西暦1895年は、日清戦争が終結した年である。威海衛の戦いで清の北洋艦隊が降伏したのち、4月に伊藤博文・陸奥宗光と李鴻章の間で下関条約が結ばれ、清は朝鮮の独立を認め、遼東半島・台湾・澎湖諸島を日本に割譲し、多額の賠償金を支払うことになった。しかし直後にフランス・ドイツ・ロシアが三国干渉を行い、日本は遼東半島を清に返還した。同年11月、アルフレッド・ノーベルは物理学・化学・生理学医学・文学・平和の5分野の賞に財産を充てる遺言を残し、後のノーベル賞の礎となった。日本では西郷従道が海軍拡張計画をまとめ、パリでは紳士靴店ベルルッティが創業した。

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年月日 出来事
1,895 アメリカの発明家のチャールズ・シーバーガーが階段状の昇降装置に対し、ラテン語のScala(階段)と英語のElevator(エレベーター)を組み合わせてEscalator(エスカレーター)と名付ける。
1,895 後藤新平が児玉源太郎に乞われ台湾総督府衛生顧問となる。以降台湾アヘンに直接関わる事になった。
1,895 ドイツの優生学者アルフレート・プレッツが「人種衛生学の基本指針」を出版し、人種に基づく優生学理論を提唱する。
1,895 アレッサンドロ・ベルルッティが、オーダーメイドの紳士靴店「ベルルッティ」をパリで創業する。
1,895 松田重次郎が、養父と共に鉄工所を設立する。しかし、経営に失敗した。以降松田は、以下を転々とした。
①長崎三菱造船所
②佐世保海軍工廠
③呉海軍工廠
1,895 1 20 旅順を占領していた日本陸軍の第2軍の一部の部隊が、日本海軍連合艦隊との共同作戦により、海路を使って山東半島栄城湾への上陸を開始する。
1,895 1 30 清国軍が威海衛(現在の中国山東省)の砲台や威海衛港内の艦船から日本軍に対する砲撃を行う。やがて日本軍も占領した砲台から清国側の砲台や艦船に対する砲撃を始め、双方の間で激しい砲撃戦となる。この日の内に、日本軍は威海衛南岸の全ての砲台を占領し、続いて北岸の砲台への攻撃を開始する。
1,895 1 31 清から戸部左侍郎張蔭桓と湖南巡撫邵友濂が講和の為に広島に到着。しかし、日本政府から全権委任状の不備が指摘された事で交渉は早期に打ち切られ、2名の使節は帰国する。
1,895 2 2 威海衛軍港陸岸が日本軍の占領下となる。
1,895 2 12 清北洋艦隊提督丁汝昌が自決する。その後清の1隻の砲艦が白旗を掲げ、日本軍に降伏文書を届ける。内容は清の艦船や砲台、兵器の全てを日本軍に明け渡す事を申し出る一方、清国軍に同行している外国人(軍事顧問等)の生命の安全を保障する事を請うもので、丁汝昌から連合艦隊司令長官伊東祐亨に宛てたものであった。
1,895 2 14 豊田佐吉が、前年に自身が出願した糸繰返機に基づく特許(第2472号)を取得する。特許明細書に記載された住所は「名古屋市朝日町12番戸」寄留であった。
1,895 豊田佐吉が、糸繰返機を販売する為に「豊田商店」を、愛知県名古屋市朝日町(現在の愛知県名古屋市中区錦付近)に設立する。
1,895 3 19 清の欽差頭等全権大臣李鴻章と欽差全権大臣李経方が山口県赤間関市(現在の下関市)に到着する。
1,895 3 20 日本と清の全権委員による講和会議が春帆楼という割烹旅館で開始される。清側が、両国間での戦闘を早急に停止すべく休戦条約の締結を求めた。
1,895 3 21 第2回講和会議で日本側が、休戦の条件として以下を提示したが、清側はこれを拒絶する。また日本側も譲歩しなかった。
①太沽、天津、山海関等の日本軍の占領及びこれらの地にいる清国軍の全装備の日本軍への引き渡し
②天津―山海関間鉄道の日本軍による管理
③休戦期間中の日本軍の軍費の清国軍による負担
1,895 3 23 日本軍が澎湖諸島(現在の台湾)に上陸を開始する。
1,895 3 24 第3回講和会議が開かれたが、休戦条約の内容は纏まらず、法的には交戦状態のまま講和交渉に移行する事となった。会議終了後、李鴻章は春帆楼から宿泊先の引接寺に帰る途上で、小山豊太郎に銃撃され、顔面を負傷する。
1,895 4 1 第4回講和会議では、李鴻章は病床から李経方に指示を出していた。
1,895 4 10 第5回講和会議で李鴻章が復帰する。日本側は既に占領した遼東半島に加え、台湾と澎湖島の割譲を盛り込んだ講和条約案を提示したが、清国側は台湾の割譲に反発した。これに対し日本側全権委員伊藤博文は譲歩しなかった。
1,895 4 17 伊藤博文、外相陸奥宗光と李鴻章、李経方の間で日清講和条約が締結される。主な内容は以下の通り。
①清が朝鮮を完全無欠なる独立自主の国であると認める
②清が日本に遼東半島、台湾、澎湖諸島を割譲する
③清が日本に200,000,000テールの賠償金を支払う
④清が新たに沙市・重慶・蘇州・杭州の4港を開港する
⑤日本と清が通商航海条約を締結する
1,895 4 23 フランス第三共和政、ドイツ帝国、ロシア帝国の駐日公使が東京の外務省を訪れ、日本に対し、清への遼東半島の返還を求める。
1,895 4 24 遼東半島の返還に応じなかった場合、返還を求める三国からの軍事的干渉を受ける可能性が高いと判断し、御前会議を開き協議する。
1,895 5 外務省の林董が特命全権公使となり、清へ赴任する。
1,895 5 8 芝罘(現在の中国山東省煙台市)で日清講和条約の批准書交換が、清側の延期要請を拒否し行われる。
1,895 7 西郷隆盛の弟で初代海軍大臣の西郷従道が、200,000,000円以内で建造可能な建艦計画として、以下を建造する「海軍拡張計画」を閣議に提出し、承認を得る。
①一等甲鉄戦艦:4隻
②一等巡洋艦:4隻
③二等巡洋艦:3隻
④三等巡洋艦:2隻
⑤水雷砲艦:3隻
⑥水雷母艦兼工作船:1隻
⑦水雷駆逐艇:12隻
⑧一等水雷艇:16隻
⑨二等水雷艇:37隻
⑩三等水雷艇:10隻
1,895 10 1 銀行家ポール・ウォーバーグがソロモン・ローブの娘ニーナ・J・ローブと結婚する。
1,895 11 8 遼東還付条約が林董と李鴻章の間で締結される。内容は以下の通り。
①日本から清への遼東半島の返還
②清は西暦1,895年11月16日に、返還の代償金として日本側に銀三千万両を支払う
③代償金の受け渡しの日から3ヶ月以内に、日本軍が遼東半島から撤退する
1,895 11 27 アルフレッド・ノーベルが、3番目にして最後の遺言で、以下の分野に於ける賞に自分の財産を充てる事を宣言する。
①物理学
②化学
③生理学・医学
④文学
⑤平和
そして、家族に内緒で財産の大半を信託に預けた。ノーベルは此の時には既に狭心症を発症しており、愛人ヘスには、絶え間ない体の痛み・重度の偏頭痛・麻痺する程の疲労を訴える書簡を送っており、鬱病も抱える等、健康状態に問題が有った。
1,895 12 ロシア政府により、露清銀行の銀行定款が承認される。
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