以下の暦は全て西暦に変換しています。 日本の旧暦 / 中国の旧暦 / ユダヤ暦 / ヒジュラ暦 / ソビエト連邦暦 / フランス革命暦
≈は「頃」を意味しています。
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| 年月日 | 出来事 | |||
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| 1,865 | アメリカのマサチューセッツ州でキダー・ピーボディ証券が設立される。ジョージ・ピーボディはこの一族である。 | |||
| 1,865 | ジョルジュ・ファーヴル・ジャコがル・ロックルに時計工房を立ち上げ、「ゼニス」を設立する。 | |||
| 1,865 | エイブラハム・クーンとソロモン・ローブが、サミュエル・ウォルフと共に、経営するクーン・ネッター社を衣料品事業から銀行事業に転身させる。 | |||
| 1,865 |
アルフレッド・ノーベルが、爆発の起爆に水銀を使う方法を導入する。ノーベルは此の発明の特許を取得し、世界各地を旅して、以下にニトログリセリンの製造工場を建設し、世界中に出荷した。 ①ストックホルム ②ハンブルク ノーベルは本年からゲーストハッハト(現在のドイツのシュレースヴィヒ・ホルシュタイン州)に住み始めた。 |
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| ≈ | 1,865 |
ウォーレン・デラノ・ジュニアが、以下の会社で要職に就く。 ①銅鉱山を運営するユニオン鉱業会社(取締役、アメリカのメリーランド州マウント・サベージ及びテネシー州) ②炭鉱会社であるデラノ石炭会社(社長、アメリカのペンシルベニア州インディアナ郡) グレイストン・コークス工場(アメリカのペンシルベニア州インディアナ郡)を買収・運営し、石炭採掘とコークス生産を主業とした。 ③石炭採掘会社であるヴィントン炭鉱会社(取締役会長、アメリカのペンシルベニア州) デラノ石炭会社と連携して運営された。 |
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| 1,865 | ヴィルヘルム・マイバッハが、ブルーダーハウス技術主任ゴットリープ・ダイムラーと知己を得る。 | |||
| 1,865 | 1 |
ジャーディン・マセソン商会が、アヘン取引で稼いだ資金をイングランド銀行に安全に送金する事を意図し、払込資本金2,500,000ドルで「香港上海銀行」を設立する。以下の人間が発起人を人選した。 ①トーマス・サザーランド ②デント商会 ③オーガスティンハード商会 ④ラッセル家 ⑤サスーン商会 選ばれた発起人は以下の15名である。 ①フランシス・チョムリー(デント商会) ②G・F・バーネット(ライアル・スティル&カンパニー) ③R・ブランド(アダムソン・ベル&カンパニー) ④J・B・エンドコット(ホリデー・ワイズ&カンパニー) ⑤ジョージ・ヨハン・ヘランド(ジョン・バード&カンパニー) ⑥アルバート・ファーリー・ヒアード(オーガスタイン・ヒアード&カンパニー) ⑦ヘンリー・ベバリー・レマン(ギルマン&カンパニー) ⑧ダグラス・ラプライク(ダグラス・ラプライク&カンパニー) ⑨P・ライリー(ターナー&カンパニー) ⑩アーサー・サスーン(サスーン商会) ⑪ルストムジー・ドゥンジェーシャウ(ルストムジー・ドゥンジェーシャウ&カンパニー) ⑫パランジー・フラムジー(パルランジ・フランジ・サンズ&カンパニー) ⑬ウォルデマール・ニッセン(シエムセン・アンド・カンパニー) ⑭トーマス・サザーランド(P&O蒸気航海会社) ⑮ウィリアム・アダムソン(ボルネオカンパニー・リミテッド) そして、デイヴィッド・サスーンの五男でネイサン・メイヤー・ロスチャイルドの義理の兄であるアーサー・サスーンは同行の筆頭株主となり、清に鉄道網を張り巡らせた。又アーサーは、エドワード7世と親しくした。 |
