西暦1855年(安政2年)は、下田でエフィム・プチャーチンとの間に日露和親条約が締結され、下田・箱館・長崎の開港と択捉・得撫島間の国境が定められた年である。江戸幕府は蝦夷地の大半を天領とし東北諸藩に沿岸警備を命じ、タウンゼント・ハリスがフランクリン・ピアース大統領から初代米国総領事に任命された。国内では堀田正睦が阿部正弘の推挙で老中首座に就き、ヨーロッパではカール・メイヤーとアムシェル・メイヤーのロスチャイルド家当主が相次いで死去した。

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≈は「頃」を意味しています。

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年月日 出来事
1,855 江戸幕府が蝦夷地の内、渡島半島の一部を除き天領とする。幕府は財政負担軽減の為に仙台藩、盛岡藩、弘前藩、久保田藩、松前藩の東北の大藩に対して沿岸の警備義務を割り当て、会津藩と庄内藩の2藩もそれに続いた。
1,855 バジル・ザハロフが、コンスタンティノープルにて売春宿の客引きを始める。又、ガラタ(現在のトルコのイスタンブール県)のツアーガイドにも従事した。其の後、コンスタンティノープルの消防隊の放火犯となった。其の消防隊は、裕福な人間の宝物を回収して引き揚げる事で報酬を得ていた。他にも、重婚・強盗・殺人・横領・詐欺・売春宿経営等に手を染めた。
1,855 アロイス・シックルグルーバーが、オーストリア帝国大蔵省の守衛となる。
1,855 以下3名が、共同で不動産会社「デラノ・ランド・カンパニー」を経営し始める。
①ウォーレン・デラノ・ジュニア
②ウォーレン・デラノ・シニアの参男フランクリン・ヒューズ・デラノ
③リーハイ・バレー鉄道創業者アサ・パッカー
鉄道拡張と炭鉱開発を目的としていた。此のデラノ・ランド・カンパニーは元々、以下4名が設立した会社であった。
①デラノ・ジュニア
②デラノ・シニアの弐男フレデリック・エイドリアン・デラノ
③ヒューズ・デラノ
④デラノ・シニアの四男エドワード・デラノ
1,855 2 7 下田で日露和親条約がエフィム・プチャーチンと日米和親条約に準じて、以下の内容で締結される。
①下田・箱館・長崎の開港
②択捉島、得撫島間を日露の国境とする
③樺太を両国人の雑居地とする
1,855 3 10 カール・メイヤー・フォン・ロスチャイルドが死去する。
1,855 8 4 タウンゼント・ハリスが、第14代アメリカ大統領フランクリン・ピアースから初代米国総領事に任命される。
1,855 11 18 老中の堀田正睦が、老中首座であった阿部正弘の推挙を受けて再任されて老中になり、阿部から老中首座を譲られる。
1,855 12 6 アムシェル・メイヤー・フォン・ロスチャイルドが死去する。アムシェルには子供が居なかった為、N・M・ロスチャイルド&サンズの事業は、以下2名が共同社長となり引き継いだ。
①カール・メイヤー・フォン・ロスチャイルドの長男メイヤー・カール・フォン・ロスチャイルド
②カール・メイヤー・フォン・ロスチャイルドの参男ヴィルヘルム・カール・フォン・ロスチャイルド
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