西暦1873年(明治6年)は、後の大英帝国の植民地政治家セシル・ローズが、南アフリカでのダイヤモンド事業をパートナーのラッドに託してイギリスへ渡り、オックスフォード大学オリオル・カレッジに入学した年である。学術面では、イギリスの数学者ウィリアム・シャンクスがジョン・マチンの公式を用いて円周率を707桁まで計算した(後に527桁までが正しいと判明)。エネルギー史では、ロシア帝国領のバクーで最初の油井が噴出して油田開発が本格化し、ロバート・ノーベルがビビ・エイバート油田と製油所を取得して石油事業に乗り出した。金融界では、フランクフルトのロスチャイルド家と縁の深いシフ家のジェイコブ・シフが、父モーゼスの死を機に生まれ故郷フランクフルトへ戻り、後の盟友エイブラハム・クーンと出会った。インドの実業家アルバート・サスーンはロンドン市の自由民の称号を授けられた。

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≈は「頃」を意味しています。

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年月日 出来事
1,873 ロシア帝国のバクー(現在のアゼルバイジャン)で最初の油井が噴出する。
1,873 「ロンドン&ハンゼアティック銀行」が設立され、ジェイコブ・シフが同行ハンブルク支店支店長に就任する。
1,873 セシル・ローズが、オックスフォード大学の構成カレッジの1つである、オリオル・カレッジに入学し、本年から西暦1,881年迄断続的に通う。西暦1,874年に1学期だけ滞在し、西暦1,876年に2学期目の滞在を行った。其の間、チャールズ・ダネル・ラッドがダイヤモンド取引等の業務を管理した。美術評論家ジョン・ラスキンの講義に影響を受けた。
1,873 貿易商である叔父の仕事を手伝っていたバジル・ザハロフが、コンスタンティノープルからロンドンへの商品の輸出の際、店の資金を横領した事が発覚し、法廷に召喚される。コンスタンティノープル出身のロンドンのギリシャ人達は、自分達のコミュニティの人間が関係する紛争はイギリスの法廷外で解決する事を望んだ。ザハロフは原告に100ポンドの賠償金を支払い、法廷の管轄内に留まる事を条件に釈放された。ザハロフは直ぐにアテネへ向かい、ステファノス・スクルディスと出会った。雄弁なザハロフは、ロンドンでの訴訟の正当性を訴え、スクルディスを説得する事に成功した。
1,873 アルフレッド・ノーベルが、ゲーストハッハトからパリ16区のマラコフ通りに引っ越す。パリに住んでいる間、プロテスタントの1つのルター派であったノーベルは、ウプサラ大学の教会に定期的に通い、司祭ナータン・セーデルブロムの指導を受けていた。
1,873 ジェイコブ・シフが、ロンドン・ハンザ銀行ハンブルク支店支店長に就任する。
1,873 以下2名が結婚する。
①アロイス・シックルグルーバー
②アンナ・グラスル・ヘーラー
ヘーラーの父は国家公務員として高い地位にあった。ヘーラーは病弱であった為、シックルグルーバーは、ヘーラーを助ける為に、自身の住んでいたブラウナウ・アム・イン(現在のオーストリアのオーバーエスターライヒ州)にヨハン・ネポムク・ヒュットラーの孫娘クララ・ヒュットラーを呼び寄せた。其の後シックルグルーバーは、フランツィスカ・マッツェルベルガーと関係を持つ様になった。
1,873 フレデリック・テイラー・ゲイツが、ロチェスター大学(アメリカのニューヨーク州)の古典課程に上級編入する。しかし其の後、カンザス州に戻り2年間独学した。
1,873 1 4 チャールズ・ダーウィンが、フランシス・ゴルトンに以下の内容の書簡を送る。
フレイザーに対して大変感謝します(フランシス・ゴルトンによる「遺伝的改善」、「フレイザーズ・マガジン(西暦1,873年1月、116頁)」。私は貴方の記事に大変興味を引かれました。カーストが自然に形成され、近親結婚に繋がるという考え(「私の目的は、広範な調査と結果の公表という単なるプロセスによって、自然に才能のある人々の間でカーストの感情を築き上げ、システムがしっかり根付く前に、彼等に適度な社会的恩恵と優先権を与える事です。其れ以上でも以下でもなく、国家に対する彼等の重要性の正確な尺度を正しく知った人々が合理的だと思う程度のものです」(同書、同所、123ページ))は、私にとって全く新しいものであり、他の人々にとってもそうでしょう。しかし、私は貴方程楽観的ではありません。貴方が提案する協会(ゴルトン氏は「或る協会が3つの科学的サービスを担うべきだ」と提案している。第一に、適度な数の影響力の有る地方機関を通じて、人間の遺伝に関する事実への継続的な調査を実施する事。第二に、動物や植物のブリーダー向けの遺伝情報センターとなる事。第三に、収集された事実を議論し分類する事(同書、同所、124ページ)。)は恐ろしく労力の掛かる仕事になるでしょうし、効率的な労働者を得られるかどうかも疑わしいです。