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| 1,865 | 1 | 6 | 江戸幕府がレオン・ロッシュを老中諏訪忠誠の屋敷に招き、老中水野忠精、老中阿部正外、諏訪、ロッシュの四者で会談を行う。幕府はフランスとの協定を強固にする為に使節の派遣を申し出て、フランスもこれを了承した。これが後の柴田剛中を組頭とした遣欧使節となる。またロッシュは、先に造船の技術者として推薦したレオンス・ヴェルニーが上海での仕事を終え来日する予定なので、ヴェルニーが到着した際は、幕府が現在保有している製鉄機械類を見た上で、不足する分があれば遣欧使節に、フランスに於いて購入して貰う事を提案し、幕府側もこれに賛同した。また老中達は、懸念していた造船所の建設費用に関し、幕府の財政状況が厳しい事をロッシュに訴え、生糸のフランスへの輸出で活路を見出そうとした。しかしロッシュは疑念を生むとして躊躇し、結論は出なかった。 | |
| 1,865 | 1 | 21 | 筆之丞が死去する。 | |
| 1,865 | 2 | 13 | 鹿児島藩で視察員4名と、鹿児島藩開成所を中心に留学生15名が選ばれ、留学渡航の藩命が下される。 | |
| 1,865 | 2 | 15 | 使節団長の新納に率いられ鹿児島を出発し鹿児島藩留学生一行16名は、苗代川(現在の鹿児島県日置市美山)に一泊する。 | |
| 1,865 | 2 | 16 | 鹿児島藩留学生一行16名は市来湊から船に乗って羽島に渡る。留学生一行はトーマス・ブレーク・グラバーが用立てた船に乗船する事となっており、その船が長崎から羽島沖に迂回される事になっていた。 | |
| 1,865 | 3 | 3 | 香港上海銀行香港本店が営業を開始する。同行は、アヘン貿易商社の資金融通や、送金の請負業務を行い、実質的な香港の中央銀行として機能した。 | |
| 1,865 | 4 | 香港上海銀行上海支店が営業を開始する。 | ||
| 1,865 | 4 | 9 | アメリカ連合国が降伏する。アメリカ連合国将軍アルバート・パイクはエイブラハム・リンカーンに恩赦を申請した。 | |
| 1,865 | 4 | 14 |
22時14分、フォード劇場(アメリカのワシントンD.C.ノースウェスト)2階の特別ボックスにて、以下3名と共に「我等のアメリカの従兄弟」を観劇中であったエイブラハム・リンカーンが、ゴールデン・サークル騎士団のメンバーであるジョン・ウィルクス・ブースに銃撃される。 ①メアリー・トッド・リンカーン ②ヘンリー・ラスボーン ③クララ・ハリス ラスボーンとハリスは、アメリカ軍将軍ユリシーズ・グラント夫妻が来れなくなった事による代役であった。又、此の銃撃には以下の人間も加担していた。 ①アルバート・パイク ②第3代アメリカ連合国国務長官ジュダ・ベンジャミン ③ジョン・スライデル ④アメリカ有色軍志願兵部隊大佐ジョージ・ウィリアム・ベアード ⑤トーマス・ウィリアム・ハウス・シニア |
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| 1,865 | 4 | 14 | イギリス渡航に係る手続きの為長崎に滞在していた五代友厚、寺島宗則、堀孝之の3名が羽島に到着し、鹿児島藩留学生一行と合流。 | |
| 1,865 | 4 | 15 | 朝、エイブラハム・リンカーンが死去する。此れにより、第16代アメリカ副大統領で、フリーメイソンのアンドリュー・ジョンソンが、第17代アメリカ大統領に就任した。 | |
| 1,865 | 4 | 16 | 乗船する蒸気船オースタライエン号が羽島沖に現れる。その後、荷物を積み込み鹿児島藩留学生一行は、羽島沖で停泊する船内で寝る事となる。 | |
| 1,865 | 4 | 17 | 鹿児島藩留学生一行が昼前にイギリスへ向けて出航する。 | |
| 1,865 | 4 | 21 | 鹿児島藩留学生一行が夕刻に香港に到着する。ガス燈で彩る香港の夜景に見惚れた彼らは、感嘆の声を上げる。同時に、薩英戦争時に戦ったイギリス戦艦ユーリアラス号が停泊していた事にも驚く。洋服を仕立て上陸した彼らは、紅茶を飲んだり、時計を買ったりとそれぞれ香港の街を満喫した。 | |
