西暦1886年は、自動車の誕生の年として知られる年である。ドイツのカール・ベンツがガソリンエンジンで走る車両の特許を取得し、夏にはマンハイムで3輪のベンツ・パテント・モーターカー(モデルNo.1)のテスト走行を行った。アメリカではジョージア州アトランタでコカ・コーラ社が設立され、当時の飲料には原料としてコカの葉が用いられていた。同年5月にはシカゴを中心に8時間労働制を求める統一ストライキが起こり、これが後のメーデーの起源となった。イギリスはビルマをインド帝国に併合し、東南アジアでの支配を広げた。

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≈は「頃」を意味しています。

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年月日 出来事
1,886 ロシア帝国で、排水量1224tの砲艦マンジュールが建造される。
1,886 キーストン・ウォッチ・カンパニーがランカスター・ウォッチを買収する。
1,886 マキシム機関銃に目を付けたバジル・ザハロフが、ハイラム・マキシムに接触する。本年から西暦1,888年に掛けてザハロフは、マキシムが自身の開発したマキシム機関銃の性能を証明しようとした以下のデモに関与し、マキシム機関銃への評価を矮小化する為の工作を行なった。
①最初のデモはラ・スペツィア(イタリアのリグーリア州)にて行われた。マキシムとトールステン・ノルデンフェルト社の機関銃が、第4代ジェノヴァ公フェルディナンド王子を含む著名な観客の前で披露される筈であったが、前日の夜に、ザハロフの関係者がラ・スペツィアに居たマキシムの関係者を待ち伏せして行く手を阻んだ所為で、マキシムの代表者は出席出来なかった。
②2回目のデモはウィーンで行われ、出展者はオーストリア歩兵の標準サイズの弾丸に適合させる為の武器の修正を求めた。数百発撃った後、マキシム機関銃は完全に停止する前に不安定になった。マキシムが何が起こったのかを確認する為に1挺を分解した所、破壊されているのに気付いた。しかし、気付くのが遅かった為、修復する時間は無かった。
③3回目のデモは前回と同様にウィーンで行われた。今回はマキシム機関銃は完璧に動作した。しかし、ザハロフの関係者がやって来て「此の様な素晴らしい武器を製造するのに必要な職人技は、一度に1つずつ手作業でのみ達成可能であり、大量生産の手段が無ければ、現代の軍隊のニーズを満たすのに十分な量のマキシム機関銃は決して製造出来ない」と説得した。
ノルデンフェルトとザハロフの目論見通り、マキシム機関銃は思う様に売れなかった。
1,886 1 1 ビルマ(現在のミャンマー)が、イギリス領インド帝国に併合され植民地となる。以降ビルマ・タイ・ラオスがメコン川(現在の中国・ミャンマー・ラオス・タイ・カンボジア・ベトナム)で接する高地にてケシ栽培が行われる様になり、麻薬の密造地帯として「黄金の三角地帯」と呼ばれる様になった。
1,886 1 29 カール・ベンツが、ガソリンエンジンで駆動される車両の特許(第37435号)を申請する。
1,886 5 1 合衆国カナダ職能労働組合連盟がシカゴ(アメリカのイリノイ州クック郡)を中心に8時間労働制要求の統一ストライキを行う。
1,886 5 8 コカ・コーラ社がアメリカのジョージア州アトランタで設立される。当時はコカインを含むコカの葉が使用されていた。
1,886 7 3 カール・ベンツが、マンハイム(現在のドイツのバーデン・ヴュルテンベルク州)環状道路にて、1気筒4ストロークエンジン(出力0.75馬力)の3輪のベンツ・パテント・モーターカー(モデルNo.1)を運転し、テスト走行を実施する。カールの長男ウーゲン・ベンツは、車両の信頼性がまだ低く、燃料切れのリスクが有った為、予備のガソリン缶を携行して、走って並走した。此のテスト走行は、新バーデン地方新聞に報じられた。
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