西暦1863年(文久3年)は、幕末の動乱が頂点へと向かった年である。江戸幕府が徳川家茂の上洛警護のために募集した浪士組から壬生浪士組が分かれ、近藤勇・土方歳三・沖田総司・芹沢鴨らを擁する新選組が誕生した。徳川家茂は229年ぶりに将軍として上洛し、長州では高杉晋作が身分を問わない奇兵隊を結成。八月十八日の政変では尊王攘夷派の公家と長州藩が京都を追われた。生麦事件の賠償金が支払われ、長崎には居留地商人グラバーの邸宅が完成。海外では、リンカーンが奴隷解放宣言を発して南北戦争が転機を迎え、アルフレッド・ノーベルがニトログリセリンの起爆装置を発明し、ジョン・ロックフェラーが石油精製事業へ乗り出した。

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年月日 出来事
1,863 現在の長崎市南山手町のグラバー邸が完成する。
1,863 ジョン・ロックフェラーが、パートナーと共に、投資組合(パートナーシップ)による石油精製工場を設立する。
1,863 第27代アメリカ陸軍長官エドウィン・スタントンがウェストポイント(アメリカのニューヨーク州オレンジ郡)を視察し、報告書を作成する為の訪問者委員会にウィリアム・ラッセルを任命する。他に以下2名も委員であった。
①ラルフ・ワルド・エマーソン
②ヘンリー・バーナード
1,863 アルフレッド・ノーベルがストックホルムに戻り、イマヌエル・ノーベルと合流する。其の後アルフレッドは、本年中に、火薬を使用してニトログリセリンを意図的に爆発させる、起爆装置を発明した。
1,863 以下2名が、労働者階級や技術者向けの教育・文化機関である非営利組織メカニックス・インスティテュートに対し、12,000ポンド以上の寄付を行う。
①デイヴィッド・サスーン
②デイヴィッド・サスーンの長男アルバート・サスーン
此れによりメカニックス・インスティテュートは、「サスーン・メカニックス・インスティテュート」に改称した。
1,863 1 グリーンバック紙幣の100,000,000ドルの追加発行が、アメリカ議会に認められる。
1,863 1 1 前年の奴隷解放予備宣言に対し、南部諸州に動きが無かった為、予定通り奴隷解放宣言を行う。それに伴い、イギリスが北部支持に寝返った。
1,863 1 3 江戸幕府が浪士募集策の実行の決議する。
1,863 1 31 御殿山(現在の東京都品川区北品川)に建設中のイギリス公使館が焼き討ちにされる。実行者は以下の通り。
隊長:高杉晋作
副将:久坂玄瑞
火付け役:井上馨、伊藤博文、寺島忠三郎
護衛役:品川弥二郎、堀真五郎、松島剛蔵
斬捨役:赤根武人、白井小助、山尾庸三、等
1,863 2 12 松平容保が会津藩兵1,000名を率いて入京する。
1,863 2 27 江戸幕府が、清河八郎の献策を受け入れ、徳川家茂の上洛を警護する名目で、江戸で浪士を募集、伝通院(現在の東京都文京区小石川)に300名近い浪士が集まる。この中に、近藤勇、土方歳三、井上源三郎、沖田総司、芹沢鴨がいた。
1,863 3 グリーンバック紙幣の100,000,000ドルの追加発行が、アメリカ議会に認められる。
1,863 3 3 浪士組が結成され、京都へ向けて江戸を出発する。中山道を通った。年長者や身体の弱い者は駕籠や馬の利用を許された。
1,863 3 4 浪士組一行が本庄宿に到着する。ここで、先番宿割を任されていた近藤勇が芹沢鴨の宿を取り忘れ、怒った芹沢が路上で大篝火を焚くという騒動を起こすが、近藤が池田徳太郎と共に芹沢に謝罪して解決した。
1,863 3 6 浪士組一行が松井田宿に到着する。
1,863 3 8 浪士組一行が長久保宿に到着する。
1,863 3 9 浪士組一行が下諏訪宿に到着する。
1,863 3 10 浪士組一行が奈良井宿に到着する。
1,863 3 12 浪士組一行が中津川宿に到着する。
