西暦1,860年は、大老井伊直弼が桜田門外に斃れ、咸臨丸と遣米使節が太平洋を渡った年である。3月24日、江戸城桜田門外で水戸藩脱藩浪士十七名と鹿児島藩士一名が彦根藩の行列を襲撃し、大老井伊直弼を暗殺した。渡米を巡っては、2月4日にアメリカ海軍の外輪フリゲート艦ポーハタン号の護衛と遠洋実習の名目で江戸幕府の軍艦咸臨丸が品川を出港した。江戸幕府は、タウンゼント・ハリスの勧めもあり、日米修好通商条約の批准書交換の為に使節団をポーハタン号に乗船させアメリカに派遣する事を決定していた。咸臨丸には軍艦奉行木村芥舟・勝海舟・福澤諭吉・主席通弁官ジョン万次郎・塩飽諸島出身の水夫等九十二名が乗船しており、2月10日に浦賀を出港して3月17日にサンフランシスコに到着した。浦賀を出港してから三十八日での到着であったが、其の内三十四日は荒天であった。木村芥舟と勝海舟は船酔いが酷く船室に篭りきりで、特に勝は三十八日の航海で三度しか船室を出なかった。咸臨丸は4月7日に日本へ向けてサンフランシスコを出港し、往路の反省から運用体制を見直して日本人乗組員の技量不足を補う為にアメリカ人乗組員を五名雇い、5月23日に浦賀に帰港している。遣米使節を巡っては、2月13日に正使新見正興・副使村垣範正・監察小栗忠順を始めとする日本使節団七十七名の乗船するポーハタン号が、ワシントンD.C.へ向けて横浜を出港した。ポーハタン号は3月28日にサンフランシスコに寄港し、5月15日には使節団の乗船するノーロック号がワシントンD.C.に到着している。途中パナマでポーハタン号から乗り換えており、其の後第15代アメリカ大統領ジェームズ・ブキャナンに謁見して、スミソニアン博物館・アメリカ議会議事堂・ワシントン海軍工廠・アメリカ海軍天文台を訪問した。5月22日には日米修好通商条約の批准書を交換している。使節団は6月8日にニューヨークへ向けてワシントンD.C.を出発し、6月16日にボルチモア・フィラデルフィアを経由してニューヨークに到着してブロードウェイでパレードを行い、五十万名の人々から歓迎された。6月28日には処女航海であったグレート・イースタン号がニューヨークに入港し、使節団は巨大な船体を見て仰天している。使節団は6月29日にナイアガラ号に乗船して日本へ向けて出港し、北大西洋・カーボベルデ・喜望峰・香港等を経由して11月9日に品川に帰港した。アメリカの政局では、4月23日から同年5月3日迄チャールストンでアメリカ民主党の全国大会が開かれ、オーガスト・ベルモントが議長を務めた。奴隷制を強く支持し南部諸州の独立を唱える南部過激派ファイア・イーターに従う形で、南部民主党員の一部が退席している。11月6日には第19回アメリカ大統領選が行われた。候補者はエイブラハム・リンカーン(共和党)・ジョン・ブレッキンリッジ(南部民主党)・ジョン・ベル(立憲連合党)・スティーブン・ダグラス(北部民主党)の四名で、反奴隷制の北部民主党と奴隷制維持の南部民主党に分裂した事により、リンカーンが南部で一州も勝てなかったにも拘らず第16代アメリカ大統領に選出された。和宮を巡っては、6月1日に幕命により京都所司代酒井忠義が九条尚忠に和宮親子内親王の将軍家降嫁を奏請し、11月30日に孝明天皇が此れを勅許している。日本では、2月に庄内藩清河八郎・幕臣の山岡鉄舟・松岡万等十五名により虎尾の会が結成され、10月17日に徳川慶喜の隠居謹慎処分が解除となった。時計では、靴職人の息子エドゥアルト・ホイヤーがサン・ティミエに時計工房「エドゥアルト・ホイヤー・ウォッチメーカーズ」を設立し、ジョヴァンニ・パネライがフィレンツェのグラツィエ橋に時計の販売店・時計工房・時計製造学校である「オフィチーネ・パネライ」を設立している。企業では、ジャーディン・マセソン商会横浜支店の英一番館が完成し、エイブラハム・クーンとソロモン・ローブが経営する商品販売会社を紳士服メーカーに転身させ「クーン・ネッター社」とし、其の後シンシナティで乾物商として成功を収めて軍服の製造・供給で財を成した。

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≈は「頃」を意味しています。

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年月日 出来事
1,860 靴職人の息子エドゥアルト・ホイヤーがサン・ティミエ(現在のスイスのベルン州)に時計工房「エドゥアルト・ホイヤー・ウォッチメーカーズ」を設立する。
1,860 肉屋・理髪店・八百屋・焼き栗屋経営者ジョヴァンニ・パネライがフィレンツェのグラツィエ橋に時計の販売店・時計工房・時計製造学校である「オフィチーネ・パネライ」を設立する。
1,860 エイブラハム・クーンとソロモン・ローブが、経営する商品販売会社を紳士服メーカーに転身させ「クーン・ネッター社」とし、其の後シンシナティ(アメリカのオハイオ州)で乾物商として成功を収め、軍服の製造・供給で財を成す。
