤オフィス
1,905 9 11 下関を出発した関釜連絡船の最初の便である1,600t級旅客船の壱岐丸が、11時間30分の航海の末、釜山港に到着する。
1,905 10 14 フィンチェンツォ・ランチアが、アメリカのヴァンダービルト・カップに参戦する。序盤の約181.9kmを115.9km/hで駆け抜け、トップを走っていたが、第8周でミシュランのタイヤステーションから出る所をウォルター・クリスティの車に後方から追突され、後輪2本の修理に30〜40分を要して優勝を逃し、4位に終わった。
1,905 11 鮎川義介が、アメリカの客船「ダコタ丸」の4等船室に乗船し、アメリカへ向かう。
1,905 11 12 エドワード・ヘンリー・ハリマンが第11代首相桂太郎と日米共同で南満洲鉄道を経営する協定の覚書を交わす。
1,905 11 28 第2回四分利付英貨公債が無担保で発行される。条件は以下で、公債整理を目的とした。
①発行額:25,000,000ポンド
②年利回り:4%
以下の金融機関等が引き受けた。
①パース銀行
②香港上海銀行
③横浜正金銀行
④N・M・ロスチャイルド&サンズ(シンジケートを通じて6,500,000ポンドを発行)
⑤クーン・ローブ商会
⑥ウォーバーグ商会
⑦ドイツ銀行
⑧ロスチャイルド・フレール銀行(シンジケートを通じて12,000,000ポンドを発行)
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