現在でも、家族内の狂気や悪行がかなり隠蔽されていますし、登録簿が有れば更に増えるでしょう。しかし、最大の難しさは、誰が登録に値するかを決める事だと思います。健康・強さ・道徳・知能で平均以上の人々はどれ程少ない事か。特に後者の点で判断するのはどれ程難しい事か。私が見る限り、同じ大きな優れた家族内でも、登録に値する子供は僅かしか居ません。そして彼等は自然に自分の家族に固執するので、異なる家族の優れた子供達が多く交流し、カーストを形成する良い機会は無いでしょう。私は此れ程多くの難しさを見ていますが、目的は壮大なものです:そして貴方は、人間種の改善における唯一の実現可能な、しかし私はユートピア的だと恐れる手順の計画を指摘しました。私はもっと信頼を置く傾向があります(此れは貴方の計画の一部ですが)、遺伝の極めて重要な原則の重要性を広め、強調する事に。私は1つか2つの小さな批評をします。マラリアの国々の住民が、劣化し惨めな外見を負っているのは、「構造の経済」では無く、悪い大気によるものではないでしょうか?其れが彼等を殺さないとしても。正顎の顔が前顎の顔よりコストが掛かるとは思えませんし、良い道徳が悪い道徳より掛かるとも思いません。あの彫像の欠片についての比喩(119頁)は素晴らしいものです(「...個人の生命は絶対的に重要で無いものとして扱われ、種族は全てです:自然は前者を、後者の維持と進化への貢献者として以外は全く気に掛けません。何十億もの未熟な生命が、私達の最善の判断では無駄で無謀な方法で生み出され、数少ない選ばれた標本が生き残り、次の世代の親となるのです。其れは、芸術家が粗い塊から理想的な形を彫り出す際の鑿から落ちる無意味な欠片の様に、個人の生命が全く考慮されない様なものです」(同書、同所、119頁)。):しかし、自然は個体よりも種族をより注意深く扱う訳では無いでしょうし(私が貴方の意味を誤解していると思いますが)、絶滅した種族や種の多さによって証明されている様に。自然は優れた個体だけを気に掛け、其れから新しいより良い種族を作る、と言う方が真実ではないでしょうか? しかし、私達はドゥ・カンドルが言った後で、「自然」という言葉を此れ程自由に使うのを両者とも震え上がるべきです。再び、貴方のエッセイを読んで得た興味に対して感謝します。兎に就いてありがとう:貴方の手紙はバルフォアに送りました:彼は非常に賢い若者で、其の賢さをソールズベリーの血統に負っていると思います。此の手紙は貴方が解読する価値はないでしょう。私はグレッグの「謎」を殆ど読み終えました(「生命の謎」、西暦1,872年)。其れは壮大な詩ですが――私には余りにもユートピア的で、信仰に満ち過ぎているので、かなり失望しました。貴方はどう思われますか? 彼は魅力的な人物に違いありません。貴方が登録簿上の家族をどの様に純粋又は優位に保ち、時間と共に更に改善するかを明確にしているかどうかを疑います。
1,873 3 ロバート・ノーベルがバクーを訪れ、ビビ・エイバート油田及び当地の製油所を購入し、石油事業を開始する。
1,873 4 イギリスの数学者ウィリアム・シャンクスが円周率に関し西暦1,706年・1,794年に用いられたジョン・マチンの公式を用い527桁の精度を得る。当初707桁を達成したが、西暦1,945年にD.F.ファーガソンが541桁まで計算を行い、シャンクスの誤りを指摘した。それまではシャンクスの計算は信用されていた。
4 arctan 1 5 -arctan 1 239 = 4 π
π=3.1415926535897932384626433832795028841971693993751058209
74944592307816406286208998628034825342117067982148086513282
30664709384460955058223172535940812848111745028410270193852
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1,873 8 24 ロスチャイルド家のブローカーであった、ジェイコブ・シフの父モーゼス・シフが死去する。此れを受け、ジェイコブは、ハンブルクに所在するウォーバーグ銀行から誘いを受けていたものの、生まれ故郷のフランクフルトへ戻り、其処でエイブラハム・クーンと出会い、外国為替取引の知識を認められた。
1,873 11 本年イギリスを訪れたアルバート・サスーンが、ロンドンの自由民の称号を与えられる。サスーンは其の後、イギリスに定住し、以下2ヶ所に住居を構えた。
①アルバート・ゲート(イギリスのロンドンのシティ・オブ・ウェストミンスター)
②ブライトン(イギリスのサウス・イースト・イングランド)
エドワード7世は頻繁にサスーンの下を訪れた。其の後サスーンは、グレートブリテンのユダヤ人コミュニティに参加し、ユダヤ慈善団体をの寄付を惜しまず、ロンドンのアングロ・ユダヤ協会の副会長を務めた。
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