| 1,865 | 4 | 26 | イギリス外務次官エドマンド・ハモンド(初代ハモンド男爵)が第2代駐日英国大使ハリー・パークスに対し、「日本において体制の変化がおきるとすれば、それは日本人だけから端を発しているように見えなければならない」という主旨の書簡を送る。 | |
| 1,865 | 4 | 29 | P&O汽船会社の客船マドラス号に乗り換えた鹿児島藩留学生一行が香港を発つ。マドラス号は、乗船人数250名、客室30室の蒸気客船で食堂、浴室、トイレが完備されていた。洋式の便器を初めて見た五代友厚は、きれいな陶器に水が流れる便器を見て、洗面器と勘違いして顔を洗った、と後に財部実行は述べている。 | |
| 1,865 | 5 | 1 |
ヴォルフ電報局が会社組織に改組され株式公開する。主な株主は以下である。 ①ベルンハルト・ヴォルフ ②銀行家 ③プロイセン政府 プロイセン政府の支援により国内でのヴォルフの地位は磐石なものとなった。 |
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| 1,865 | 5 | 5 | 鹿児島藩留学生一行が午前中にシンガポールに到着する。彼らはここで、初めてパイナップルを食べた。味は日本の桃のようで、形は丸く少し長く、皮は松の皮に以て黄色で実は白く、漢字にすると松笠果物ではないか、と感想を述べている。 | |
| 1,865 | 5 | 6 | 鹿児島藩留学生一行がペナン島へ向けてシンガポールを出航する際、新たに20人程のオランダ人が乗船してきた。 松村淳蔵はオランダ人乗客が家族との別れの際にキスをする姿に驚いた。 | |
| ≈ | 1,865 | 6 | 幕府機関である神戸海軍操練所の解散に伴い、鹿児島藩と長崎の豪商小曽根乾堂の援助を得て、長崎の亀山(現在の長崎県長崎市伊良林)に「亀山社中」が結成される。グラバー商会と銃器の取引を開始し藩に銃器などを卸す。物資の輸送や航海訓練等も行なった。 | |
| 1,865 | 6 | 24 | アルバート・パイクが、アンドリュー・ジョンソンに恩赦を申請する。其れ迄のアメリカ憲法の解釈を破棄し「平和の為の芸術を追求し、自分の職業を実践し、本に囲まれて生活し、政治的な方法以外で仲間や人種の為に働く事を計画している」と述べた。 | |
| 1,865 | 6 | 28 | 坂本龍馬が木戸孝允と会談し、萩藩と鹿児島藩の和解を説いた。 | |
| 1,865 | 7 | 2 | 西郷隆盛が木戸孝允との会談予定を破り、そのまま京都へ向かう。 | |
| 1,865 | 7 | 21 | 西郷隆盛を説得する為中岡慎太郎、坂本龍馬が京都へ向かう。 | |
| 1,865 | 8 | 大村益次郎の勧めで、伊藤博文が坂本龍馬の甥で亀山社中の坂本直の仲介で、トーマス・ブレーク・グラバーから当時の最新式のミニエー銃(エンフィールド短小銃)4,300挺と、ゲベール銃3,000挺を92,400両で買い付ける。 | ||
| 1,865 | 8 | 6 | ジェイコブ・シフが、イギリスのロスチャイルド家の代理人としてニューヨークに到着する。其の後は、ニューヨークの商社で働き始めた。 | |
| ≈ | 1,865 | 10 | 前々月萩藩が買い付けたミニエー銃(エンフィールド短小銃)4,300挺と、ゲベール銃3,000挺が、鹿児島藩の船である「胡蝶丸」、「海門丸」で三田尻(現在の山口県防府市)へ輸送される。 | |
| 1,865 | 10 | 15 | トーマス・ブレーク・グラバーが「ユニオン号」で下関を訪れる。前々月のミニエー銃(エンフィールド短小銃)4,300挺と、ゲベール銃3,000挺の92,400両の支払いに関し、貨幣に米・麦・塩を加えて支払う事で萩藩と合意した。 | |
| 1,865 | 11 | 15 | 横須賀造船所の鍬入れ式が執り行われる。 | |