1,863 3 14 浪士組一行が加納宿に到着する。
1,863 3 16 浪士組一行が武佐宿に到着する。
1,863 3 17 浪士組一行が大津宿に到着する。
1,863 3 18 清河八郎が、徳川家茂上洛の前衛の名目で浪士組を率い京都に到着し、壬生村(現在の京都府京都市中京区)に分宿した。夕刻、浪士組全員が新徳寺(現在の京都府京都市中京区壬生賀陽御所町)に集められ、本懐は徳川家茂の警護ではなく尊王攘夷であるという趣旨の演説を行い、その場で血判状を集め始める。
1,863 3 31 徳川家茂が、前年の和宮親子内親王降嫁の条件である攘夷決行を迫る朝廷に応えるという名目で上洛する為、3,000名を率い江戸を出発し、同日川崎に到着。
1,863 4 1 徳川家茂一行が戸塚に到着する。
1,863 4 2 徳川家茂一行が大磯に到着する。
1,863 4 3 徳川家茂一行が小田原に到着する。
1,863 4 3 芹沢鴨、近藤勇等17名が徳川家茂が江戸に帰還するまでの京都残留の嘆願書を提出する。
1,863 4 4 徳川家茂一行が三島に到着する。
1,863 4 5 徳川家茂一行が吉原に到着する。
1,863 4 6 徳川家茂一行が興津に到着する。
1,863 4 7 徳川家茂一行が駿府に到着する。
1,863 4 9 徳川家茂一行が藤枝に到着する。
1,863 4 10 徳川家茂一行が掛川に到着する。
1,863 4 11 徳川家茂一行が浜松に到着する。
1,863 4 12 徳川家茂一行が吉田に到着する。
1,863 4 13 徳川家茂一行が岡崎に到着する。
1,863 4 14 徳川家茂一行が熱田に到着する。
1,863 4 15 徳川家茂一行が桑名に到着する。
1,863 4 16 徳川家茂一行が四日市に到着する。
1,863 4 17 徳川家茂一行が亀山に到着する。
1,863 4 18 徳川家茂一行が土山に到着する。
1,863 4 19 徳川家茂一行が石部に到着する。
1,863 4 20 徳川家茂一行が大津に到着する。
1,863 4 21 徳川家茂一行が二条城に到着する。
1,863 4 29 壬生村に残留していた浪士が、松平容保の預かりとなり、壬生浪士組が結成される。
1,863 5 30 清河八郎が佐々木只三郎、窪田泉太郎等6名によって麻布赤羽橋で首を討たれた。
1,863 6 萩藩高杉晋作の発案で、奇兵隊が結成される。萩藩吉田稔麿が参加していた。
1,863 6 24 イギリス公使代理のジョン・ニールが幕府から生麦事件の賠償金100,000ポンドを受け取る。
1,863 6 27 総領事エイベル・ガウワーの斡旋で、萩藩の伊藤博文、井上馨、井上勝、山尾庸三、遠藤謹助がジャーディン・マセソン商会の船のチェルスウィック号で横浜を出港し、上海に向かう。
1,863 7 19 以下2名の間に四男レイモンド・ロジャース・ベルモントが生誕する。
①オーガスト・ベルモント
②キャロライン・スライデル・ペリー
1,863 7 28 徳川家茂一行が船で大坂を出発する。
1,863 7 31 徳川家茂一行が江戸に到着する。
1,863 9 30 萩藩を中心とする尊攘派が朝廷を動かし、挙兵討幕の手段として攘夷親征・大和行幸の詔を出させた事に対し、公武合体派の鹿児島藩が京都守護職松平容保等と謀って、機先を制し御所を警固して朝議を一変し、急進派の公家の参内を禁じた。萩藩は御所警衛の任を解かれ,三条実美ら尊攘派の公家は萩藩へのがれた。尊攘派勢力は一時衰退した。
1,863 10 14 アルフレッド・ノーベルが、「ニトログリセリンの調製方法」のスウェーデンの特許を取得する。
1,863 11 6 松平容保から新撰組を拝命し、壬生浪士組から改名する。
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