1,860 1 ジャーディン・マセソン商会横浜支店の「英一番館」が完成する。
1,860 2 庄内藩清河八郎、幕臣の山岡鉄舟、松岡万等15名により、虎尾の会が結成される。
1,860 2 4 アメリカ海軍の外輪フリゲート艦「ポーハタン号」の護衛と遠洋実習の名目で江戸幕府の軍艦「咸臨丸」が品川を出港する。江戸幕府は、タウンゼント・ハリスの勧めもあり、日米修好通商条約の批准書交換の為、使節団をポーハタン号に乗船させ、アメリカに派遣する事を決定していた。咸臨丸には以下の人間が乗船していた。
①軍艦奉行木村芥舟
②勝海舟
③福澤諭吉
④ジョン万次郎(主席通弁官)
⑤塩飽諸島出身の水夫等92名
1,860 2 10 咸臨丸が浦賀を出港する。
1,860 2 13 以下3名を始めとする日本使節団77名の乗船するポーハタン号が、ワシントンD.C.へ向けて横浜を出港する。
①正使新見正興
②副使村垣範正
③監察小栗忠順
1,860 3 17 咸臨丸がサンフランシスコに到着する。浦賀を出港してから38日での到着であったが、其の内34日は荒天であった。木村芥舟と勝海舟は船酔いが酷く、船室に篭りきりであった。特に勝は、38日の航海で3度しか船室を出なかった。一行はお土産として、以下の品物を購入した。
①ミシン
②カメラ
③本(ジョン万次郎が福澤諭吉に購入を勧めたウェブスター辞典を含む)
1,860 3 24 江戸城桜田門外(現在の東京都千代田区霞が関)で水戸藩脱藩浪士17名と鹿児島藩士1名が彦根藩の行列を襲撃、大老井伊直弼を暗殺する。
1,860 3 28 日本使節団の乗船するポーハタン号がサンフランシスコに寄港する。途中燃料を使い過ぎて補給の為ホノルルに立ち寄った事から、予定より遅れての到着であった。
1,860 4 7 咸臨丸が、日本へ向けてサンフランシスコを出港する。往路の反省から、運用体制を見直し、日本人乗組員の技量不足を補う為にアメリカ人乗組員を5名雇った。但し此れは問題の先送りに過ぎなかった。
1,860 4 21 久世広周が、老中安藤信正の推挙を受け、老中に再任される。
1,860 4 23 此の日から同年5月3日迄、チャールストン(アメリカのサウスカロライナ州)にて、アメリカ民主党の全国大会が開かれる。オーガスト・ベルモントは議長を務めた。奴隷制を強く支持し、アメリカからの脱退を促し、南部諸州の独立を唱える南部過激派「ファイア・イーター」に従う形で、南部民主党員の一部が退席した。
1,860 5 15 日本使節団の乗船する「ノーロック号」がワシントンD.C.に到着する。途中パナマでポーハタン号から乗り換えていた。其の後第15代アメリカ大統領ジェームズ・ブキャナンに謁見し、以下を訪問した。
①スミソニアン博物館(アメリカのワシントンD.C.北西地区)
②アメリカ議会議事堂(アメリカのワシントンD.C.)
③ワシントン海軍工廠(アメリカのワシントンD.C.南東地区)
④アメリカ海軍天文台(アメリカのワシントンD.C.北西地区)
1,860 5 22 日本使節団が日米修好通商条約の批准書を交換する。
1,860 5 23 咸臨丸が浦賀に帰港する。往路と異なり天候には恵まれた。
1,860 6 1 幕命により、京都所司代酒井忠義が九条尚忠に、和宮親子内親王の将軍家降嫁を奏請する。
1,860 6 8 日本使節団が、ニューヨークへ向けてワシントンD.C.を出発する。
1,860 6 16 日本使節団が以下を経由してニューヨークに到着する。
①ボルチモア(アメリカのメリーランド州)
②フィラデルフィア
その後ブロードウェイでパレードを行い、500,000名の人々から歓迎された。
1,860 6 28 処女航海であったグレート・イースタン号がニューヨークに入港する。日本使節団は、巨大な船体を見て仰天した。
1,860 6 29 日本使節団が、ナイアガラ号に乗船し日本へ向けて出港する。
1,860 10 17 徳川慶喜の隠居謹慎処分が解除となる。
1,860 11 6 第19回アメリカ大統領選が行われる。候補者は以下の4名であった。
①エイブラハム・リンカーン(共和党)
②ジョン・ブレッキンリッジ(南部民主党)
③ジョン・ベル(立憲連合党)
④スティーブン・ダグラス(北部民主党、ダグラスの計らいで民主党全国委員会委員長に就いていたオーガスト・ベルモントが資金提供)
結果、反奴隷制の北部民主党と奴隷制維持の南部民主党に分裂した事で、リンカーンが、南部で1州も勝てなかったにも拘らず、第16代アメリカ大統領に選出された。
1,860 11 9 日本使節団が品川に帰港する。以下を経由した。
①北大西洋
②カーボベルデ
③アンゴラ
④喜望峰
⑤バタヴィア
⑥香港
1,860 11 30 孝明天皇が、和宮親子内親王の将軍家降嫁を勅許する。
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