西暦1856年(安政3年)は、タウンゼント・ハリスがサン・ジャシント号で下田に来航し、玉泉寺を仮の宿所として星条旗を掲げた年である。日蘭和親条約が締結される一方、ヨーロッパではクリミア戦争が終結し、武器契約を失ったイマヌエル・ノーベルが破産した。ロイター通信とアヴァス通信社が相場情報を交換する協定に調印しヴォルフ電報局も加わり、スカル&ボーンズがラッセル・トラストとして法人化され、トーマス・バーバリーが洋服店を開業した。

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年月日 出来事
1,856 アヴァス通信社とロイター通信が、お互いの国内金融市場に関する相場情報を交換し、首都での取引結果を伝えるという協定に調印する。其の後間も無くヴォルフ電報局も招かれ、ベルリン証券取引所のデータを共有する事となった。
1,856 スカル&ボーンズが「ラッセル・トラスト」と改称し法人化され、以下2名が要職に就く。後に「ラッセル・トラスト協会」に再度改称された。
①ウィリアム・ラッセル(社長)
②ダニエル・コイト・ギルマン(財務責任者)
同協会は非課税団体で、イェール大学の学内にあるスカル・アンド・ボーンズ・ホール及びボストン(アメリカのマサチューセッツ州)にあるディア島を所有していた。ギルマンは後に、カリフォルニア大学バークレー校とジョンズ・ホプキンス大学の学長を歴任し、カーネギー財団の初代会長となる為に退職した。また、ギルマンは、ラッセル・セージ財団の初代理事の一人であった。
1,856 服地商の見習い職人として経験を積んだトーマス・バーバリーが、ベイジングストーク(イギリスのハンプシャー州)に、コートを主に取り扱う洋服店「T.バーバリー・サンズ」を開業する。
1,856 両親を相次いで亡くしたヴィルヘルム・マイバッハが、ロイトリンゲン(現在のドイツのバーデン・ヴュルテンベルク州)の慈善教育施設「ブルーダーハウス」に引き取られる。此処でマイバッハは、機械工としての訓練を受けた。
1,856 1 30 日蘭和親条約が締結される。
1,856 3 30 クリミア戦争が終結する。ノーベル・フィルズ鋳物・機械工場は武器の契約をキャンセルされた。其の後は、ロシア国内向けの兵器生産に回帰したが、需要が少なく、イマヌエル・ノーベルは全財産を失い、破産申請した。
1,856 4 11 以下2名の間に弐女ジェーン・ポーリーン・ベルモントが生誕する。
①オーガスト・ベルモント
②キャロライン・スライデル・ペリー
1,856 8 21 タウンゼント・ハリスが、秘書兼通訳としてヘンリー・コンラッド・ジョアンズ・ヒュースケンを伴い、サン・ジャシント号にて下田を来航する。しかし、江戸幕府は拒否する。日米和親条約の条文解釈の違いが原因であった。強硬な主張をするハリスに幕府が折れ、玉泉寺を仮の宿所とする事で同意する。
1,856 9 3 タウンゼント・ハリスが玉泉寺に入る。
1,856 9 4 タウンゼント・ハリスが星条旗を掲げる。
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